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9.最後の晩餐はこんなご馳走を食べたい


「ここの食事もなかなか美味しいでしょ?」


私はエルさんの部屋にいた。

そしてローテーブルをはさんだ私の向かえには、にこやかに笑うエルさんが。

その上にはありったけの食事が置いてあった。

新鮮そうな野菜と重厚な牛肉やビスケットとそれに添えてあるたっぷりのバター。


フィンは私たちと一緒に食事に来たがっていたのだけど

エルさんに仕事を押し付けられて泣く泣く出かけたみたいだ。


「フィンも一緒に食べれれば良かったのにね。」とワイングラスを手に取って彼は言った。

エルさんのこういうところが恐ろしいと思う。

でもそれが何故か許されてしまうのは彼の美しさのせいなのだろうか。


色々と言いたいことはあったけれど私は目の前の豪華な食事を前にして、

食べること以外の脳機能を失ってしまったみたいだった。

久々のまともな食事だった。

王国の牢では、吐瀉物のようなものを食べさせられていたから。


「泣くほど美味しいかった?」

「え、私、泣いて...」


私の目には涙が溢れていた。


あれだけ強くいよう、と。誰も信用しないようにしようと思っていたはずなのに

人前で涙が自然に出てしまった自分を恥じた。

慌てて涙をぬぐって私は話を変えようとした。


「...そ、そういえば吸血種って普通の食事も取るんですね。」

「もちろん。君も分かったと思うけど、俺たちは吸血するって意外はほとんど人間と変わらない。」


黒い霧に変身できる人間なんて聞いたことないけど。と思ったけど私は彼に頷いた。


「私も、血を飲まなきゃいけないんですか?」

「それはどうだろう。

フィンの傷を治した話を聞く限り、君は完全な吸血種にはなっていないみたいだし。」

「私って人間と吸血種の間みたいな感じなんでしょうか。」

「簡単に言えばそうだと思う。

君の聖女としての力が、吸血種化をある程度抑えているんだろう。」

「私はやっぱり聖女だった、ということですか?

王国では聖なる力を持つ者には吸血種は一切手出しできない、そう言われてたんです。

だから私は嘘の聖女だったんじゃないかって...。」


ずっと気がかりだったことを打ち明けてしまった。

私が偽の聖女だったら、彼らがした仕打ちを手放しに責めることはできない気がしていたから。

だって、私だって聖女だと奉り上げられていい気になっていたところはあるし、

実際に泥水も啜らず、幸せな暮らしをさせてもらっていたから。


真剣に聞く私をよそにエルさんは淡々と口を開いた。


「確かに、普通の吸血種だったら聖女には手出しできないだろうね。」


そうか、私を襲ったのはファーザーという吸血種の中でも非常に強い力を持つ者だ。

私の目の前にいるエルもその一人。


私は、自分が真の聖女だったかもしれない事実に少しだけ安堵してまった。


「私って、本当の聖女だったんだ...」

「ねえ 君は聖女であることにこだわってるみたいだけど。

そんなこともう忘れてくれないかな?」


私にはいつも優しかったエルさんだけどこの時だけは彼の表情に

ほんの少しだけ苛立ちが映った気がした。

そして彼は寂しそうな顔で笑って言った。


「君が聖女だろうが聖女じゃなかろうが、俺は君の味方なんだよ。」


エルさんは何だか、聖女という言葉をあまり好んでないように思えた。

彼の優しさに私は返す言葉が浮かばなかった。

そんなこと言ってもらえたのがこの世界に来て、というか人生で初めてだったから。



そして、


彼の優しさの裏に、何か、私ではない誰かへの罪悪感が見えた気がしたから。

自分でも何でそう感じたか分からないけど。




「兎に角、フィンの傷を治してくれてありがとう。」

「いえ、そんな。

...彼は、フィンは。いつもあんな様子、なんですか?」


あんなに誰かと喧嘩するんですか。と聞く訳にもいかなかったから私は必死で言葉を探した。


「うーん。そうだね。彼も色々と訳ありだから。

相手は、シルヴィーの傘下の連中だろう。」

「シルヴィー?」

「俺と同じファーザーの一人だよ。

シルヴィーの能力は非常に強力で特異なんだけど、

彼は責任感もないし、自分の子供たちにも興味がなくて、統率が全く取れてないんだ。」

「そんなに凄い能力って一体なんなんですか?」

「君には出来たら会わせたくない能力かな。でもその聖なる力があれば君には効かないかも。」


彼に会えばわかるよ。と彼は詳細を教えてくれることはなかった。

そして思わぬ情報を手に入れることができた。

ファーザーの一人は、シルヴィーという人物。


私は今だといわんばかりにここで畳みかけることにした。


「あの、ファーザーって3人いるんですよね?

もう1人はどういう人なんですか?」

「...自分を吸血種にした奴を見つけ出したいって思ってる?」


エルさんが首を少し傾げてそういうと美しい銀髪の髪が揺れた。


「いえ、その...」

「それは当然のことだよね。でも一つだけ聞きたいんだけど。俺のことも疑ってる、よね?」


私は何も返すことができなかった。

エルは眉尻を少しだけ下げて、少し寂しそうに笑った。


「いいんだよ。当たり前のことだから、そんな顔しないで。

いつか君が俺を信じてもいいって思ったら、色々聞かせて。きっと力になるから。」


さっきも感じた感覚。

彼の優しさに触れると、嬉しくて温かくなる。

でもそれと同時に、

なぜ会ったばかりの私をこんなにも気遣ってくれるんだろう、という疑問も浮かんだ。


叶うなら、私だって彼を信じてしまって、頼ってしまいたいけれど。

また次に誰かに裏切られることがあったらきっと私はもう二度と笑えない気がした。

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