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ヒーロウ・イン!(完結作)  作者: 鈴本 案
第二章:トリックスター
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第七話『跳べ!トワカへ』・「アンタ。男だねぇ」(表紙絵あり)




 人通りのない雑居ビルの合間にある通路。

 両腕を広げて二本の刀を持つ革鎧を着た女。


 非現実的すぎる。


 それでも非現実は生々しく動く。


 黄と青の目の(オッドアイの)女が、

 紫のフェイスベールを揺らし、

 兎羽歌ちゃん(ヘラクレス)のほうへ――


 いや、非現実なんて今さら。

 狼人間(ヘラクレス)が非現実的だった。

 俺が目指すヒーローも。

 狼に似せた黒いコスチュームを着るなんてまともじゃない。

 麻痺してる。

 だからこんな状況に足を踏み入れたんだ。


 ああこれでいい。

 麻痺してていい。

 でないとついていけない。


 今までの俺は、

 世間から見ればクズかもしれない。

 なにもないバカか。

 じゃなくても無気力。

 だが、

 もうバカじゃない。

 無力だけじゃないはずだ。

 叫ぶことができる。


 叩きつけてやる。


 俺の力を()()()()()


 逃げださない。

 非現実のあいつらについていく。

 俺も非現実になって、

 喰らいついてやるッ。

 今度は止まらないぞ。

 止められてたまるか。

 内臓から変な音が出てもな。

 知ったこっちゃない。

 今この瞬間に命を賭ける。

 俺の命を燃やすッ!


 ――痛みが和らぐ感覚がある。

 覚悟したからか。感情が体内で沸騰してアドレナリンが出てるのか。

 ()()も整ってきた。


 わずかな間、

 マスク女は駆けていた。

 刀をコンクリの地面に(こす)りつけながら。

 切っ先で火花が散るのも見える。


 頼む兎羽歌ちゃん(ヘラクレス)

 ノーガード戦法はやめてくれ。


 彼女が両腕を即座に戻す。

 思いが届いたのか。

 体をそらして刃を避け、後方に下がってくれた。

 けどマスク女の攻撃も止まらない。

 刀が速い、ナイフみたいな速さ。

 左右から角度を変えた振り方。

 兎羽歌ちゃん(ヘラクレス)も刃をギリギリ避けてるように見える。

 女はまるでカンフー映画の達人みたいな身のこなし。

 日本の時代劇で見かける刀の扱い方と違う。

 そうか。刀を重要だと思ってないんだ。だからできる。

 けどあんなに軽く振り回せる異常な腕力――


 くッ、二人が遠くに離れてく。

 追わないと。

 動け、動け足が。

 内臓はもう痛くないんだ。

 呼吸も戻ってる。


 最後の一呼吸に力を込めて、足を踏み出した。




 人目につかない路地裏。

 よろよろしてても瞬時に悟る。ここなら誰にも気づかれない。

 けど袋小路で逃げ場もない。

 動き回れるだけの空間があるのは救いか。

 狼人間(ヘラクレス)が前傾姿勢になっていた。

 ()()()()()()()()()()

 獣めいて強烈な印象だった。


 もしかしたら兎羽歌ちゃんは。

 人目を考えてマスク女を誘導した。

 かもしれない。

 それとも。

 俺から引き離そうと。

 マスク女を。

 危険だから?

 けどダメだ。

 俺が目指してる先。

 それはあの女の向こうだ。


 自問の直後だった。

 女がヘラクレスに急接近して刀を浴びせかけた。

 だが獣のように彼女が避けた。

 よし、ビルの壁がいい具合だ。

 壁を蹴って反撃ッ。

 あっさりかわされた。なんでだ。

 マスク女の卓越した回避。本当に当たらなければ意味がない。

 加えて日本刀。刀で斬られたらヘラクレスもどうなるか。

 なんとか活路は。

 俺が手を出すには。


「トワカ・オオガミ。お前の攻撃はあたしには届かない。このビッグ・セックの足元には及ばないんだ。今この場には()()()()()()()、それほどの差がある」


 女は両肩をそらせて二本の刀を広げて見せてる。

 尊大なやつ。だが偉大なる英雄(ビッグ・セック)と自称するだけある。

 にしても、兎羽歌ちゃんが変身した時には動揺もしてなかった。今も平然としてる。

 やっぱりなにか知ってるのか。

 知ってるなら捕まえて吐かせれば。いや。今はそんなの考えたらダメだ。

 どうにか手を。


「あたしにはこの武器もある。日本刀。なかなかにいい。トワカ・オオガミ。これで斬られたらどうなる。見せてみなよ」


 マスク女が踏み込んできた。

 今までの動きと違う!

