舞い落ちる羽根、または花束。
右手を動かそうとすると右手が動くように、左足を動かそうとすると左足が動くように、僕の全神経はさも正しいように機能する。
たとえ右手を動かそうとして左手が動こうと、左足を動かそうとすると右足が動こうとも僕にはなんの問題もない。
重要なのは、今目の前で起こっている事象そのものである。新快速の電車、ドアから1番近い席の端に座り周りを見渡すと、皆、目の前の携帯に心を奪われている。
僕もそんな人達の中の一人であり、その呪縛から解き放たれる為あえて右手を動かそうとして左手を動かす。その瞬間に、意識は体に戻り世界は電車の中へと戻っていく。
視界が開けた。
その瞬間、車両の上から一つの羽根が自分の存在を見せびらかすように舞い落ちた。当然、気づいたのは僕だけである。どこから落ちてきた?当然、車両には鳥は迷い込んでいない。そして、もう一度その羽根に目を落とすと、その羽は一人の天使へと変貌していた。
風貌は白のローブ、背中には白い羽が生えており、天使の輪っかも付いている。性別は分からない。ただ一つ奇妙なのは、口から煙をふかしている事だった。手にはタバコが握られており、そのふかした煙がアルファベットの形へと変形しているようだった。
「P」「A」「R」「O」「D」「Y」
次々と煙が変化して、一つの単語を作り上げた。
「パロディ」そう僕が呟くと、天使はこちらに目を向けないまま煙をふかし続け「頼りない」と呟いた。ふと車窓を見ると海が広がり続けていて、砂浜では子供と親がビーチボールで遊んでいる様子だけが見えた。青すぎる青。相変わらず、乗客は携帯に心を奪われている。
「お前は一体どこから来た?」天使に僕が言う。
「いきなりお前とは、失礼なやつだな。」
相変わらず、顔は見えない。
「そっちこそ、さっきからどこを見てるんだ。人と話す時は、喋ってる人の顔を見て話をするんだよ。」
「ハハハ、面白い奴だな。この姿を見て、私を人だと思うんだな。」
確かに、そもそもなんでよく分からない目の前の天使と普通に会話ができてるんだ?
「俺はお前が見つけた存在だ。俺はお前だとも言えるし、そうじゃないとも言える。」
「どういう意味だ?」
「確かに俺は今天使の姿をしているが、お前の親にだって友達にだって恋人にだってなる事ができる。」
「そんなの、信じられるわけがない。」
「信じるか否かは問題じゃあない、現に今こうしてお前の前に立っている。」天使は僕の方を向き、その顔を始めて僕に見せた。
「その先は、お前次第だ。」
「何をーーー」
言いかけた時、イヤホンから着信の音が耳の中に響いた。
乗客達の視線が、僕に集まるのが分かる。
車窓には、まだ海が広がっている。




