6 二人の少女
「――きゃっ!」
「ん? どったのリーン?」
「い、今、裸の男性が歩いていました……」
「うひゃっ!? もしかして露出狂!? ゲームの中に!? どこどこっ?」
「あ、あの辺りです。――あ、良かった……。も、もう行ってしまったみたいですね……」
「えー。ざんねーん」
「ざ、残念って……。ツヅラちゃん。だ、男性の裸に興味あるんですか?」
「え? そりゃあ年頃の乙女だもん! 興味がないと言えばウソになるかな! まあ、離れて見る分にはだけどね。近くに来たらぶっ飛ばしちゃうよ!」
「と、年頃の乙女は、ぶ、ぶっ飛ばすなんて言わないと思いますけど……」
「えー。普通だよー。――で? どんな男だったの?? 細マッチョ系だとおねーさん嬉しいな!」
「え? ちらっとしか見てないから良く分からないですけど、わりと筋肉質な方だったよう……って何言わせるんですか!」
「おややー? なんだなんだー? リーンも結構興味あるんじゃないのかなー? ほらー。おねーさんに正直に話してみなー」
「ちょっと……やめてくださいー。それにさっきからおねーさんって、ツヅラちゃん、さっき私の一つ下って言ってたじゃないですか」
「うりうりー。そんな細かい事は気にしないでいいんだよー」
「ちょ、どこ触ってるんですかっ!?」
「お? ここがええんかー? うりうりー」
「いやー!」
天に一番近い島の街。その中央広場。噴水前のベンチで二人の少女プレイヤーがじゃれあっていた。
先程から身体のあちこちをいじられているのがリーン。
ウェーブのかかった肩までの栗色の髪が、どこか育ちの良いお嬢様然とした雰囲気の大人しそうな少女だった。
一方、そのリーンにちょっかいを出している方の少女はツヅラ。
ショートカットの黒髪に大きな瞳が活発そうな印象を持たせる少女だった。
そんなうら若い少女が二人。過激なスキンシップでじゃれあっている姿は公園でも当然目立っていた。
公園にいる他のプレイヤー達、主に男性プレイヤー達は、ちらちらと彼女達を覗き見る。
「い、いや。もう! 人が、見てますよ! もうツヅラちゃん見られてますって!」
そんな男性プレイヤー達の視線に気が付いたリーンが、頬を真っ赤に染めてツヅラに抗議する。
「なんだと! どこのどいつだ! 見物料取らなくちゃっ!!」
がばっと勢い良くリーンから離れたツヅラは、鋭い目つきで猛獣のように周囲を威嚇する。
ちらちらと覗き見していた男性プレイヤー達は、そんなツヅラから視線を逸らし、逃げるようにその場を立ち去っていった。
「うひゃ。根性の無い出歯亀どもめー。こんなに可愛い女の子が二人でいるのに声も掛けてこないとはー!」
「はあ……。もしかしてツヅラちゃん。男性に声を掛けてもらいたかったからわざと目立つ事してたんですか?」
「ん? そんなわけないじゃん! もしナンパしにきたらさっきの見物料ふんだくってやろうかと……」
「もう! そんな事してないで早く詰所にいきましょうよ」
「おおっと、そうだったね。わたしが案内するって言ったんだっけ」
このゴッドソルジャーアイランドの世界で目覚めた二人は、数十分前にはじまりの塔の広間で出会ったばかりだった。
他の大勢のプレイヤー達と同様に広間でどうしたら良いか分からずおろおろとしていたリーンにツヅラが話しかけて、ここまで一緒に連れ添ってきた。
「そうですよー! ツヅラちゃんに話しかけて貰ったときは凄く嬉しかったのに、まさかこんな困ったちゃんだなんて……」
「おお? 誰が困ったちゃんだってー! うりうりー!」
「きゃっ! もう! そういうところですよ!」
リーンは脇腹を突っつかれて、小さく悲鳴を上げると、頬を膨らませてツヅラからそっぽ向く。
「ごめんてー。わたしも同年代の子を見つけて嬉しかったんだよー。もう真面目にするから許してー」
両手を合わせて頭を下げるツヅラの言葉に、僅かに頬を紅く染めながらツヅラの両手を包み込むようにして握るリーン。
