1.私、処刑されます
なんでこんなことになったんだっけ……?
私の頭上にはギロチン。
両腕は背中できつく縛られ、顔は処刑台に固定されて動かせない。
民衆の顔は見えないが、耳には罵声や怒号が鳴り響いている。
「聖女の皮をかぶった悪魔め!」
「聖女様を返せ!」
ほんの数日前まで私に向けられていた敬愛や憧れは、今や跡形もなく消えていた。
迫りくる鋭い刃が首筋をえぐり、私の頭と胴体を分かつのを待つだけだった。
聖女に転生してから、民衆や国に尽くしてきたつもりだったけど、 小説の主人公みたいにうまくはいかないんだね。
こんな時に、なぜか数日前の幸せな出来事が頭をよぎってしまう。
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「聖女様、とってもお似合いですよ。さあ、鏡をご覧になってください。」
王室の仕立て屋が満面の笑みで言った。
「渾身のウェディングドレスです。本当にお美しいです。」
彼女は優しく微笑み、私を見つめる。
鏡越しに見える自分の姿に、ようやく実感が湧いてきた。 私は彼女にお礼を伝えた。
「ありがとうございます。本当に綺麗……。」
「聖女様がこちらにおいでになってから、お仕立てをさせていただいて、もう1年になりますね。」
私が聖女「クラリス」としてクロスタリア王国に転生してから、ちょうど1年が経っていた。
いろいろあったけれど、聖女として国に尽くしてきた。
涙が出そうになるのをこらえていると、使用人の声が現実へ引き戻す。
「クラリス様、王子殿下がお見えです。」
入室を許すと、金色に輝く美しい髪に目を奪われる。
「美人やイケメンには三日で飽きる」なんて嘘だと、彼を見て改めて思う。
毎日顔を合わせても、彼に会うたび胸の高鳴りは止まらなかった。
「クラリス、とても綺麗だ。」
「アンリ様、ありがとうございます。」
「君を妻に迎えられる日が待ち遠しい。国全体で準備を進めているよ。」
彼はクロスタリア王国の王子、アンリ。
この国は、聖なる力を持つ王族が統治し、聖女を王妃に迎える。
転生したばかりで何もわからなかった私の面倒を、彼はずっと見てくれた。
今思えば、それは私が聖女だったから。
愛があったのかは、今となってはもうわからない。
「もっと華やかなウェディングドレスにしてもよかったのだが」
「いいえ、これから吸血種との戦争も控えていますし、無駄に財政を圧迫して国民を危険に晒すわけにはいきません」
これは本心だった。
吸血種とは、文字通り人の生き血を吸う化け物——ファンタジーでよく出てくるヴァンパイアだ。
人間に化けるのが上手く、素人目ではなかなか見分けがつかないらしい。
実は私は一度も吸血種を見たことがない。
理由は二つ。
一つは、聖女には常に護衛がついているから。少し窮屈だけど、吸血種を恐れずにいられる。
もう一つは、クロスタリア王国の厳しい法制度。
吸血種は見つけ次第、裁判なしで処刑される。吸血種は前世で大罪を犯した人間の生まれ変わりだと信じられているからだ。
「吸血種に怯えないで生きられる時代が来てほしいです。」
「そうだね。でも、君が怯えることはない。」
彼はそう言って、私の頬に手を当てた。
私は小説のヒロインのようにか弱い見た目ではないが、彼は壊れ物を扱うように優しく触れてくる。
「僕が君を守る。そう言いたいところだけど、僕たち聖なる力を持つ者に不浄の者たちは手を出せないから、安心して」
金色の髪が揺れ、翠色の瞳が細められた。
(前世では安月給の限界OLだった私が、顔良し財力最強の王子様と結婚するなんて、誰が想像できたかな。)
思わず、聖女に似合わないどす黒い笑みを浮かべそうになったが、必死にこらえた。
そんな下品な願望だけでなく、心から彼に惹かれているのも事実だ。
まさか、この幸せがいとも簡単に崩れ去り、いつも優しかったアンリ様があんなに冷たい表情をするとは——。
この幸せを壊す存在に気づけなかったことを、今さら悔やんでも遅かった。