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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令嬢と折り紙職人

悪役令嬢とorigami職人《短編版》

作者: くらげ

※長編始めました。

「嫉妬にかられて殿下から婚約破棄を言い渡されるとは。それも公衆の面前で!恋人の一人や二人認めなくてどうする?」


「あなた・・・?」


 母の笑顔が微妙なのはこの際どうでもいい。


「娘の心は深く傷ついているんですよ」


 問題はこのむしゃくしゃした気持ちをどこに投げ捨てるかだ。


 父母が、今後どうするかの話し合いを始めた。ほんの一時間前に婚約破棄を宣言された娘を放置して。


「お話がまとまりましたら、お知らせください」


 不毛な口論に嫌気の差したエレナは美しいカーテシーと共に退室を告げ、ドレスのまま屋敷を飛び出した。両親はエレナの退室に気づきもしなかった。



 エレナは川に向かって指輪を投げようとして、


「いでっ」


 失敗した。

 河原で昼寝している男の額に見事に当たったのだ。


 男はめんどくさそうにわずかに身を起こして、指輪を拾い上げる。


「石っころでも金になるんだろ。ちゃんと持ってろ」


 男の見た目は二十歳過ぎ。黒髪に黒い目だ。服装はだらしなく、シャツのボタンは二つまで開いており、その上、一つづれている。ついでに貴族への言葉遣いがまったくなっていない。


「石っころ?」


 この見事なダイヤが石っころにみえるとは、この男は。


「ぴかぴか光っているだけじゃないか。もしかして結婚指輪か何か?

「婚約指輪よ」

「ふーん。捨てるくらいなら換金したらいいだろ」


 それ以上は関係ないとばかりに、男はズボンの尻ポケットに指輪を雑に突っ込んだ。


「あああ!!?」


「頭打ったんだ。どうせ捨てるんなら慰謝料代わりにもらっといてやるよ」


 冷静になれば、王子からもらった物をそれも婚約指輪を怒りに任せて捨ててしまえば自分の方が罰せられてしまう。


「返して。・・・返して!」


 エレナは男のポケットから指輪を奪い返そうとする。だが、当然寝ている男をひっくり返す力はない。

 護衛はいない。逆に乱暴を働かれたら、いくらひょろそうな男とはいえ、自分一人では太刀打ちできない。

 繊細な細工の指輪をよりによって尻ポケットに突っ込む事自体ありえない。

 仮に彼をひっくり返すことに成功したとしても、結婚前の淑女が男の尻ポケットに手を突っ込むなんて、絶対無理!


 今日はうまくいかないことばかりだ。


「・・・相手の男はどんなやつ?」


「王子様よ」

「はん」


 男は鼻を鳴らすだけで本気にしてないようだった。


「五歳の時に決められたの」

「結婚相手が決まっているなんて楽でいいな」


 また鼻を鳴らす。その態度に苛立ちを覚えるが、どうせたまたま会っただけの赤の他人だ。苛立ちをぶつけるのにはちょうど良い。

 指輪を返さなかったら、黒髪黒目の男に『盗まれた』と衛兵に告げれば、三日で見つけ出してくれるだろうし。なんせここまで真っ黒な髪と目はこの国ではとても珍しいのだから。


