第六話『ウールヴヘジン』・「手下もお連れじゃねえか」
烏人間兄妹は活動時間が限られるのが弱味だとも伝言で聞かされた。含みがある気もしたが他に情報はなかった。
視野の広さを考えると師匠の時のような不意打ちは通用しないな。正攻法から打破するしかない。
烏兄妹が現れる時間や場所は、彼女がヤツらを退散させた時に活動時間の都合を逆手にとって話をつけたようだ。
夕暮れ前頃に『流原観光バス』の駐車場に来るらしい。
俺たちが待ってればの話で、出向かなければヤツらは誰かを襲うと脅しつき。
ヒーローらしさから言えば正面からの決闘は望むところだ。正々堂々と戦えて飛び火もしない。
当日までに兎羽歌ちゃんと話さなきゃいけないな。フライヤも含めて。
来週の水曜日は休みを合わせないと。上手く示し合わせて噂もたたないように。
前もって現地を見た時はバスが沢山駐車されてたのに。今は小型バスが一台しか止まってない。
ほとんど遮蔽物がない広い駐車場のその端に俺たちはいる。
俺がマスクを持ってる以外は兎羽歌ちゃんも普段着のままで兄妹を待ち構えていた。
今回戦うのはヘラクレスやフライヤだけじゃないから心強い。
「師匠。バスがほぼなくて人通りもないですね」
男用の黒いライダースーツを着たセック師匠に話しかけた。首から腕にかけて緑の線があるのが印象的だ。
「どうせユッグの差し金ね。駐車場に入った時に嫌な感覚はあった。人間なら気づかない程度の恐怖や嫌悪を感じさせる魔術。原理は香炉の時と同じで一般人を自然に遠ざけてるな。恐ろしき者、ユッグの一端」
また魔術か。誰かに見られたり巻き添えが起きないのはいいが油断できないな。
そして大将やアイツと呼ばれてる魔術使い。いくつも名前があるみたいで不気味だ。
兎羽歌ちゃんを見ると強い緊張を感じた。前回あんなにやられたんだから仕方ないか。
緊張をといてあげたいが、
「大丈夫?」
「はい。私は大丈夫」
「じゃないね」
彼女の両手をそれぞれ握った。
「俺の手に集中して」
「はい」
「一緒に深呼吸」
目を見つめながら一分は深呼吸する。
「少しは緊張がとけたね」
「ありがとう直也さん」
様子が勇ましくなった。
相棒の調子はこれでよし。
さっきから遠目にも気になるあの小型バス。白いのが一台だけ停めてある。
しかもあの車、片側のタイヤが四つ。つまり八輪なのか。そんな車は初めて見た。
「ナオヤ君はあそこの車が気になるか。今はアトリーズよりカラスどもに集中するんだ。殺されないとわかっても油断するな。ヤツらの餌は死体と言われてる、戦死者が多く出れば喜ぶような輩よ」
警告されてうなずいた動きで空を見上げた。
バスから気をそらすためだったが、車から燃え上がったみたいに赤い空が広がってる。
ここが炎の世界で真っ只中にいるみたいに感じた。
どこからともなく二人組が歩いてくる。身長差があって見覚えのある黒い服装。
ウェンズデイ兄妹だったが同時にヤツらだけじゃなかった。
「ブサイクどもしっかり待ってやがったな。今日は糞女がちゃんと手下もお連れじゃねえか。探す手間が省けたぜ。今回は前回のようにはいかねえからなァ。厄介なのは糞女でこっちも援軍を連れてきたんだわ」
リーダーのように話すフギンの隣に二匹のドーベルマンがいる。
なんだあの犬は。飼い犬か。
けど見覚えが――
「おにぃ。今回はうちにブスをやらせてよ」
「ブスってどっちだよ、わかんねえぞ」
「狼のほう」
「却下。おれらは全力の連携で糞女とやるからな」
「もぉー」
「糞女に集中すればブサイクどもの邪魔も入る。そこでゲリとフレキにヤツらの相手をしてもらう」
作戦会議か。
ゲリとフレキって誰だ。
「ブスとウールヴヘジンの相手はお前らがしろ。わかったかよゲリ、」
まさか、
「フレキ。御大将の期待を裏切るなよ」
あの二匹の犬か?
もう驚くのも飽きるぐらいさらに別の驚きが起きた。指示のあとに二匹の犬の姿が変わったから。
ドーベルマンだと思ってた姿がシェパードに。
シェパードから別の犬に。
点滅するように姿が変わっていく。
スロットマシンみたいに。
次々と変わって最後に止まった姿は、
犬というより狼の姿だった。
「ゲリとフレキの準備も整ったなァ。今回はおれらも手抜きなしだ。最初から全力でイカせてもらう!」
フギンが叫んだ。
「クロウズッ」
ムニンも、
「クロウズ」
ヤツらの黒い服が形を変える。
黒のスーツを着た敵の姿に。
「かかってこいッレイヴンズが」
叫んだ師匠が両手に二振りの包丁を構えていた。
「イクぜ糞女ッ」
事態が臨戦状態になったと感じた俺も続けて叫んだ。
「兎羽歌ちゃん変身してくれッ」
「了解!」
合図と同時に、
「変身しますッ」
彼女の体も膨張して白いヘラクレススーツの姿に。
必要さに後押しされてか気合いか自分さえわからないまま俺もかけ声を発した。
「ゲインッ!」
服が吸収されるみたいに黒いウルフボディに変わっていく。
確認するかしないかの狭間、
「プロメテウスッ!」
素早くマスクを着けた。
視界が開く。
『プロメテウスが起動しました♪』
ウルフヘッドとウルフボディが前より強固に連結された感覚。
戦闘体勢に入りながらも頭の一部がクリアで一つの事柄を冷静に考えている。
二匹の犬。違う、もう狼か。
ゲリとフレキ。
あの狼たちがもしスーパーの駐車場で見かけた二匹の犬と同じなら。
「ヘラクレスはビッグ・セックを援護してくれ」
『でも、直也』
「俺に考えがある」
『了解。ボクは、セックを、援護する』
もう戦闘は始まっていてレイヴンズとビッグ・セックが衝突していた。
ヘラクレスが走っていく後ろ姿を見た俺はすぐ二匹と向き合った。
二匹の狼は毛を逆立て牙を剥きながら威嚇してくる。
俺の記憶と対応が間違ってないなら、
「おいで」
屈みながら手の甲をだして近づく。
狼たちは首を伸ばして辺りを見回し、互いの体を嗅いでからゆっくり近づいてきた。
二匹は一旦止まり、さらに近づいてきて手の匂いを嗅いでくる。
俺がゆっくり立ったから、二匹の狼が脚に体をこすりつけてきた。
「よかった。やっぱりあの時の」
屈んで狼たちの体を猛烈に撫でた。
襲われないどころか二匹の目は輝いてる。再会を喜んでるみたいに。
撫で回されて満足したらしく二匹は静かに座った。
彼らを信用して立ち上がった俺は二戦目に向き直った。




