第一話『夜空に立つ』・「チームウルフなら、勝てる!」(挿絵あり)
(本作の挿絵はイメージです。本編の描写とは必ずしも一致しませんのでご留意ください)
■前章までのあらすじ
ヒーローを志す田中直也。相棒の大上兎羽歌やアイドルのフライヤ・ハスと出会い、女傑ビッグ・セックとも対決した。
セックの弟子になった直也と兎羽歌。
ある日二人はフライヤのライヴを観に行く。
フライヤの新マネージャー・一ノ瀬誠と知り合うが、彼は直也の因縁の相手だった。
直也は脅迫され、犯罪計画に加わるよう強要される。
彼の精神は安定を欠くも兎羽歌との修行が再起のヒントになる。
因縁の決着をつけるため、新スーツを着て単身で計画に乗る直也。
武装した一ノ瀬はハイタカと名乗り、殺人を犯して直也の始末も企む。
現場に兎羽歌が駆けつけるも、直也は一人でハイタカを撃退したのだった。
■前章までの主な登場人物
●田中直也
生活保護の29歳。新型うつ病の影響下からウェアウルフとして再起した。新スーツVer.1.5セックタイプを着用。ウェアはWereではなくWear(着る)。
●大上兎羽歌
神内区のスーパー『流原マート』に勤める19歳。普段は地味で小柄な女子だが、直也と共鳴する強大なヒーロー。スパインを習得。新形態バレットモードも発現。音痴。
●フライヤ・ハス
北欧から来た褐色の外国人で19歳。隠した眼帯がウリの美少女アイドル。瞳はブルーで明るく天真爛漫だったが、悲劇的な末路を迎える。甘いものが大好物。
●ビッグ・セック
オッドアイの女傑で師匠。フルネームはセック・ハス。超人的な体と知識に通じる。スーツを改良して直也に授けた。肉体は彼より少し年下。色々な服を好む。
●一ノ瀬誠
フライヤの新マネージャーで29歳。直也の元上司で彼をドロップアウトさせた人物。裏の顔は犯罪者。謎の装備で武装、ハイタカを名乗るも撃退された。髪がよく変わる。
●ヤマ
一ノ瀬と組む運転手で犯罪トリオの一人。本名は不明。バレットモードで退治された。元の仲間にはヘラクレスに撃退された根谷もいた。
●女社長
ヴィーナス芸能の社長で壮年。一ノ瀬と関係を持った際、寝言で金庫の番号を漏らす。
冬場の午前0時でも寒くはなかった。夜風が強くてもここに立っていられる。
防寒機能もあるVer.3、ウェアウルフスーツのおかげだ。
彼女の白いボディスーツも防寒性は高いが、
『また、来るかな』
今の彼女の姿ならスーツがなくても平気かもしれない。
「来る。アイツらは必ず」
四か月間で三度目。
隣の兎羽歌ちゃんは四足と巨体に似合わず不安そうだ。きっと来るかどうかの不安じゃなく勝てるかどうか。
年明けの神内の街を見下ろすと静かで平和な様子だった。
けど俺たちは穏やかじゃない。
「それにアイツらを放っておけない」
『うん、厄介』
もし待たなかったらどうなるか。アイツらの行動は理解してる。
どこともなく夜空を見上げた。
プラネタリウムにいるみたいだ。ここから星に手が届きそうで。
『来る。匂いが、近い』
「了解」
悪の匂いはわからない。
だけどアイツらの変な匂いは。
「俺も感じる」
へりに片足を置いた。
『乗る?』
マントを出してない白の背中を見せてくる。
「いや、」
爽快な夜の疾走がよぎる。
「今夜は自力で降りるよ」
『頑張って、るね』
やれるはずだ。
「準備運動も兼ねて」
『了解』
兎羽歌ちゃんが後ろ足で踏ん張るように立ち上がった。
ググっと音がするほど上半身がスリムになっていく。白いボディスーツもフィットしたまま。
ヘラクレスモード。
命名されてしばらく経つ。
つけたのはプロメテウス。
プロメテウス。ファイアボール・レフトの50%を脚に。
『ナオヤの能力では体に損傷の可能性がある境界値です』
キネティック。
『完了です♪』
相変わらずな声。
『マイティモードも感知しました』
ヘラクレスの筋肉がさらに増す。
剛力と四足。
やはりヘラクレスを経由しないといけないのか。
元の姿に戻る時も。
戻った日の彼女の言葉も思い出す。
『マイティとバレットの先、なにかあると感じるんです。あともう少しで』
俺は、
『大丈夫だよ、ゆっくり試そう』
そう言った。
彼女にとって俺が怪物にならないように。
衝動を悟られないように。
兎羽歌ちゃんがスーツの襟からグニュッと赤い生地を引っぱり、
兎耳のないフードをかぶった。
腰に携えてたスカルフェイスガードも顔にあて、グニュッとくっつくのが見える。
それが合図。
二人同時にへりから身を投げ出す。
高いビルからの落下。
あの芸能事務所よりもっと高い。
夜の街の景色、
風の抵抗、
地面の黒さ、
迫ってくる。
自殺者なら目を閉じるかも。
俺に怖さはない。
息を吐く。
吐き続ける。
脚の筋肉と背中の筋肉、
体のバランスや導く呼吸。
フローに入り、
頭の中でなにかを走らせ、
ファイアボールも操縦する。
全部を練り上げて融合させ、
閃くような感覚で、
着地する――
タンッと足が地面に着く、
瞬間に衝撃を感じて反応的に分散させた。
まさか中腰で成功するとは。
ドンッと音がした。
見ると膝をついた白い巨体。
コンクリートの地面にひびが入ってる。
当然だけど彼女も無事。
来る、
向き直って暗闇の中を見た。
黒い塊がゆっくり迫ってくる。
薄暗い街灯のせいだけじゃない、
小さな人影と、
大きな人影が。
小さいほうが大声を発してきた。
「待たせたな狼の群れ!