 このとき、エレナは『自分が盗まれる』可能性をまったく考慮に入れていなかった。男も盗む気はこれっぽちも無かったのだが。


「私が平民をいじめたって」


「まあ、平民なんて貴族様からしたら、無礼うちし放題の虫けらだからな」


「違うわ!」


 確かにそういった貴族もいるが、少なくともエレナは違う。


「上履きに消しかすいれるとか、上履きをトイレにいれるとか、椅子に画鋲を置くとか、机に『○ね』って彫るとか白い花を置くとかー」


「上履きというのはよくわからないですけれど、そんな陰湿ないやがらせよく考え付きますね」


『上履き』が『スリッパ』と、頭の中で既存の知識にするりと置き換わる。


「なに今の?」


 不思議な現象にエレナは首を傾げるが、男はエレナのことを気にも止めず、勝手に話を続けてている。


「無理矢理ナンパ橋に連れて行って『男引っ掻けてこい』とか?グループ分けのとき余ってしまって不良と組まされるとか?」


「なんだかよくわからないですが、やってません。

 彼女がおっしゃるには『制服を破った、階段から落とした』と」


「制服ってくそ高いんだぞ。そして怪我させたなら治療費と慰謝料払え」


 同情どころか、逆に険しい声が返ってくる。


「だからやってませんって!濡れ衣です!」


 そう怒鳴って、エレナはうつむいてしまった。


 ー数秒後。


「悪かった」


「恋の花って簡単に枯れるものなのね」


「謎ポエムはこの際置いといて、枯れない花をやろうか」

「は?」


 指輪と一緒に渡されたのは。

 ピンクの不思議な玉だ。花の模様の透かし彫りだろうか。

 大きさのわりに軽い。力を込めると簡単に壊れてしまいそうだ。


「なにこれ。かわいい! もらってしまっていいの?」


「販促品だが、あんたご貴族様だろう。気が向いたら宣伝でもしてくれればいい。

 西マール通りで折り紙工房ってのをやっている」


「これが折り紙?」


 いくつか折り紙は知っているがこんな形ははじめてだ。


「これをひとつの紙で・・・素晴らしいです」


「感動しているところ悪いけれど、それ二十個のパーツをのり付けしたものだ。むしゃくしゃして暇なら作ってみたら?簡単だから」


 そう言って男は立ち去ろうとする。すれ違った時、かすかに酒の匂いがしたので酔っぱらいだろう。


「次、指輪を投げるときは、『王子のバッキャロー』って叫びながら投げた方が、きっともっと遠くに飛ぶぞ!」


 男はほんの少しだけ振り返り、手を振って去っていった。


「いや。投げないし、作れないでしょ。これ」



 そして、現在エレナは確実にむしゃくしゃして暇だ。


 両親は「なんとかするから、今は学園に行かないほうがいい」

 午前数単位だけ出たが、授業に身は入らない。まとわりつくのは好奇の視線。


 教師に早退を告げると、エレナはとある通りの『ガント紙工房』にたどり着いた。

 少しだけどきどきしながら、一部が紙で出来た不思議な扉に手を伸ばす。


「たのもー」


 どうも声は届かなかったようだ。  

 いつもは店の者を呼びつけるか、ショッピングを楽しむときも護衛や友人と連れだってだ。

 扉から覗くと、工房の中では職人がたがたと機織り機みたいな何かが動かしている。


 そろりと中に入っていく。客商売というより、完全に職人たちの工場という感じだが、棚には、いくつかの作品が値札つきで販売されている。


「あのこれ」


「ん?折り紙だよ。」


 やっと最年長かと思われるおじいさんがこちらに気づいて寄ってきた。ずいぶん筋肉がガッツリついた老人だ。


 折り紙は色も模様も違うがあの飾りだ。値段を見るとビックリするくらい安い。


「もっと高くても売れると思いますけれど」

「この紙工房の端材とのりしか使ってないからそんなもんだろ」


「こんなにきれいなのに?」


「ただの紙細工に買い手がつくわけじゃないからな。たまにこの商店街や、卸し問屋が買っていく程度だ」


「これは?」


 他にも天井から何かが釣り下がっている。グラデーションを利かせてとてもきれいだ。


「『鶴』だそうだ。そっちは『クスダマ』」


 鶴はわかるがクスダマ?


