29.処刑は1回されれば十分
私は、結局あれから一睡もできなかった。
エルさんから審問のことを伝えられている間、既に知っていることがバレないか不安だった。
でも、多分バレてない。
いや、エルさんのことだから感づいていそうな気もする。
(こんなこと考えている場合じゃない。)
私はエルさんの横姿を見ながら、緊張した面持ちで歩いていた。
エルさんがベルガウを歩くこと自体が珍しいことのようだった。
多くの人に注視されるエルさんの隣を歩くのは私にとっては大きなストレスだった。
(特に女性が多いみたい。)
私はふとエルさんの横顔を見つめた。
イケメンという言葉が安く感じるくらい綺麗なその顔立ちは、道行く人の心を掴んでいた。
目を引く銀色の髪色に赤い瞳というその容貌も勿論だが、彼の気高そうで紳士的な振る舞いがより魅力的にさせているのだと感じた。
「俺の霧で移動してもいいんだけど。
"あの事"に関しては心配いらないって伝えるには見せるのが一番早いと思ってね。」
(本当に誰も私のことを気にしていないみたい。)
私は吸血種とすれ違う度に私はドキドキしたが、聖女の記憶は完全に忘れているようだった。
エルさんの力に感謝するとともに、恐ろしくも感じた。
私たちはベルガウの細長い塔のちょうど中間部に向かっていた。
これから自分を待ち受けるものに身構えながらも、思ってたよりも落ち着いていられた。
彼は大きな扉の前でその足を止めた。
「大丈夫。最悪の事態には俺がさせないから。」
そういって私を見つめるエルさんの瞳は、妙に説得力があった。
エルさんが扉を開くと、古い木がこすれる鈍い音がした。
先に進むとそこは、広間のようになっていた。
広さはそれほどでもなかったが、天井が吹き出しのようになっていた。
「大丈夫、ここに座って。」
エルさんは長い机の真ん中の方にある椅子を引いてそう言った。
彼はそのまま私の隣に腰をかけたので、幾分か安心感を覚えた。
「まだ、二人とも来ていないみたいだ。」
「ファーザーですよね?」
「ああ。一人は知ってるだろ。レイモンドだよ。」
その言葉を聞いて、私は途端に不安になった。
レイさん、私のこと軽蔑しただろうか。嫌いになっただろうか。
私はあの時、彼から、恐怖と憎悪を抱いているように感じた。
「二人とも時間には無頓着だから。」
「大事な審問じゃないんですか...。」
私は自分が入ってきた大きな扉を見つめた。
頼むから、これ以上、時が流れないで。
一生、あの扉も開かなければいい。
そう思った矢先に、扉が音を立てた。
レイさんは私と目を合わせないで、扉から左側の席に腰かけた。
腰をかけるとよい言い方はしたが、正確には頭の位置を低くして、その足は机の上にあった。
(物凄く不機嫌...?)
私は彼と合わせる顔が無くて、ただ手持無沙汰に扉を見つめていた。
レイさんは私の方を見つめていたような気もしたが、確かめる術はなかった。
誰も口を開かないまま、数分が過ぎた。
私の緊張も流石に限界に達していた頃だった。
ようやく扉が開いた。
そこに立っていたのは美しい金髪の持ち主の少年で、天使のように思えた。
(天使...?あれ?)
そこまで考えて私の記憶が呼び覚まされた。
この子って前に図書館で会った失礼な子だ...。
"君も僕のことが好きになった?"
そう言われたことを思い出した。
確かに美形だけど、初対面の人に聞くなんてどうかしてる。
その強烈な印象を忘れる訳もなかった。間違いない、あの時のあの子だ。
この子がファーザーだったの...?
彼は私を一瞥して、レイさんとは反対方向の椅子に腰を掛けた。
エルさんはため息をついて、口を開いた。
「やっと揃ったね。」
「さっさと始めよう。この子が例の聖女?」
その"天使"は、真っ先に口を開いた。
感じの良い言い方ではなく、その美しい造形がより一層、冷たさを加速させていた。
「正確には"元"聖女だけどね。俺が保護したんだ。」
「...なんで、聖女を助けたんだよ。」
エルさんの言葉にレイさんは眉をひそめた。
私はそれをみてドキッとした。
レイさんはいつも親しくしてくれて、勝手に近しい存在だと思っていたけど、
この場では全く知らない別人のように思えた。
「だから"元"って言ってるでしょ。今は吸血種だよ。
このベルガウは吸血種のために、存在する。だったら彼女だって、救われる権利もここに身を置く権利もあるはずだ。」
「...でも他の吸血種と違って、その子をここに置いておくのは危険すぎるでしょ。」
私は彼らの言い合いを暫く黙って聞いていた。
あまり心地良いものではなくて、私はここでも必要とされていないんだ、邪魔者なんだ、と悲しくも感じた。
「どう考えたって、この子にはリスクしかないよ。
王国が彼女の首を取りに来る可能性だってあるし、彼女は王国のスパイかもしれないし。
それにここは吸血種の楽園だ。そこに聖女がいたら困るでしょ。」
"天使"というより私にとってはほとんど悪魔だった。
愛らしい顔の少年は私を一瞥して、そう言い放った。
(この人、私のこと相当嫌ってるみたい。)
「シルヴィーは随分と、厳しいな。」
エルさんはそう言ってため息をついた。
シルヴィー、それがこの天使、いや悪魔の名前らしかった。
「その点に関しては、俺が彼女を見ているし、心配ない。
それに彼女の力は特別だ。きっとベルガウにとっても利益をもたらすよ。」
「それって治癒能力のこと? 吸血種は頑丈だし、治癒なんか必要ない。」
シルヴィーはそう言い放った。
彼は呆れた表情をして続けた。
「兎に角、僕はこの子をベルガウから追い出すか。殺すか。その二択だと思うけど。」
殺す、という言葉はとても生生しかった。
比喩でもなく、本当に言葉通りの意味だったからだ。
私は唾をのみこんだ。




