第六話『情深き罪』・「侮れないものだな」
やっぱりきみは。
きみはそうなんだ。
いつも俺の前に。
だからきみは――
『ソイツから、離れてッ!』
だけどなぜ。
そうか。
変身してれば。
白いバンの時と同じ。
匂いか。
辿ったのか。
ヤツから。
匂いが、
してるのか。
悪の匂いが!
目の前が一気に開いた。
頭にかかってた霧も。
呼吸も自然に整う。
さっきまでの混乱が嘘みたいに。
フローだ。
きみが導いてくれた。
あのダンスみたいに。
俺がきみを導いてるだけじゃない。
きみも俺を導いてくれる。
共鳴している。
俺たちは、
俺は、
どっちを信じるべきか、
そんなのは決まってる。
昨日今日現れて好き勝手なことをぬかすヤツか。
ずっと一緒にやってきて繋がりを感じるきみか。
どっちがヒーローか。
俺はきみを信じる。
「大上兎羽歌! 田中直也はこのウォータンがもらい受ける!」
ヤツが彼女に向かって叫んで――そうかくそッ!
「ダメだ兎羽歌ちゃん挑発に乗るなッ!」
制止よりも先に彼女が飛んだ。
タンッと跳躍する音が瞬間あとから聞こえてきたぐらい。
赤いフードとスカルマスクのスーツが、
弧を描くみたいに夕暮れから舞い降りてくる。
体が即座に大きくなり剛腕巨体になったのが見えたが、
すぐ縮んだのも捉えた。
縮んだ腕がまたポンプみたいに膨れて、
白い弾丸になったパンチが撃ち込まれた。
白いスーツの男に向かって、
直撃。
インパクトの瞬間やはり凝縮されて小さくなる、
剛腕の鉄線の一撃。
だけど、
ヘラクレスの鉄拳がヤツの顔の寸前で止まってる。
いや止まってるんじゃない。
止められたんだ。
「魔術防壁、
バリアだよ」
ヘラクレスがバックステップしたのと合わせるように、
ウォータンがスーツのボタンを開けた。
視界の中にあったナニカがない。
なんだ。
なにが消えた。
駐車場にはベンチと容器と椅子と、
白い小型バス。
バス。
バスがない。
動く音もしてない。
どこに。
「来いスレイプニル」
風がないのにヤツの上着がはためいてる。
ナニカを呼んですぐ、
ヤツの斜め上の空中が歪んだ。
夕暮れの光とは違う。
穴のようなくぼみが、
白い。
バスがあった。
白い小型バスが空中から頭を出してくる。
スピードは速い。
走ってる車がそのまま飛ぶみたいに。
空中から突然現れたバスが突っ込んでいく。
ヘラクレスに向かって!
「よけろッ」
とっさに叫ぶので精一杯だった。
反応速度なら俺より彼女が速いはずだ。
けど彼女はよけなかった。
バスが正面からヘラクレスを轢く。
そうはならず、
止めてる。
マイティの力で。
掴んだ部分の車体がへこむほどの。
どうして避けずに――
掴んだ車体を、
投げ返した!
――投げ返すためか。
なんてパワーだ。
オモチャみたいに投げられたバスがヤツにぶつかる。
普通なら粘土のように潰れる。
けど車体がさらに回転して衝突を避けた。
タイヤが地面に着地してキュルキュルと鳴った。
八輪車だと止まりやすく安定も早いのか。
あれは。
白いボディが。
書かれてたルーン文字が浮かんでる。
同じ白で判別しづらいのに文字が光を放ってる。
ベコッベコッと音がしてへこんだ箇所が元に戻るのが見えた。
「ヘラクレスッ!」
逃げろと続けるつもりだった。
事情を知ったから。
でも戦闘は加速した。
ヘラクレスが四足巨体に変わり突進する。
「ワタシはアトリーズだ。意味がわかるか」
バスが動きだす。
バレットはウォータンに向け突進、
そう見えたが、
角度が変わった。
バスが来る。
正面同士、
衝突した。
バスの前部が隕石の落下みたいにへこんでる。
バレットは。
彼女は無事か。
タックルでフロントの中にめり込んでる。
「スレイプニルに匹敵するとは。半端な黒い狼のままでも侮れないものだな」
ヤツが上着を揺らしながら歩きだした。
彼女がウォータンに攻撃を仕掛けたからヤツも反撃ができる。
ヘラクレスが不死身だとしても、レイヴンズがそうだったように根源は有限かもしれない。
だからこそ俺に抹殺しろとも言えるんじゃないのか、くそッ。
だとしたら戦わせるのはヤツの思惑を早めるだけになる。