「助けたお礼にって作ったものがこれだったんだ。縁起物だそうだ。で貴族のお嬢様がなんの用で?」


「えっと、その・・・黒髪の」


 エレナがそう言ったとたん、老人は短くため息を吐いた。


「・・・ここにはいない。案内するが、悪いやつじゃないんだよ」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あーのみすぎた」


 完全に太陽は昇っている。

 昨日、河原で昼寝していたら、変わった女の子と出会った。


『白馬の王子さまとかどんなけ夢見がちなんだが』


 服装から中産階級よりかは上、もしかしたら貴族だったかもしれない。


「にしても、王子様はないわな」


『お前お貴族様にそんな口聞いちまったのか?』

『もしかして切腹?』


 昨晩は紙工房のじいさんと酒のつまみにその話をしながら、さんざん盛り上がった。


『腹はどうかしらんが首の一つくらいは切られるんじゃないか?』


『しばらくかくまってくれよぉ!』

『俺だって自分の首が惜しいわ!』


 昨晩はでろでろに酔った状態でゲラゲラ笑っていたが、一度酔いから醒めると背筋に寒気が走った。


 男のいた世界には貴族なんていなかった。が、この世界は違う。

 確かな権力を持って庶民の上に存在する。


「まさか暗殺者とか来たりしないよな?」


 (なんで、あんとき酒のんで昼寝こいてたんだ俺!?)


 嫌な考えを頭の隅に追いやり、目玉焼きとパン、昨日の残り物の野菜のスープ、しがしがのリンゴ半分をかじり・・・


(大丈夫だ。名乗ってもいないし、住所だって言っていな・・・)


『西マール通りで・・・』


「って、言ってるぅう?」


 いやいやお貴族様もわざわざチンケな酔っぱらいを探すほど暇じゃないだろう。


 飯をすませてしっかり手を洗ってから仕事に取りかかる。


 来年の五月の見本用に兜を折る。何度か折り間違えたが、折っていくうちに、感覚を取り戻し、やっと一個完成した。


 もう一度折りながら、今度は手順をノートに書き写す。


「でも、五月の節句とかってこっちにないしな・・・。この世界の兜、形違うし」


 せっかく拾った命、わざわざ暗殺者に取られたくない。

 暗殺者といえば忍者。忍者といえばー


「次は手裏剣かな。どうだったけ」


 首をひねりながらも、手が覚えている感覚を頼りに折ってみるが、途中の行程が思い出せずに投げ出したところで、扉が擦れた音と共にじいさんの声が聞こえた。


「邪魔するぞ」


「じいさん、パンツでも忘れてったか」


 飲むと暑くなるのか、よく靴下やらシャツやら、そこらにほっぽって帰ってしまうのだ。床を軽く確認してから、振り向くと予想通りの客と、予想外の女の子がいた。


「お二人はそのようなご関係で」


「まて、ワシには四十年連れ添ったうるさいかかあがいるんだ!」


「俺は独身だが、女の子が好きだ!じいさんなんてアウトオブ眼中。だから腐ったものをみる目でこっち見ないで!って昨日の女の子?」


「エレナ・スリーズと申します」


 昔の少女漫画に出てきそうなお目目ぱっちり、金髪碧眼、トイレットペーパーの芯にでも巻き付いているのかと思うほどの、棒巻きの髪。女の子は今にもバランスを崩しそうな変なお辞儀をする。

 彼女の名乗りにひきつった声をあげたのはガントだった。


「エレナ・・・すりーず? スリーズって、公爵家の!?」


「公爵家?それってご三家的な?めちゃ偉かったり?」


 ガントは何度もうなずいた。それを確認した男ー杉田光弘はスライディング土下座をかました。


「す、すんませんでした!平にご容赦のー」

「で、弟子入りさせてください」


「は?」

「へ?」

「ほ?」


 彼らは三者三様の声を上げた。



「俺ちょっと家に戻るわ」

「みすてないでぇ!」


 ガントに無礼男がすがり付く。


「ええい。すぐ戻ってくるから、足にすがり付くな!」

「嘘だ。そう言って戻ってこないつもりだろ!?」


「やっぱりそう言ったご関係?」


「ちがう」「違います!」


 無礼男の拘束が緩んだ隙に、ガントは店の外へと出ていってしまった。


「・・・」


 エレナと昨日の無礼男のみ残される。


「え、お茶用意しますね・・・」


 そう言って、彼は素早く、店の奥へと引っ込んでしまった。


(あ、逃げた)


 人が来ることを全く想定していないのか、椅子には上着やら靴下やらが雑に積み上げられている。

 作業台には、くしゃくしゃになった色紙。


 特に案内されなかったが、とりあえず部屋の真ん中に丸テーブルと椅子があったのでそちらに腰かけてしばし待つ。


 まさか裏口から逃げた、とか?