いや、ブサイクどもッ」
反射的に構えた俺は、
「くそッ」
声も出た。
やるしかない。
逃げる選択はできない。
確認する。
「マイティ、準備は」
『いつでも、やれる』
プロメテウス、迎撃態勢を。
『サンダーフィンガー・ダブルを活性化します♪』
二つの人影が足早になる。
匂いも近づく。
今度こそ勝つ。
今の俺たちなら、勝てる!
*
「……」
『ヒヒヒ』
「よるなババア」
『あんた逆さに吊るされとるねぇ』
「黙れ、どっかいけ」
『そろそろポリ公が来ちまうイヒヒヒ』
「消えろッ!」
『そう叫ばずに。ワシの語りを聞きなされ。アタシは背が曲がっとるし体もガタがきてての。動くのがやっと。あんたまで到底届かん。けれど助ける方法は知っておるよ』
「ふざけてんのか殺すぞ糞ババア」
『ヒヒッ。ただし取り引きには代価がつきもの。ワタシはあんたの――がほしい』
「イカレてんな」
『さあ選べ。心の中でいい』
「テメエ……」
『ワレラはもう繋がっている』
「うッ、ぐああああ」
『ほしい。ワレはほしい。お前の、お前の右側の』
「畜生ッバケモノババアがァ!」
『目玉を』
「オレは次にどうすればいいッ!」
『叫ぶ者よ。
語る者よ。
そして生け贄よ。
今こそ、
首を吊れ』
*
芸能事務所の爆破事件。
テレビでニュースを見たのは一ノ瀬とやり合った翌々日の今朝。
昨日はずっと寝込んでたからテレビも見れずじまいで今もまだ体が重い。
酷使するとこうも反動があるのか。でも本当の出来事だったと思える。
前に師匠が“内在性カンナビノイド”だの“内受容感覚”だのよくわからない話もしてたな。
なんにせよもっと体力つけないと。
午前中は昨日に続いて兎羽歌ちゃんが様子を見にきてくれた。スーパーへ連絡もしてくれてる。
こんな時に生活保護のケースワーカーのおばさんも来たりして、兎羽歌ちゃんが代わりに話をしてくれてた。
午後の情報番組でちょうど事件の報道。前にフライヤも出てた番組だ。
そうだ彼女は死んだ。
電話も繋がらない。
はずなのに。
爆発現場では死傷者なし。
どうしてなんだ。
あの時。プロメテウスに質問を投げかけたあとは返答がなかった。意思が切れたみたいに。
事務所付近で大金が見つかったと報じられてる。俺たちが高所に吊るした一ノ瀬の近くにバッグを置いたから。
犯人も示したつもりだった。だがニュースにヤツの名前はない。
一ノ瀬誠があの状態から逃げた。大金も置いたままでなぜ。
それでもヤマと名乗ってた運転手は逮捕されてた。
ヤマが口を割れば一ノ瀬も捕まるかもしれない。そしたら俺も共犯で……まあその時はその時だ。
しばらくはヤツを警戒しないと。背後に不明な点もある。
一連の件は午前中に兎羽歌ちゃんと話せた。ニュースの情報も共有したから安心感はある。
一ノ瀬との過去やフライヤの死も教えた。
悲しんでた彼女はやっぱりいい子だ。
俺の衝動なんて気の迷いでドSの気があるのかも。
呼び鈴が鳴ってる。
兎羽歌ちゃんが戻ってきたのか。
師匠なら問答無用で入ってくる。
ドアを開けたら、
知らない美少女が立っていた。
青っぽい目。
見覚えがある気はしたけど、
その子より肌の色は薄いから、
「あの~今日隣に引っ越してきたんですけど」
そういえば隣は空き部屋で、
だから二人で吠えても平気で、
目の前の女の子が耳元へ近づいてきて、
囁き声で、
「お隣同士またよろしくね。ナオヤ」
え。
ウルフパック〔wolf pack〕
ともに狩りをするオオカミのグループ。
転じて複数の潜水艦が協同して敵輸送船団を攻撃する戦術の一つ。
または株式での投資戦術のこと。




