4 ゲームスタート③
「ほほーう。あれが神兵詰所か? 中々にシャレオツな建物じゃねーか」
ロクローは空から燦々と照り付ける陽光を遮るように、手を掲げながら神兵詰所の大きな建物を見上げる。
「おお。ほんとだ。それに結構でかいな」
ヴォックもロクローと同じ仕草をして進行方向に迫る巨大な建物を見上げた。
二人は今、街の中央広場の真ん中に設置されている噴水の前を並んで歩いていた。
広場のすぐ傍にある神兵詰所は、白い壁に赤い屋根、そして二つの尖塔を持つ大きな建物で、教会や聖堂のような外観をしていた。
「よし。まだそんなに他のプレイヤーは来てないみたいだから、混み出す前に登録とかいうのを済ませちゃおう」
ヴォックはそう言うと歩む速度を少し上げる。
広場を見回してもプレイヤーらしき人物はまだほとんど見当たらない。何人かがヴォック達と同じように詰所を目指して歩きながら建物を見上げている程度だった。
ヴォックがこの世界で目覚めた時間がゲーム開始時刻となるなら、ゲームが開始されて、まだ1時間も経っていない。プレイヤーがこの場所に少ないのは当然だろう。ほとんどのプレイヤーは突然の状況に困惑し、一種のパニック状態に陥っている者ばかりのはずだ。
ヴォック達のように、楽観的にいち早く環境に適応しようとする者はむしろ異端。
ヴォック自身それは理解していた。非現実的とも言えるこの状況を、悲観的になるどころかむしろ楽しんでさえいるのは、自分が本来「こっち側の世界の住人」という思いが強かったからに他ならない。それほど、かつてのヴォックはMMORPGの世界に依存していた。
「おう。いつまでもこんな格好してちゃ風邪引いちまうぜ。……は、はあっくしょい!」
盛大にくしゃみをして、ロクローが自身の肩を抱くようにして急ぎ足でヴォックを追い越す。
混む前に登録を済ませたいのは、待つのが嫌というより、ロクローの恰好が悪目立ちしそうだからというのが本音であったが、ヴォックは口には出さなかった。
「中々雰囲気あってよさげな所じゃねーか。気に入ったぜ」
酒場が併設されている広い詰所の中を見回して、ロクローが満足気に感想を述べた。
広い室内の中には数多くの椅子やテーブルが並べられており、クエストボードか何かであろう、大きな掲示板があるのが見える。
壁際に並んでいる大きな樽や、床に敷かれた鮮やかな模様が描かれた絨毯は確かに中世然とした趣きがあり、ロクローの言う通りファンタジー好きにとっては雰囲気の良い内装だった。
「お、受付はあそこじゃないか?」
ヴォックは詰所の一角を指す。そこには受付カウンターのような物があり、プレイヤーと思わしき人たちが列を作っていた。
中世風の衣服を身に纏った街の住人や、詰所のNPC達とは明らかに違う身なりの者達。
鮮やかな色のジャージやパーカー、デザインロゴが入ったTシャツ姿という、この世界では場違いとも言えるそれは、ヴォック達と同様に、現実世界の自宅でゴッドソルジャーアイランドのプレイヤー登録を行っていてこちらの世界に招かれたプレイヤー達であろう。
二人はロクローを前にして列の最後尾に並ぶ。
「よう。あんた。神兵登録ってのはこの列でいいのか?」
ロクローが前に並ぶ男性の肩を軽く叩いて声をかける。
「ん? ああ、そうみたい――」
ロクローの前に並んでいる色黒の坊主頭の男は、ロクローの姿を見て表情がゆがむ。
「――皆まで言うな。言いたい事は分かる。俺も困ってるんだ」
ロクローは首を左右に振りながら男の言葉に自分の言葉を被せる。
「……あ、ああ。俺も風呂上りなんかは割とそんな感じでゲームしてるし……。さ、災難だったな……」
色黒の男は瞬時にロクローの事情を察してくれたのか、頷きながら答えた。
そんな二人の会話に、前に並ぶ何人かが振り返ってきたが、ロクローの姿を見て、すぐに視線を合わせないようにと前に向き直る。
女性プレイヤーの姿が見えないのは幸いだったかな。とヴォックは思った。
「あの。あなたもゴッドソルジャーアイランドのプレイヤー登録と同時にこの世界へ?」
ヴォックはロクローの肩越しに色黒の男に問いかける。
「ああ。君達もそうだろう?」
「はい。……一体どうなっているんでしょう」
「それは分からん。しかし、ただ。じっとしているというわけにもいかないしな」
色黒の男は綺麗に刈り込まれた坊主頭を撫でながら眉をひそめる。
「どうでも良いけど、オレ様はとっとと着るもんが欲しいな」
「悪いな。何か羽織れる物があれば貸してやれるんだが、見た通りシャツ一枚でね」
色黒の男を交え話しているうちに、列はスムーズに流れて行き、すぐにロクローの順番が回ってきた。
「じゃあ、お先。またどこかでな」
先に登録を終えた色黒の男が、立ち去り際にロクローとヴォックの肩を叩いていった。
「おう」
ロクローは腕を上げ、ヴォックは小さく会釈をしてそれに応えた。
「さて、と。んじゃま案内して貰ったのに先にわりーな」
ロクローが上げた腕をそのままひらひらとさせながらヴォックに振り返る。