 無礼男が戻ってきたのは十分後だった。


 ◆


「粗茶ですが」


 出された茶を一口飲む。本当に粗末なお茶だ。淹れ方も悪い。何より出がらし!?

 添えられた菓子は極薄の薄茶色い板だった。表面は少々ぶつぶつしている。


「これは?」


「チーズ煎餅です」


「チーズセンベイ?」


 エレナの問いには、ちょうど戻ってきた老人が教えてくれた。


「チーズを薄切りにして、フライパンでカリカリに焼いたもんですよ。おい、酒はねえんか」


「仕事中だろ?」

「昼休憩って言って抜けてきた」


 老人の言葉を受けて、またもや無礼男は店の奥に引っ込んだ。


 チーズセンベイとやらをどうやって食べるのかと思案していると、案内した老人が二三枚手掴みで口に放り込む。


「手掴み?」


(クッキーのような物かしら?)


「おい、お貴族様にフィンガーボール用意やってくれ」


 老人はエレナのためらいを見てとって奥に声をかけてくれる。


「あいよ」


 老人は薄いお茶を作法もなにもなくぐびぐび飲みながら、チーズの薄焼きをまた二三枚、口に放り込んでいく。


 今度は酒瓶、グラス、フィンガーボールと共に、タオルハンカチまで出てきた。

 フィンガーボールに指を入れて、出されたハンカチではなく自分のハンカチで手を拭き、老人を真似て、二枚、口に入れる。


 ぱりぱりとした軽い触感。かすかに焦げたチーズの香り。チーズのうまみとコクが凝縮されていて、噛む度に口いっぱいに香ばしさ、うまみ、コク、そして塩気が広がっていく。


「貴族の婦女子は一枚ずつ食べるのが正解かなぁ」


「ってなかなかおいしいですわ」


 エレナは喉の乾きを覚え、ゆっくりお茶を飲んだ。

 ちらりと横を見ると、隣の老人はごくごくと喉をならして、酒をイッキ飲みした。

 本当は、もっと礼儀もなにもなく、ごくごく飲みたいがそういうわけにはいかない。


「貴族の嬢ちゃんも飲むか?」


 老人の飲みっぷりをじっと見ていたエレナにガントはグラスを掲げた。


(そんなこと言われたら、誘惑に負けそう)


「未成年にお酒飲ますのは禁止です!」


 止めてくれたのは、無礼男。


「嬢ちゃん年は十七だよな?」


 この国では、保護者同伴なら10歳から、そうでなくとも十五歳から飲酒が可能だ。が、


「私、言いましたか?」


「いいや」


 老人はさっと目をそらす。怪しい。


「で、何をしに来られたので。首を羽に来たのじゃないですよね」


「お前百回首跳ねられても文句言えんぞ。王子の婚約指輪を窃盗未遂とか」


 ああ、この老人はやはり知っていたのか。


「へ?」


「新聞を持って来たんだ」


「あらどんな記事かしら」


『貴様との婚約を破棄する!!!!』


 ででんと大見出しがイラストつきで踊っている。当然、エレナの名前の後ろには(17)と書かれていた。

 そして、王子の肩に抱かれているのは...


