第七話『永劫までの回帰』・「デートした日のこと覚えてる?」
俺たちはスーパーの屋上での戦いから生き残った。
生還して日常に戻ったが、俺も兎羽歌ちゃんも日常生活にはもう戻れないのは理解していた。
フライヤとも大まかな事情を共有したあと、彼女がスーパーの屋上で砕けた香炉を見つけた。
戦いは警察沙汰にならなかったが、痕跡は残ったから従業員の間で噂話になった。「不良の決戦があった」とか「幽霊が暴れた」だとか。
兎羽歌ちゃんを連れてレイヴンズと戦った『流原観光バス』の駐車場にも行ってみた。八輪の白いバスは見当たらず普通のバス駐車場でしかなかった。
一応『ルハラビル』にも行ってみたが、建物は人気がなく中にも入れなかった。
二人と一緒にウォータンや本社を調べてみたがどうしても見つからない。たしかに存在はしてるのに詳細な情報は掴めない。
兎羽歌ちゃんにパソコンで調べてもらっても結果は同じ。ルハラグループの重要な人物や場所にいつまでも辿り着けない。
もやがかかってる道を進んでる感じがした。
多分物理的な問題じゃないんだ。誰も疑問を持たない、香炉のような。きっとなにかの魔術で意識や情報を遮ってる。
決戦まで横槍が入らないように。俺の誕生日までに決断しろと促してるみたいだ。
誕生日まではもう数週間もない。
少しでも情報を得られる最後の手立て。
張本人の師匠からすべてを聞き出すしかない。
彼女とはしばらく会えてなかった。最後に話せたのもウォータンとの戦いの前。
頑なにフライヤの中へ引っ込んでる気がした。
フライヤに問いつめてもどうにもならないのはわかってる。わかってるがXデイまで黙ってはいられなかった。
だから彼女を呼んだ。
「ナオヤ、来たよ」
「入って。
――どうぞ」
今日は俺が座布団を叩く日だ。
「うん」
フライヤが大人しく座った。いつもより覇気がない。
なにを求められるのか察してるから、しおらしくなったのかもしれない。
「セックと話したい」
「うん」
「フライヤに言ってもどうにもならないかもしれない。けど今回はもう聞かなくちゃいけないんだ」
「わかった。ううん、どうにもならないなんてことないよ。わたしはナオヤのためならなんでもする。それにね」
「ありがとう。聞いてる」
「うん。ずっとセックの話をしてくれるのを待ってたの。彼女から伝言を受け取ってたから」
「伝言って」
「ナオヤがブラックボックスを求めたら応じるって」
「よし。よかった。それからセックは。どうすればいい」
「マスクはある?」
「ある。持ってくる」
俺は立ち上がってマスクを見つけてきた。
「次は?」
「わたしとデートした日のこと覚えてる?」
「覚えてる」
「あの時と同じだよ。マスクを着けて。そしたらわたしがプロメテウスになってセックのブラックボックスを開けられる」
「わかった」
すぐマスクを被った。
フライヤも目をつぶって静かになる。
視界は開けてたのに突然暗転した。
暗闇の中。
宇宙にいる気分になった。
前に似た経験をしたのも思い出した。
白い狼を見た時の感覚。
似てる。
『ナオヤ』
プロメテウスかと思った。
けどフライヤの声のようで別の声が重なってると感じた。
『ナオヤ』
セックの声に似てる。同時にフライヤの声にも感じる。
『今こそすべてを話す』
「話してくれ。覚悟は決めてる」
『話すとは言ったが、本質は情報。わたしからアウトプットした情報をナオヤの脳にインプットさせる』
「わかった」
『途中での受け答えも不可能。キミは黙って受け止めるしかないがそれでもいいか』
「ああ、いいよ」
『では始める』
なにかが少しずつ頭の中に流れ込んできた。
だけどある時点からは一気に。
濁流のように押し寄せてきた。
頭の中に入ってきたのは、映像や音声のようで、文章や絵のようにも感じた。
もっと近いと感じたのは“童話”の語り口だ。
*
――わたしたちには母なる世界があった。
キミたちの地球とは異なる大地。
この宇宙からはとにかく遠く、大きく、永く、それでも近くにある、古き世界だった。異次元と呼ばれてもいい。
わたしたちの世界の住人、彼らは神や巨人とも呼ばれていた。
地球にある概念とも似た存在で、人間からは信仰の対象と言っても差しつかえない。
だが神々と巨人は仲が悪かった。
様々ないさかいがあり戦争も起きた。予言された最終戦争とも言われる。
始まりには太陽と月が狼に飲み込まれた。
巨人の血を引く変身の神、あるいは狼の父は拘束を受けた。拷問の責め苦もあった。
同じく狼の息子も拘束された。
息子はまず鉄の鎖で縛られたが、鎖を引きちぎった。
次に二倍の硬度がある鎖で縛られたが、再び引きちぎった。
三度目には魔法の紐で彼を拘束された。
紐は引きちぎれなかった。
その時だ。異変が起きた。
最終戦争の内容を変えるほどの、予言さえ外した現象。
わたしたちの世界の空間に歪みや亀裂が生じた。
多くの神や巨人が歪みに巻き込まれて死ぬか、亀裂から無の領域に飛ばされて消滅した。
生き残った者はわずか。
だが異変が狼の父に幸運を与えた。
拘束が解けたんだ。
父の幸運は息子にも及ぶ。
魔法の紐がゆるんだんだ。
ともあれ、生き残りもただではすまなかった。
世界自体のバランスが狂い、崩落を始めた。
予言された終末とは異なるが、神々の黄昏に近い状況となった。
狼の父は少数の生き残りと同じ運命を辿った。空間の亀裂から別の果てに飛ばされた。
狼の息子は魔法の紐がゆるんだ瞬間に脱出を試みた。彼は生き残り方が他と少々違う。
彼は父譲りの変身で鳥になった。
変身で抜け出た瞬間、自ら空間の亀裂に入って別の果てに飛んだ。
最後には神々の王も空間の果てへと消えた。
わたしたちの終わった世界の話。
――狼の父。
名前をロキという。
――狼の息子。
名前はフェンリルといった。
話はまだ終わらない。
舞台が変わる。
*
俺は別の世界の空気を吸ってた感じがした。
やっと自分の世界に戻ってきた気がする。
いやまだ、
情報が――
*
僕の名前はロキ。
もう知っているね。
僕はキミの世界に来た。
いや落ちてきたと言っていい。
天からね。
落ちてきた時に、僕らは選ばなければならなかったんだ。
元のアストラルから生物になるか、
アストラルに似た魂になるか。
僕は肉体を望んだ。魂になってさ迷うなんてつまらないからね。
最初の姿は生命の泉。
様々な姿も変化してきた。
僕が変身の魔術を得意とした性質にも由来している。
とはいえ神だった頃よりも肉体となれば質は劣化した。それでも僕は生物が好きだけどね。
さらに僕には使命があったから、自らに制限を課した。この世界で宿敵を倒すために。
僕の宿敵である神々の王もまたキミの世界に落ちていた。
ヤツは落ちてもなお自分が神のままでいるのを望んだ。
だが神性の維持には元の世界での本質、アストラルが重要だ。
キミの世界ではアストラル体を維持できない。アストラルではキミの世界で言う魂と同等の存在になってしまう。
そして魂は思考がなくなるんだ。それでは神のままでいられない。
神の地位に執着する者は、アストラルと生物の中間に着目した。