「いや、別にいいよ」
ヴォックが答えると、にやりと笑って受付へ向かうロクロー。
変な人だけど悪い人じゃなさそうだ。また会ったらパーティを頼んでもいいかもしれない。とヴォックは思った。
ロクローの登録もすぐに済み、ヴォックの順番になる。
入れ替わり際にロクローにぺこりと頭を下げて挨拶をしたヴォックは、受付カウンターへ向かった。
「ようこそ神兵詰所へ」
若い女性が笑顔で迎えてくれた。
修道服のような服に身を包んだ綺麗な女性だった。
「神兵とは神に遣わされし異界の戦士。神託を受けたその日から、私達はあなた方がこの世界に降り立つのを心待ちにしておりました。あなたも神に選ばれし神兵として、この世界に蔓延する邪の者を倒すため、神に与えられた力を研鑽し、この世界を光ある物に導いて下さいますね?」
瞳を閉じて両手を組み合わせ、祈るように告げる女性。
「ああ、はい。出来るだけ頑張ります」
ヴォックは素っ気なく答えたが、女性は満足したように頷く。
「それではこちらに腕輪をかざしてください」
ヴォックは女性の言葉に従って、カウンターの上に置かれている水晶玉のような物に、右手首にはめられた腕輪をかざす。
「はい。結構です。ヴォックさんですね。それではこちらを」
どうやらそれだけでこちらのプレイヤー情報を読み取れるようになっているらしい。女性はカウンターの下から革の袋を取り出しヴォックに手渡す。
「どうも」
手のひらに収まる程の小さな袋だが、ずっしりとした重みを感じる。
「それと、こちらの二つもお持ち下さい」
続いて手渡されたのは、羊皮紙を丸めた巻物と、首飾りのような物だった。
首飾りは、鉄の枠に木をはめ込んだドッグタグのような代物。
「これは?」
「首飾りはあなた達が神兵であるという証です。それと、スクロールの方は復活スクロールとなります」
「ああ……これが」
ヴォックはヘルプに記載されていた【デスペナルティ】の項目を思いだす。
復活スクロールとは、文字通り死亡してしまったプレイヤーを蘇らせるアイテムで、詰所でしか配布されていない物らしい。
「復活スクロールは一人につき一枚までの所持制限がありますので、使用された場合はまたここに貰いに来てくださいね」
「わかりました」
「それでは、あなたに神のご加護がありますように」
受付の女性は両手を合わせて祈るように瞳を閉じる。
「どうも」
受付の女性に簡単に礼を告げてその場から立ち去る。
やたらと神という言葉を使用していた。その言葉でヴォックは最初、この神兵詰所の外観を見たときに教会のようだと感じた事を思い出した。
ここは元々教会か何かだったのだろうか。
教会に酒場が併設されているのはおかしいような気がするが、詰所として使う事を考えて改装でもしたのだろう。
ヴォックが詰所の中を見回しながらそんなことを考えていると、
「おう! ヴォック! こっちこっち」
先に登録を終えたはずのロクローが酒場のカウンターから手招きしてきた。
「あれ……。って、あんた……。飲んでるのか?」
ロクローの手には樽ジョッキが握られていた。
「ん? 酒じゃねーぞ。散々街の中走り回ったせいで喉乾いちまってよ。中々うめーぞこのオランジュースっての」
ジョッキを傾けて中身をヴォックに見せるロクロー。オレンジ色の液体が見える。オレンジジュースか何かだろう。
「……あんたはそんなのを飲むより先にやることがあるんじゃないか?」
服を買いに行け。という意思を込めて視線を送る。
「なんだよ。お前を待ってる間に飲んでただけじゃねーか」
「……待ってた?」
ロクローは一口にオランジュ―スなる物を飲み干すと、カウンターに樽ジョッキを置き、ヴォックの肩を叩く。
「ぷはー。よっし。行こうぜ相棒」
にっこりと笑い、ヴォックを詰所の出口へと誘う。
「は? あんた、ここまで案内して欲しいだけじゃなかったのか?」
「おいおい。連れない事言うなよ。袖触れ合うの多少の縁って言うだろ?」
「それを言うなら袖振り合うも……な」
「かーッ! こまけーことは良いんだよ。なんかお前こういうゲーム得意そうだもんな。色々教えてくれよ」
片目を閉じてウインクして見せるロクロー。
教えてくれと言われても、ヴォックもまだこのゲームに関してはヘルプに一通り目を通したくらいの知識しかなかったが、このロクローと名乗る青年はヘルプを読む気すらなさそうだった。
「……はあ。別に構わないけど。最初は防具屋に行こう。あんたの恰好をまずどうにかしなくちゃな。一緒にいるのも気が引けるよ」
ヴォックは大きく溜息を付くも、ロクローの提案を了承した。
ヘルプの知識しかないとはいえ、ヴォックには過去にMMORPGを遊び尽くした経験がある。ロクローのように、情報は人任せといったプレイヤーの面倒も何度も見て来ている。
「そうこなくっちゃ! 頼むぜ相棒!」
勢い良くヴォックの肩に腕を回すロクロー。
半裸の同性にくっつかれて気色悪いと思う反面、歳こそ離れてはいるがまるで学校の友達同士のようなやりとりにヴォックは悪い気分はしなかった。