「相手の女の子結構かわいじゃん」

「こういう小動物系いいよな。エリザ嬢ちゃんはもっと目がつり上がっていて」

「髪にももうちょっとチョココロネ感が欲しいよな。気高くもどす黒い笑みを浮かべながら、持っている扇をぼきっと」


 まあ、扇を折るだなんてはしたないことー


「ほほほほほ」


 取り出した扇を広げて、口許を隠しながら微笑み、わざとらしくぱちんと鳴らした。


「「ははは...。すんません」」


 ◆


「細かい経緯は省きますが、わたくし、むしゃくしゃして暇なんです!」


 学園には居場所はないし、王子との関係は冷めきっている。

 あんなやつ、もう心の隅にでも置いてやらない。


「まあ、それはお気の毒に?」


 男は心底不思議そうな顔をする。


「昨日、むしゃくしゃして暇なら来いと言ったのはあなたでしょう?綺麗なものを作って心を鎮めたいのです」


「貴族様ならお刺繍とか・・・」


 いまいちどこに『お』を付けていいのかわかっていない様子だが、細かいことはいい。


「言い直しましょう。他の貴族ができないことを達成し、憂さを晴らし、優越感にひたり、誉められたいのです」


「たかが、折り紙にそこまで期待されても」


 そこで、男はぎこちない笑顔を浮かべる。


「折り紙体験教室ですね。簡単なものですと30分程度です。料金は50ロゼで超過分はー」


「50ロゼ?」


 あめ玉五個分の安さだ。


「折り紙経験は?」

「ないです」


 そこで、無礼男は少し考え込む。


「・・・弟子になりたい、誰かに勝ちたいってのは本気?」



「本気で覚えたいなら『鶴』から。ただあの花を作りたいだけなら『桜』を教えるけれどどうする?」


「なぜ鶴からなんですか?」


「難易度は「桜」の方が簡単。同じパーツ何個も作ったり、のり付けしたりがめんどくさいだけで。ただ、きれいに折りたいなら、『鶴』を折れた方がいいですよ」


「では、鶴からお願いします」


「じゃあ、まず...鶴と奴さん。鶴と奴さんさえできれば、後はなんとかなる、かな?」


 無礼男改め、師匠は少し頼りなかった。


「じゃあ、俺帰るわ」


 さんざか、チーズ煎餅を食べたガントさんは去っていった。


 ◆


 丁寧に手を洗い直してから、『折り紙教室』が始まった。


「これをまず三角形に折ってみて」


 一枚の正方形の紙を渡される。彼も横について、同じサイズの紙で三角を作った。

 それを真似て折ってみるが・・・。


「はい。アウト。角が合わさってない。どんどんずれていくのは仕方ないけれど、最初の折りはしっかりしないと、後々の仕上がりに全部影響してくるよ」


 そういっている間にも彼は、一つ折り上げてしまった。


「これが鶴」


 吊ってあったのは羽を広げてなかったが、広げると確かに鳥に見える。

 そういえばガントの紙工房の見本棚には、鶴が二羽繋がった作品が置いてあった。


「教える気ないでしょ?」


「教える気はあるけど、こればっかりは説明が難しいね。隣で見て覚えてもらわないと。俺もそうやって婆さんから教わったし難しいなら、三角形の底辺の角だけをちょいちょいっと微調整してから、底辺全体を折るとかですね」