ウォータンがスレイプニルと呼ぶバスが、バレットを押し出すみたいにフロントを復元してる。
体で察した彼女が引き下がった。
距離をとるのか。
もう言葉より――
今の俺にマスクはない。
プロメテウスのサポートもないが、
スーツは着込んでる。
なら、
「ウルフボディッ!」
体からスーツが浮き上がった。
上手く装着できた。
特殊警棒はないが、
Ver.2のベルトはある。
狼の爪は使えるな。
サンダーフィンガーは。
動いてる。
指示はできないが、
自動防御は稼働してると感じた。
ウォータンがネクタイをゆるめながら、
「君たちウルフパックは。まるでおおいぬ座のシリウスと、こいぬ座のプロキオンだな」
片腕を前に出して指を開いてる。
「巨人の肩、ベテルギウスはさながらロキか。
しかし冬はもう終わりだ」
指を閉じて拳を力強く握る動き。
ピキピキピキ、
カチカチカチ、
力強さに応じるみたいに腕が金の籠手に変わっていく。
もう片腕も同じ動作で。
自分の腕を確認したヤツが前を向いた。
片足を前に出してかかとを地面にスライドさせた。
金属が現れる同じ音。
足先から金色がすねまで上がっていく。
もう片足も同じ動作で。
金のブーツに。
今のウォータンは上着を脱いだ真っ白な姿で金の籠手と金のブーツを着けていた。
最後に見た禍を起こす者の姿が重なる。
違いは灰色の仮面を着けてない。
白いウェットスーツみたいな格好じゃないことか。
観察し終えると、
ヤツが宙に浮いた。
ホバリングのように。
「いけスレイプニル」
バスは?
やはり消えてる。
どこだ。
現れるのか。
どこから。
どっちに。
『直也ッ! よけて!』
ヘラクレスの叫びが耳に入ったが、
すでに遅いと直感した。
近くの空中からバスの頭が現れて、
顔が近づいてくる。
捉えてるがよけられない。
まるで二発目の弾丸――
動きを合わせられたのか、
違う。
俺を殺しても意味が、
フェイントか!
目の前からバスと白さが消える。
すぐヘラクレスを見た。
バレットのままだ。
彼女の側面から、
バスが。
「君はクビだ」
ドンッと衝突音がして壁に突っ込む。
やられた。
俺を餌に隙を突いたのか。
ヤツを見ると宙に浮いたまま人形師を思わせる指の動きを籠手で見せていた。
あの指でバスを操ってるのか。単なるお遊びのポーズか。
彼女は大丈夫だ、あれぐらいならまだやられない。信じろ。
俺にできることはなんだ、考えろ。
思い出した。
ヤツの目を見る約束。
あいにく狼の爪はまだ着けてない。
走るぞ。
一気に全力で。
「立ってくれヘラクレスッ!」
ドゴンという音と一緒にタイヤが地面に擦れながら動かされる。
「君は知ってるのか! なぜ狼が話せるか!」
ウォータンが叫んでいた。
同時にヘラクレスがゴウンとバスを殴りつけ側面がへこみ横転しながら吹き飛んだ。
彼女の攻撃に息を合わせる。
走ってた俺はヤツの側面から、
――目を潰す!
板を投げた。
かわされる。
もう一枚ッ!
かわされた。
けど次はかわせない。
お前の後ろだ。
ヘラクレスがヤツのいる空中までジャンプしていた。
彼女が叫んだ。
『ボクにも、爪はある!』
パンチじゃない。
腕をアッパーのように、
アンダースローのように、
斬り上げた。
爪だ。
けど爪じゃない。
手の体毛を、
指の先で、
硬化させたのか!
決死の一手でもウォータンはヘラクレスの爪を避けた。
反してピキッと小さな音がする。
黒いサングラスが割れてる。
ヤツの目が見える。
ウォータンは駐車場の壁のへりに着地していた。
割れたサングラスを外す。
左側の眼が、
黄色の瞳――
けど黄と青の瞳じゃない。
右側の眼が、
色を失った灰色だった。
隻眼か?
「さすがだウルフパック。セック・ハスに伝えるんだ。戦いの日は近いとな」
ウォータンが後ろに飛んだ。
落ちる。
いや落ちない。
空中に。
ホバリングしたバスの上に乗ってる。
「そして、君の次の誕生日まで待つ。ワタシの願いが叶うのを。だが、」
表情が変わった。
「お前はオオカミのままでいろ、
田中直也ッ!
オレがまだタカであるように!」
バスと一緒に吸い込まれるように空中の穴に消えていった。