24.終止符
私は頭を悩ませ、アクセサリーや花、家具などを物色していた。
隣にいるレイさんは、意外に口を出してこずに、楽し気に私の隣を歩いているように見えた。
本当によく分からない人だ。
この人が私に構うのは何でなんだろう。
もしかして、ファーザーだから?
聖女が吸血種に落とされた様子を見て楽しんでいるのだろうか。
それとも、口封じのために殺す機会を伺っている...?
吸血種に対して、優しさを持っている彼が望まれない人を吸血種に変えるとは想像し難い気もした。
それでも王国を恨んでいる彼にとって、聖女は憎むべき存在。
王国を転覆させる最高の切り札のようなものだ。
いやそれに関しては誰がファーザーでもおかしくない。
吸血種であれば誰だって王国を恨んでいるはずだから。
彼がファーザーじゃなければ、そんな薄い希望を胸に抱いて彼の隣を歩いた。
「それ、誰にあげんの?」
レイさんは私が大事に抱えている包みに目をやった。
「仲直りしたい人に、です。」
「そう。」
誰とは言わなかったけど、私のベルガウの知り合いは限られているからきっと予想はついたはずだ。
いつもより少し柔らかく見えたけど、またいつもの不愛想な表情に戻ったようにみえた。
「アンタ、アイツらのこと信用してるみたいだけど。あんまり肩入れすんのはやめとけよ。」
「別に人の勝手じゃないですか。それに、分かってるつもりです。」
私の浮いた心を彼の言葉は現実へと突き戻した感じがした。
「王国出身だろ。」
「そうですけど...。」
「じゃあ、少なくとも一度は誰かに裏切られている。もう二度目はいらないだろって話。」
「それは、分かってます...。」
そんな私を見てか、彼は首傾げて困ったような顔をして続けた。
「俺、アンタにそんな顔をさせたくて言ってるわけじゃない。」
彼は、その赤い瞳で私を見た。
こんな真剣で悲し気な表情をするレイさんを見るのは初めてだったからか、
それとも黒い髪からのぞく瞳があまりにも美しかったからか、
分からないけど、一瞬時が止まったような感覚に陥った。
私は何か言葉をさがした。
ありがとう、なのか。ごめんね、なのか。
色々考えたけど、その件に関して私が彼に言葉を返すことはできなくなった。
歓声のような怒声のような叫び声が響き渡ったからだ。
(なんて言ってるんだろう。)
多くの人たちの声が聞こえて、一つ一つの言葉が聞き取れなかった。
私は一瞬その音に集中した。
ころ、せ...、コロセ、殺せ。
私はその声の元を見た。
恐らく下の階層だった。
螺旋構造の塔の中央に駆け寄り、下の階層を覗き見た。
人が倒れている。その周りを囲む人。
止めようとしている人も、更に加わろうとする人もいた。
私はその人を一目みて、身が震えた。
私の後ろを文句を言いながら追いかけてきたレイさんに私は振り返った。
「レイさん、私を下におろしてください。今すぐに。」
彼は怪訝そうな表情をしつつも、状況を察したのか私を抱きかかえて飛び降りた。
その姿は、着地するころには大きな蝙蝠になっていた。
「オイ、これって...。」
「レイモンドだ...!」
ファーザーである彼の登場で、囲んでいた人達は距離を取ったり、逃げ惑う者もいた。
私はそんなことを気にせず、囲まれていたその人物に駆け寄った。
「フィン...!」
血まみれだった。打撃跡も目立っていたけど、何より致命的なのが腹部からの出血だった。
鋭い刃もので刺されたようで、腹部は深く裂かれていて、皮膚よりももっともっと奥の肉が見えていた。
幸い内臓には到達していなかったようだが、血管も何本か切れている。
出血が止まらなかった。
レイさんは人の姿に戻り、私が抱きかかえるフィンを一瞥した。
「これは何の騒ぎ? お前ら、俺の子でもジジイの子でもないな。」
「...俺は、俺達は、みんなこいつのせいで家族を失ったんだ。人間だった時に殺されたやつだっている。」
「要するに逆恨みってことか。」
レイさんのその言葉はより一層、彼らを怒らせた。
一瞬彼はこんな状況ですら楽しんでいるのでは、と思ったけれど
私は力に集中するのに精いっぱいだった。
この力を使うのに迷いはなかった。
この出血量ではもって数分だったから。
吸血種がいかに頑丈で強いと言えど、物理的な刺し傷による出血死を免れることはできない。
「この光って...?」
「なんなんだ、この女は!」
彼らの結論が一つの答えに結び付くのにそう時間はかからなかった。
驚きの声が、徐々に恐怖に、徐々に怒りに変わっていくのを感じた。
それでも私は力を行使するのをやめなかった。
今まで信じていたものに裏切られて、そんな時に出会ったのが彼だった。
ファーザーという脅威がいる中で、彼だけは唯一信じていい人だった。
失いたくなかった。
「クラリス、なんで...。」
「よかった。意識が戻った。」
私は心底、ほっとした。
そして自分が置かれた状況を少しずつ理解し始めた。
レイさんは私から目を離さなかった。いや離せなかったのだろうか。
いつも軽口をたたく彼とは打って変わって、ただ黙って私を見つめていた。
その赤い瞳は、畏敬、いや、恐怖に近いものがあった。
(どうしよう。フィンを連れて、逃げないと。)
私はフィンを抱きかかえようとしたけど、私一人の力で動く訳もない。
傷口は止血して、血管も恐らくつながったけど、彼の貧血自体は回復していない。
ダメだ、彼の力も頼れない。
考えろ。考えないと。