 左右からじゃない、

 上段から二本の刀を同時に振り下――


「トワカちゃんッ」


 声と刀の金属音が重なった。


 見た光景を不思議だと感じた。

 ヘラクレスが両腕を掲げて刀を防いでる。

 刀を腕で。

 どうして。

 フェイスベールの下から甲高い声がした。


「体毛を()()()()!」


 女が後方に宙返りした。

 変えた? 一旦離れた女も驚いてるのがわかった。

 隙だ。

 瞬時にヘラクレスが距離をつめて殴りかかっていく。

 そうだいけッ。

 今度は女が二刀を交差してガードした。

 惜しい。

 さっきと逆。

 そうか。


「これもだトワカ嬢。拳の体毛の一部だけ、」


 女が確信したみたいな声で、


「鋼に似せて()()させたな」


 楽しげだ。

 おかげで俺も理解できた。


「素晴らしい。トワカ・オオガミ素晴らしいよその適応力っ!」


 女が軽やかに地面を蹴って距離ができた。

 もう黙って見てられない。

 後ろからでも、


「あたしは気に入った。このビッグ・セックが気に入ったぞ! お前と、そしてこの戦い。オリジンと与えられた環境をすくい()()()()()から今があるッ」


 よく喋る。

 そうかアイツ「前に出たら死ぬ」と言ってた。今俺は見てるだけで踏み込んでない。

 だからこっちに見向きもしない。

 それにあの前口上だから多分そうだ。

 なんにせよダメ元で賭けるしかない。


 仮面女の演説を無視した彼女が突進、

 タイミングを合わせて俺も動いた。

 この死角から巧妙に静かに、

 けど迅速に。


 背後から。


 二人の拳と刀が混じり合う最中でも女の、ビッグ・セックの動きだけ見ると決めた。

 背後から近づいてやる。

 やつの右眼、黄色い残像がちらりとこちらへ向いた。

 気づかれた。

 けどやっぱりだ。眼が元の位置に。

 即駆けだした。

 ここしかない。


 俺の攻撃は通じるだろうか。

 ヒーローとしていい手とは言えない。

 だが彼女を助けるためにはやるしかない。

 死角から一撃を見舞う。

 ()()なやつを一発、一発でいい。

 右手を開きながら心で命令した。


 閉じるんじゃない、

 ()()――


 けど俺は察知した。


 ビッグ・セックの右手の刀が、上段からヘラクレスの胴体を斬ろうとする、モーション。


 近づく俺に兎羽歌ちゃんが気をとられたのか。右側の青色の瞳がこっちを見たのがわかったから。

 ならどうする。


 このままビッグ・セックの()()()()()べきか、

 それとも()()()()べきか。


 すぐに答えは出た。

 そっちのほうがヒーローだから。

 ヒーローなら、

 こうする!


「ウオオオオォ!」


 らしくない雄叫びをあげて右腕を動かす。

 アンダースローの投手のように、

 ()()軌道は捉えてる。

 下から、

 アッパーカットの要領で。


 失敗したら、

 二度と指は開けないかも。

 裁縫やハンドメイドも、

 できなくなる。

 いい、

 これしかない。

 それに、

 手遅れだ。

 思考より、

 体が速い。

 思いきり、

 いけ!


 ()()()()()ッ。


 右の手のひらが刃に接触する。

 ヘラクレスにはできない。

 狼に爪はないから。

 だが俺は違う。


 俺には、


 ()()()()()()


 キィーン、


 音がして、


 右手のひらに仕込んだ()()と刃が接触した。


 接触した右手にわずかな衝撃を感じ、

 次には頭より高い位置に手があった。


 ビッグ・セックが振り下ろした右手の刀は半分の長さになっていた。

 半分は折れて飛んでいったなざまあみろだ。


「ナオヤ・タナカ前に出たら、」


 左手の刀と半身を引いたのが見え、


「死ぬって言ったろ」


 突いてくる、


 胸に向けて。


 死ぬ、


 死ななかった。

 目の前に割って入ったのは、

 黒と灰の太い左腕。

 彼女が素早くかばってくれた。

 代わりに腕が貫かれ――


 叩き折らなくては。


 頭の中が発火した。

 反射的に屈んで、

 腕を潜り、

 全身で立ち上がりながら、

 右腕を内側から外へ、

 全力でッ!


 息を吐き出し、

 脳内が爆発する感覚。


 キィン。


 また高い音がして、


 女が折れた刀を握ってる。


「これだからニッポンの安物はッ」


 ビッグ・セックが声を発したと同時、

 ヘラクレスの右拳がやつの()()を捉えた。

 セックがとっさに左腕で防いで、

 腕がぐにゃりと湾曲するのも見えた。

 派手に吹っ飛ぶ。

 吹っ飛んだセックに向けて、

 俺は走った。


 この勢いを使って、

 蹴りこむ!




 パァン――


 バカっぽい破裂音がした。

 女が右手のなにかをこっちに向けてる。

 あれは、

 ドラマや映画で散々見慣れた、

 武器だ。

 先端から少しだけ煙が見える、


 拳銃か。


 こいつさっき、

 腰から。

 だから反射的に足も鈍った。

 頭では横へ避けようとしたが、

 無理だった。


 弾が当たったのは腹、

 いや胸か。

 体の感覚が弱い。

 これだと俺は、


 ――死ぬ。


 こんなのって。


 前のめりに倒れたのは感じた。

 直後に、

 女が感心するみたいに、

 話しかけてきたのも。


「あたしにこれを使わせるとは。アンタ――」


 声の記憶を最後に、


「アンタ。男だねぇ」


 意識が途切れた。




挿絵(By みてみん)

『ノーガード戦法』は自らを無防備にして相手の攻撃を誘い、油断した相手に強烈な反撃を狙う戦法を指します。

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― 新着の感想 ―
迫力のバトルシーン!! スピード感があるのにスローモーションにも見える、不思議な感覚で読みました。 刃を折って勝った!と思ったのに、まさか撃たれるなんて(;゜д゜)
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