第六話『強敵、ヘラクレス』・「プロトタイプの完成!」(挿絵あり)
あれから二週間は上手く商品を上げ下げしていた。
小山先輩の圧力も減ってバイトも上手くこなせてる。
今もテキパキ働く兎羽歌さんのおかげだ。
そういえば彼女の出勤は、早朝に部屋の窓から制服姿を見かけるぐらい早い。
佐藤さんも普通に働いてる。流原マートの周辺も平穏で不良も見ない。
根谷の顔を思い出す。
度胸がすわってた男の青く凍った顔。
ヘラクレスは一体どんな顔をしてたんだ。
「直也さん」
「あ、トワカさん」
「大丈夫です?」
彼女が顔を覗いてくる。
「大丈夫です。ところで休憩時間にちょっと」
「はい、いいですよ」
「じゃ裏手で」
休憩時間にスーパーの裏手へ来ていた。不良軍団がいた近くでタバコの吸い殻も落ちてる。
「直也さん体つき変わりましたね」
兎羽歌さんが眺めてきて感心してる。
早くも成果が? 勘が鋭い子かな。
「最近毎日筋トレしてますからね。腹筋背筋や腕立て伏せにスクワットを」
他の筋肉も夜の公園の遊具で試してる。
「すごいですね」
「食べ物も気をつけてます」
保護費の範囲で。
「私も見習わなくちゃ」
彼女が両腕を使ってフンッとガッツポーズをとった。
案外お茶目な子で笑ってしまった。
彼女も笑ってる。
「私も今度教えてもらおうかな」
「教えますよ。そういえばアレも今度」
「できたんですか」
食いついてきた。
「まだなんですけどトワカさんには早く見てもらいたくて」
「ぜひ見せてほしいです!」
やる気が加速したから帰宅すると作業に取り組んだ。
やはり趣味が存分に発揮できる――
単純作業だったが実用を想像したら工程は楽しかった。
現物が出来たから目の前に掲げてみた。
「プロトタイプの完成!」
ヒーローにはこれが必要!
このコスチューム、違う、スーツが!
市販の全身タイツがベース。同じ生地で雷柄や細かな模様を施した。色は黒が基調で、雷柄が灰色。
肩と肘と膝にプラスチック製の青いプロテクターを接着。
若干戦隊物のブラックを意識して作ったが……ダサいか。まだまだ。
コスチューム作りは初めてで腕に自信はなかった。裁縫やハンドメイドが趣味でも上手いわけじゃない。
けどこれから。試作段階だから改良を重ねよう。
自分のスーツはデザイン画なしで作ったが、もう一つはデザイン画から起こす。
「どう、でしょうか?」
俺は自室で、
コスチュームを着て、
眼前の女子に、
見せていた。
仕事後に。
恥ずかしい! 予想よりずっと。
けど今後は恥ずかしがってられない。外を出歩くんだ。
「いいと、思います……」
座って見上げる兎羽歌さんはやや困惑気味で恥ずかしがってる表情だった。
まあ全身タイツを着た男がすぐ目の前にいるんだから。
目線も股間の高さにあって、
ってそこかー!
股間を両手で覆いながらやや後退した。
「ほ、本当はヘルメットもあるんです。頭も含めて全身のイメージでこれは原型。だからメットはまだ用意できてないんです。ははは」
息を整えて話を続ける。
「細かな所や実用性もまだ考える余地があって。防御面も考えなくちゃ。武器も」
「素敵だと思います」
彼女は真面目に笑顔で応えてくれた。
嬉しかったしこんな不格好でも見せてよかった。
表明する気持ちで言う。
「これであいつと。ヘラクレスとやれる準備はできた」
「見つけたら、挑戦……するつもりなんですか」
「ええ、最近鍛えてるし気持ちもできあがってきたので。こういうのを着ると強くなった気もしてくるんです」
実際に制服や仮面は人の心理まで影響を及ぼすと聞いてる。気が大きくなったりするし心のあり方も決める。
想定より強くもなれるはずだ。
「そうなんですね」
彼女はまた考えてる様子。この件で悩んでくれてるんだな。
「あのートワカさん、そんなに気――」
「わかりました。私もなるだけお手伝いしたい」
手伝う? わからないけど解決か。
「あ、ありがとうございます。あとこれもトワカさんに見せたくて」
製作予定のデザインを描いた紙を手渡した。
「絵は上手くないです。どうですかね」
兎羽歌さんは絵をまじまじと見つめてる。
俺はいたずらっ子になった気持ちで彼女の頬が紅くなるのを眺めていた。
今夜も綺麗な月夜を見ながら珍しくジョギングで公園まで到着。
遊具で柔軟体操や自然な動きの筋トレを試していく。
今回はコスチューム、いやヒーロースーツを着てる。
来る時ハラハラしたけど人通りは少ないし意外と気にされない。
黒が基調だから夜間は目立たないな。
「今夜はこれぐらいにしとくか」
スーツの動きやすさのチェックもしたし帰ろうか。
『カッコ、いいな』
背筋がゾクッとした。
忘れられない。
地底から響くような――
どこに!
急いで周囲を見回し、
いる?
姿は見えない。
声はどの方向から、
『ボクを、探して、るのか?』
そうか!
あの時と同じならとトイレの屋根へ目を向けた。
月を背にしてヘラクレスが膝を立てていた。
緑のパーカー姿のやつに向けて反射的に叫んだ。
「そ、そうだ! 会いたかった!」
やつは立ち上がると跳躍した。
ドスンという音。
超人的な光景にたじろぐ。
『だと思、ってた。ボクもだ』
なんだって? しかし近くで見るとやはりデカくて、二メートルか? 顔も影で見えない。
「どうして?」
場所が。なぜヘラクレスがここに。
『匂いで、わかる。キミから、漂う、匂い』
「お前は何者なんだッ」
『その闘争心、向上心、わかるよ。求める、気持ちも。だから居所も、わかった』
意味がわからないが答えは一つ。
力試しする! そのために俺は――
「ならこれもわかるか?」
構えの意味を。
姿勢を低くして噛むように唱えた。
「ゲインッ……!」
言葉を原動力に変えて脚へ意識を集中して突進する。
身を低く前傾姿勢――
次は肩を意識して、
タックル!
ドンっと耳元で音がした。
押し倒そうとしてみても巨木みたいに動かない!
「くそッ」
数歩距離をとる。
こっちのファイティングポーズに対して、やつは棒立ち。
やってやる。兎羽歌さんには話さなかったが中学の頃フルコンタクト空手も習ってた。
小刻みなフットワークを踏む。
太ももを狙って右のローキック。
逆脚の左で腹部へ前蹴り。
まるで電柱を蹴ってる感じだった。
「このッ、食らってみろ!」
腕をひいた渾身の右フックを側頭部へ見舞ってやる。
フードの側面を殴りつけて手応えはあった。だがこの身長差で威力が下がるのは痛い。
殴りぬいた右腕をひく。
背けた影の顔。
顔を俺へ向けてくる。
明確な疑問が浮んだ。
なんで反撃しない?
フードの中から地に響く声がまた聞こえた。
『参った。ボクの、負けだ』
「はッ…………はぁ!?」
『フルコンタクト空手』とは顔面への突き以外の打撃を有効とする格闘技です。