「そ、それなら許します。でも本当に真面目にしてくださいよ!」
「くー。さっすがリーン! ちょろインの称号を授けるぞい」
顔を上げて満面の笑みを浮かべるツヅラ。
「ちょ、ちょろいん? な、なんですかその称号は……」
そんなやりとりをしながら二人は神兵詰所に向かって行った。
◆ ◆ ◆
「1000ゴッズって日本円にしたらどれくらいの価値なんだろうねー?」
ツヅラが詰所で貰った革袋から銅貨を一枚取り出し、指で空中にはじきながらリーンに問いかける。
「詰所では飲み物が一杯2ゴッズからでしたので、1ゴッズ100円程でしょうか?」
「ということは1000ゴッズで……えーっと10万円か。うひょー! ちょっとした小金持ちじゃないかー」
「ちゃんと考えて使わないといけませんね」
「固いなー。リーンは。ぱーっと使っちゃおうよ、ぱーっとさ」
「駄目ですよ! 私達に期待してお金を預けてくれた詰所の方に申し訳ありませんもの」
「えー? じゃあ、武器と防具でも買いにいく? それとも先にご飯にするー? お腹減っちゃったなー。ゲームの中でもお腹は減るんだねー」
ツヅラは自分の腹部を抱えてアヒル口で問いかける。
「うーん。確かにお腹も減りましたけど、まずは必要な物を買い揃えましょう」
「らじゃー。レッツショッピングだね。わくわくするねー。見てよ。まるでイタリアに旅行来たみたいだねー。行った事ないけど」
両手を広げて、石畳の上を踊るように歩くツヅラ。
そんなツヅラを小走りで追いかけるリーン。二人は様々な店が並ぶ、広場に近い大通りへと向かっていった。
「――で、リーンや」
青いワンピースに身を包んで、写し鏡の前でポーズを取っているリーンに、椅子の背もたれを前にして座りながら頬杖をしているツヅラが声を掛ける。
「なーにツヅラちゃん?」
ワンピースの裾を翻し、きょとんとした表情で振り返るリーン。
「なんで私達は洋服屋に来ているのかな?」
「なんでって。いつまでも部屋着のままでいるわけには行かないじゃないですか。ほら、このワンピース可愛くないですか? ここに付いてるこのアップリケ。この街の紋章らしいですよ」
黒い円の中に白い十字があるシンプルなデザインのアップリケがワンピースのスカート部分に刺繍されていた。
「いや、可愛いけどさー」
「ツヅラちゃんも着ましょうよー。きっと似合うと思いますよー」
「いやー。わたしはいいよー。あっちのハーフパンツとかの方が動きやすそうだしー」
ツヅラは近くに飾られている膝上丈程の布のパンツに視線を送る。
「あ、いいじゃないですかー。ツヅラちゃんに似合いそうですね!」
瞳を輝かせながら両手を合わせるリーン。
「え? そうかなー? 買っちゃおうかなー。結構安かったし……」
ツヅラは立ち上がり、棚に陳列されているハーフパンツに手を伸ばす。生地が何なのかは分からないが触り心地も良い。
「すいませーん。このワンピース下さいなー。このまま着て帰ってもよろしいでしょうか?」
ツヅラがそうこうしているうちに、リーンは試着中のワンピースをお買い上げになるようだった。
「あ、じゃあわたしもこれ買い……ってちがうわい!!」
ツヅラはハーフパンツをぺしりと床に叩き付ける。
「ツヅラちゃん!? それ商品ですよ! 何やってるんです!?」
会計をしていたリーンと、若い女性店員は驚いた表情でツヅラを見る。
「うへ? ああっ。つい……。いや、買います。これ買います。ついでにこのブラウスも買いますとも」
慌ててハーフパンツを拾い上げたツヅラは、そのまま傍にかけてあった白いブラウスを手に取り、リーンの後ろに並んだ。
「はあ……。うまくリーンに乗せられちゃったなぁ」
街の大通りに面した飲食店のテラス。木製の丸テーブルに頬杖をついているツヅラは大きく溜息を付いた。
「なーに? ツヅラちゃんどうしたんですか?」
向かい側の席から、買ったばかりの青いワンピース姿のリーンがツヅラの顔を覗き込む。頭には麦わら帽子まで被っており、まさに深窓の令嬢といった風体だ。