 師匠はそう言いながら、正方形を軽く折り、空中で角だけちょいっと折り揃え、机に置いてから、角から角まで指先に力を込めて、きれいに折った。


「もっとしっかり型をつけたいときは、細いへらやら、ローラーを使うといいです。俺は使いませんけれど」


 丁寧な言葉遣いがちょっとしゃくに触る。昨日とは大違いだ。


 同じようにやってみるが、やはりずれてしまう。

 エレナが最初の一歩につまずいている間にも無礼男は何かの書き付けをちょきちょき切って、二つ目の鶴を折っていた。


「どうしたら見本もなく簡単に折れるんですか」


「手が勝手に動くって言うか、暇なときはレシート使って折っていたし。とりあえず千回は折っているね」


「せん・・・かい・・・」


「三角が難しいなら、四角を折るとか。とりあえず奴さんのほうを作ってみましょうか」


「ヤッコさん?」


「俺もよくわからないですけれど・・・紙人形?」


 そうして、新しい色紙を渡してくれる。


「まず縦横に折って紙に四等分の線をつけます。白い面を上にして、線にそって四隅の角を中心に合わせます」


 解説しながらも無礼男の手は淀みなく動いていた。たまにちらりとこちらの進み具合を確認している。


「三角よりも四角のほうが折りやすいわ」


 折り目の交点にぴったり合わせるも、微妙に隙間ができて、白い部分が見えてしまっている。


「ひっくり返して、再度四隅の角を中心に向かって折ります。中心でびったり合わせることを意識して」


 またずれる。が、特に指摘されることもない。


「もう一度ひっくり返して折ってから裏返します。四つ四角ができているかと思います」


 形が微妙に歪んでいるが、確かに四つ四角ができている。


「で、一番きれいに折れた四角を顔にします。他の部分は両手、腰になります」


「四角の割れ目を指で広げるように開いて潰します。これで手が生えました。残り二ヶ所を同じようにすれば、上半身の完成です」


「で、できたー・・・」


 何かはよくわからないが、確かに紙人形のようだ。 エレナのつくった顔部分は割れて崩壊寸前だが無礼男の作った紙人形は顔部分も丁寧に合わさっている。


「これでだいたい三十分。さっき午後四時の鐘が鳴ったみたいだけど・・・袴部分はどうする?」


 冷めたお茶を渡される。集中していたからだろうか、喉がカラカラだったので、三十分ポットに入れっぱなしの薄いお茶でも文句を言わず飲んだ。


「ハカマ?」


「ズボン部分。四つの四角までは作り方同じだから、すぐできると思うけれど」


「作ります!」


 こんな、胴体生き別れ状態で、放置するなんて、消化不良だし・・・なんだか不吉だ。


「・・・貴族って、お付きの人はいないの?」


「いるけれど、いないです」


 教師に「早退する」と告げてから、二時間ほど経っている。


「本日は営業を終了いたしました。お気をつけてお帰りください。またのお越しをお待ちしております?」



「馬車通りまで送るよ」


「店は?」


「元々客なんか来ないし、俺一人だから営業時間なんて好きに変えられる。続きを作りたくなったら、訪ねてきて。俺留守かもしれないけど、平日なら、はす向かいの紙工房にガントさんか従業員の誰かがいるから」


「あの、敬語はいらないです」


「なんで?」


「話しにくそうでしたから」


 彼は何度も言葉を選ぼうとして、口ごもり、取って付けたような敬語を使って、その次は敬語を付けるのを忘れてしまっていた。


 そんなにつっかえるなら、昨日の威勢のいい口調の方がすっきりする。いや、乱暴な口調と丁寧な言葉の間で、普通に話してくれればいい。


「じゃあ、次の時はちゃんと家の人に行き先を伝えてから来てくれる?」


「はい!」


「それと、次に来るときまでに課題を一つ。やっこさんの上半身をもう一つ作ってきてくれる?」


 そう言って、渡されたのはピンクと青と黄色の正方形の紙。


「ちょっと、一人でできる自信が・・・」


「あはは。そのために正・副・予備の三枚を渡すんだ。わからなかったら今日作ったやつをほどいて手順を確認すればいい」


「せっかく作ったのを崩すのは・・・」


 崩したところで、手順がわかるとは到底思えないのだが・・・。


「わからなくなったらまた教えるよ。エレナちゃん」


 彼はそう言って、笑った。



(エレナちゃん・・・エレナちゃんって、私17歳ですわよ)


 そんな呼び方、久しくされてない。


 妙にドキドキしたまま馬車に乗って気づいた。


「ああ、結局、名前聞くのを忘れてたわ」

登場折り紙。桜、鶴、奴さん等。

おうち時間に昔、親に作ってもらった折り紙を動画を見ながら作っています。

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