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夜半の世界で睡蓮は輝く  作者: 松永夏月
2/2

笑顔

結果から言うと、この依頼を引き受けることにした。この人の身元は依頼を受けて本人に会う前から調べていて知っていたし、何よりも対価として持ってきたものが『適切』だったから。最初に依頼に来る人って基本はこちらのことを舐めているから却下することが多いけれど、何度も慣れている人から紹介されたからか、こちらのことを『よくわかっていた』。相手によくわかっているという状況はあまり良いものではないから、自分の身の振り方を考え直さなければいけないと襟を正しなおしたのだが。


 カタカタ……という音が部屋に鳴り響く午前2時。所謂ハッキングをしたりもちろん地道に聞いたりして手に入れた情報に嘘はないか、矛盾はないか。そんなことを確認していく。パソコンの画面を覗いては、手元の資料と見比べて、考えてはまとめて。また考えては赤色のチェックを入れて。漫画とかじゃ派手でかっこいいように見えるが、実際のところ事務作業ばっかで体が鈍りそうだった。


「あんまり夜中までやってると、体壊すよー?」


 そういいながらコウさんがカモミールティーを持ってきてくれた。コウさんのお気に入りの種類らしい。元々紅茶が好きだといっていたコウさんは紅茶の種類や効能なんかにも詳しい。そんな中、よく出してくれるのがこれだった。1度気になって尋ねたらこの時間でも飲んで問題ないと教えてくれた。ついでにリラックス効果があるとかないとか。

 ふわっと香る紅茶のいい匂いを嗅いで、つられてなってしまったぐうっという音から自分のお腹が食事を求めていることに気づく。晩ごはんを食べた時間はもうざっと5時間は前だった。


「これだけ。明日の約束のものの最終確認だから。」


「そうならいいけどさ。」


コウさんにも本業がある。そっちは夕方から夜がメインだから朝早くに起きる必要はないけれど、きっと私を待ってくれていたんだろう。そんなやさしさが結構うれしくて、でも負担になりたくなくて。気持ちは複雑だ。


「うん。終わった。


「お疲れ様。早く寝るよ?」





「こちらで大丈夫でしょうか?」


 私は前回と同じ場所でイチノセさん……一ノ瀬さんに会っていた。渡したものは依頼を受けていた情報が入っている茶封筒。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます!」


資料を確認した後の一ノ瀬さんはお花がふわふわ飛んでいるのが見えるんじゃないかってくらいの笑顔だった。この笑顔の持ち主がなんで“こっちの世界”に片足入れているのかわからないくらい。私には到底直視できるものではなかった。


「お役に立てるようで、よかったです。」


「はい!頼んだことがまとまってるだけじゃなくてすごく見やすくてわかり易くて。本当にありがとうございました!」


「ご希望に添えてよかったです。」


 ……久しぶりに褒められてちょっとうれしいかもしれない。そんなことを考えながら相手とは打って変わってビジネススマイルを返す。偽りの笑顔を向けられていることに気付いていないのか、気づいていないふりをしているだけなのか最後まで分からなかったけど終始平和な雰囲気だった。


「今回はありがとうございました。また次回もご縁がありましたらよろしくお願いいたしますね。」


「ええ。またのご利用をお待ちしております。」


そういうと、一ノ瀬さんは店から出ていった。






「お疲れ様―。大丈夫そうだったじゃん。」


「……別に見てなくてもいいのに。」


席に座っていた私に声をかけてきたのはコウさんだった。それもそのはず、ここはコウさんがマスターの小さなカフェ。アンティークな家具と“カフェ”というなんとなくコーヒーが多そうな店の名前だがハーブティーが売りのお店である。あくまでも表向きは。実際には普通の客以外に同業の仲間が集まる場所であった。


「成長したものねえ。良いことなのかは知らないけど。」


「良いことでしょ。生きてるんだから。」


「基準が最低限過ぎるのよねえ。」


 今店内にいるのは私とコウさんだけ。午後のおやつの時間を過ぎて夜ごはんの時間までは少し暇になる。私が使うのは決まって人がいない時間だ。コウさんがいるから同業の人がいたり怪しそうな人がいたりすると避けてくれるのだけど、やっぱり念には念を入れてのことだ。


「今日はもう仕事終わりでしょ?」


「うん。手伝おうか?」


「よろ。」


これが私の、普通じゃない普通な生活だ。



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