「リーンちゃんや。さっきあんたさんはなんて言ってたかな?」
「え? わたし何か言いましたっけ?」
「お金の使い方についてさ。わたしがぱーっと使っちゃおうって言ったら、詰所の人達の期待に応えるだーとかなんとか言ってなかったかい?」
「ああ。それですか。そうですよー。無駄な事に使ったらダメですよ!」
「この服とか、そこの袋に入っている物は無駄な事には入らないのかな?」
ツヅラは二人の足元にある大きな紙袋を指した。
「――え? こ、これは無駄じゃないですよ。だって、何も持たずに突然この場所に来てしまったんですよ? このくらいは必要じゃないですか?」
紙袋の中身は服や下着。その他日常生活品がぎっしりと詰められていた。二人は、洋服屋を何軒か回った後も、雑貨屋や道具屋で散々買い物をしてきたのであった。
「うんうん。まー、普通に暮らすなら必要かな。普通に暮らすならね? でも私達は、違うじゃん? いわば世界を救う天下御免の冒険者様だよ? ……あ、神兵か。まあどっちでも良いけど」
「そ、それは分かってますよ? でも、神兵である前に、ツヅラちゃん。私達は女の子なんですよ!」
「うん? それはつまりあれかな? 恋せよ乙女的な事を言いたいの? さっきの細マッチョの露出男でも探しに行くかい?」
「んもー。またすぐそういう話しに行きたがるんですから」
「まあ、それはさておき、リーンちゃんや。お財布の中身はいかほどに?」
ツヅラは詰所から配布された革袋を取り出す。そのサイズは当初より随分としぼんでしまっていた。
「ちょっと待って下さいね。……えーっと、残り200ゴッズ程でしょうか」
同じく、最初より随分と軽くなった革袋の中を覗き込みながらリーンが答える。
「うん。わたしもそんなもんだね。さっき注文した料理と飲み物代がここからさらに減るけどね。随分とぱーっと買い物しちゃったねー? 確か、神兵として必要な武器とか防具を揃えると400ゴッズくらいかかるらしいけど、足りなくなっちゃったねー」
「う……。そ、それは……。ツヅラちゃんの意地悪……」
しょぼんと俯くリーン。
「いや、まー、良いんだけどね。わたしもついつい物珍しい物がいっぱいあるからリーンの調子に乗っかちゃったわけだしね」
「ど、どうしましょう?」
両手で頬を挟み込んで困った表情をするリーン。
「うーん。ま、なんとかなるんじゃないかなー。防具も武器も一番安いの買えばいいさー」
大きく伸びをしてあっけらかんと答えるツヅラ。しかし、リーンは目を伏せる。
「で、でも。今日泊まる所とかもまだ決まってないんですよ……。はじまりの塔の部屋は自由に使って良いみたいですが、あそこはお風呂もありませんし……」
はじまりの塔で各プレイヤーが最初に目覚めた部屋は、自分専用の部屋として利用出来るとヘルプに書かれている。
「あー。それもあったかー。お風呂ねー。お風呂は重要だー。確か、お風呂付きの宿屋が一泊30ゴッズだったっけ」
「それだと何日か泊まったらすぐに無くなってしまいますね……」
「ま! いざとなったら男共に貢いで貰えばいいさ!! ほら、あそこの席にプレイヤーっぽい男が二人!」
少し離れた席に、剣を椅子の脇に立て掛け、革のプロテクターを身に着けた、いかにもファンタジー物に登場する冒険者然とした恰好の男性プレイヤーが二人で食事をしていた。
「もう、嫌ですよそんなこと。ちゃんと考えましょうよー」
「考えてるよー! ……そう、逆に考えるんだよリーン。まだお金は200ゴッズもあるってね!」
ツヅラが握り拳で叫ぶのと同時に、注文していた料理がテーブルに運ばれてきた。
「あ、凄い良い香り!」
リーンが目を輝かせる。
「おお、本当だ! 腹が減ってはなんとやら! とりあえず食べてから考えよう」
「うん。そうですね。お料理冷めてはいけませんしね。いただきまーす」
昼下がりのテラスで少女二人はこの世界で初めての食事を始めた。