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17.手放したいもの



私は翌日の朝、いつも通りの時間に診療所に向かった。

そこでアイラさんに"図書館"から取ってきた本を2冊渡した。


「実は私難しい文字は苦手で。」

「そうなの?じゃあ私に任せて頂戴。」


アイラさんはまず1冊を私にも見えるように診療所のローテーブルの上に広げた。

数ページめくって彼女が呟いた。


「うーん。こっちは王国の例の言い伝えの話ばかりね。」

「それって、人喰い公が王国の前身を破壊しつくしたっていう...。」

「ええ。王国の前身、クロシアル。一人の吸血種が黒い霧と共に現れ当時の権力者を片っ端から喰ってしまった。その化物を退治した聖なる力を持つ男。そして現王族はその男の血をひいている、

そういう言い伝えね。」

「その、吸血種って本当にエルさんなんですか?」

「どうかしら。

エル様は誰にも話したがらないらしいから強ち全てが嘘ってことでもないと思うわ。」


彼女は意外にも言い切った。

もっとエルさんを心酔していると思っていた。

私の考えを察してか彼女は続けた。


「勿論、私は彼を信じてるわ。きっと何か理由があったはず。」


確かにエルさんはとても理性的な人だし、理由もなく人殺しを楽しむようなタイプには見えない。

でも完全に否定することは私にもできなかった。


彼は私には優しい瞳をしてくれるけど、私以外にはとても冷たく残酷になれることを知っている。

自意識過剰かもしれない。でも、そんな気がする。


そしてエルさんが私に優しくしてくれる理由は考えても分からなかった。


(可哀そうな聖女に同情しているのかな。)


「一応、最後まで読んでみましょう。」

「あの、それって...。」


私は彼女がめくったページを見た。

恐らく造形魔法で作った似顔絵だろうか。


どこから見ても...。


「これってフィン...?」

「...フィンさんのこと知らないんだったわね。」

「なんて書いてあるんですか?」

「貴方がこの世界に召喚されたのはいつ?」


私は自分の欲しい回答が返ってこず、いじらしい気持ちになった。


「1年前、くらいです。」

「それじゃあ知らないのも無理ないわね。あの戦争の跡ももうだいぶ薄れているから。」

「戦争って?」

「10年前に世界的な戦争があったのよ。王国は参戦せず傍観を決め込んでいたけれど。

それ以外の国はほとんど巻き込まれたわ。」

「それとフィンが何の関係が?」

「...彼が戦争を引き起こした原因だからよ。だから戦犯として22歳の時に処刑されたの。」

「22歳って、そんな。」

「ええ。彼は主要国の総司令官の補佐だった。

私もそんなに若い人がここまで上り詰めるのは不自然だと思うわ。

とにかく世界が悪役を欲していたのは間違いなかった。真偽は分からないけれど。」


私が考える間もなくアイラさんは続けた。


「貴方もきっとそうだと思うけど。

こんな所に好きで来る人なんていないわ。いるとしたら相当物好きね。」


彼女はそう冗談めいて笑ったけど、私は笑えなかった。


全世界を敵に回すなんて、どんなに孤独だったんだろう。

私も自分が王国でされた仕打ちを思い出した。


エルさんに救ってもらったなら、彼がエルさんに憔悴する理由もわかる気がする。


彼と私はよく似ている気がした。

勝手に誰かに持ち上げられて、気づいたら全てを奪われていた。


沈黙が少し続いたが、私は最後の本をアイラさんに差し出した。

彼女は黙々とページをめくっていった。


「クラリスちゃん、これ見て。」

「これって...。何かの呪文ですか?」

「これが聖女召喚の呪文みたい。ただ必要な物や用法はないから、これだけじゃ不可能ね。」


アイラさんは「なるほど。」と続けた。

私だけ置いて行かれてる気がして慌てて聞いた。


「どういうことですか?」

「ねえ貴方もおかしいと思わない? 聖女召喚に成功している国は長い歴史で王国だけ。」

「王国だけが聖女召喚の正しい術式を知っているってこと、ですよね。」

「ええ。王国が強大な理由の一つね。なんで王国だけが、可能なのかしら。」

「...優秀な魔導士がいる、とか?」

「そう考えるのが妥当ね。

王国は優秀な魔導士揃いだけど。でもほかの国の誰にもできないほど難しい聖女召喚の儀式を成功させられる、そんな飛びぬけて優秀な魔導士がいるなら噂になるはず...。」

「えっと、つまり...。」

「まだ分からないけど。とにかく王国だけが聖女召喚できる理由が何かあるはずよ。」

「聖なる力を持つ王族がいるから、その力と同調して聖女を呼び出せる、とか?」

「...なるほどね。曖昧だけどそう考えるのが自然な気はする。」


(そういえば、他の国で聖女という話は聞いたことがなかったな。)


アイラさんは私の肩を優しく叩いて笑った。


「今日の収穫としては十分じゃないかしら。」


私は頷いた。

でもこれ以降、私達がどうすれば研究を進められるのか

アイラさんも私も答えを持ち合わせてはいなかった。


でも一歩前身だと思う。


私だけだったら聖女に対して疑問を抱くことはなかっただろうから。

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