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ヒーロウ・イン!(完結作)  作者: 鈴本 案
第二章:トリックスター
14/52

第六話『激突、ヒーロースーツ戦』・「前に出ると死ぬよ」(ロゴあり)

挿絵(By みてみん)




 時間を止められたと感じた。


 時間を動かしたのも(ひたい)が全開で口は隠した女だった。


「前口上はこれでいいか。あたし本当は嫌いなんだよ、儀礼的なのは」


 なに言ってる。


「けどあたしのやる気、湧いてきたぜ。どうよ」


 瞬間的に観察した。

 セックと名乗るマントの女、

 髪はミディアムで日本人より白い(デコ)。眼は黄と青のオッドアイ。紫のフェイスベール。革鎧。中世みたいな服とスリムなズボンに均整のとれた手足。手袋、肘と膝の防具、靴、どれも革か。


 俺が観察してる間も一人でぺらぺら喋ってる。


「なにせこのビッグ・セックが待ちに待った雌伏(至福)の時ッ。あッその前に。準備運動しなきゃ」


 軽い口調でもデコ女の色違いの両眼は鋭い。

 あの眼は堅気の感じがしない。ヤクザ、いや外国人ならマフィアかギャング。

 紫のベールの下でニヤついてる表情の印象もはがれない。

 女がぴょんぴょんと垂直にジャンプしだした。マントがバサバサと揺れてる。

 俺は兎羽歌ちゃんを見た。


(知り合い?)


 視線と表情、心の声で聞いたつもり。マスク越しだと伝わらないかもしれないが。


(知らない……)


 伝わった!

 スカルフェイスから覗く驚きの目と、横に振った顔が語りかけてくる。

 マスク同士でも意思疎通できるのは新たな発見だ。

 感動しながら女へ向き直って、今度は俺が言葉を投げてみた。


「あんたマスクフェスにいた客の人か」

「さあね。このセックは、ナオヤ・タナカ、アンタと話すことは特にない」


 なんで俺の名前。

 マスク女は喋りながら首と手首を回してる。ふざけてんのか。

 日本語は達者な様子で逆に言葉足らずなフライヤを思い出す。

 彼女以外で会場にいた客。

 挨拶したマネージャーが浮かぶ。髪型や体格は似てる。

 けど顔は能面の下だった。くそッ。

 なら声は。この女と似てるな。

 けど着替えがあんな()()()ですむもんなのか。


「俺たちと同じコスプレ、ファンタジーの冒険者みたいなその格好。余興かイベントですか」


 本音ではコスプレのつもりはない。


「あくびが出るね、くだらない。あたしは好きに生きてきた。これからも()()に生きる」


 それでケンカでもしようって。


「あたしに話しかける()()。大した戦力にはならないだろうが、無駄口を叩くよりトワカ・オオガミと作戦でも練ったら」


 彼女の名前まで。


「本気かよ勝負って」


 何者かわからないが普通に考えて危ないやつ。どうする、逃げるか。


「このビッグ・セックを前にしてどうなるか。その子は鍵を忍ばせてる。錠前をどうする」


 なんだよ錠前って。比喩なのか。

 マスク女が地面につけた足首を回して準備を終えたふうになった。

 女の両眼はさっきより輝きが鋭利になってる。あの眼(オッドアイ)。偶然じゃないのか。

 さっきのマネージャーからも今も例の変な匂いはしない。

 過去の記憶に繋がりそうで、


「鍵を待つのもあと一分」


 線が切られる。


 狙われてるのは俺じゃない、彼女だ。

 彼女は強い。自分でなんとかできる。

 だからほっとけばいい。俺はこのまま帰れる。


 いや違う。

 夢を売るにはまだ安い。

 なにを目指してる。

 俺がなりたいものはここでは逃げない。それはわかる。

 思い出せ。

 どうすればいいか導きだせる。


「トワカちゃんはそこにいてくれッ」

「一分がたった」


 こいつが言ったな。

 俺は()()

 それだけで理由になる。


 一歩前に踏み出すッ。


 女のマントがひるがえって残像のようなものが見えた。


「アンタ、前に出たら死ぬよ」


 耳の近くで囁き声(ウィスパー)が聞こえた。

 一歩どころか三歩は踏み出して女との距離もまだあったのに。

 全開の額と色違いの両眼、紫のベールがすぐ近く、


 ドグンッ。


 音がした。


 女の拳。

 腹部にめり込んで鉄板の歪みを感じる。

 ヘラクレスのパンチに近い強烈な衝撃。もっと的確、速い。

 体で女の異常さを感じた。

 だが軽い気もした。腹筋と鉄板のおかげか。威力が違うのか。

 でも意識が、


「直也さんッ」


 兎羽歌ちゃんの悲鳴じみた声で踏み留まる。


「くッ、そッ」


 俺はサンドバッグじゃないぞッ――

 腹を押さえて苦しさも抑えようともがく。

 マスクの中で()()がこもった。


「アンタ、少し呼吸が違うな」


 なんだくそッ、


「だからか、その()()()()。狼の真似ができる利口な猿だね」


 激痛で頭も回らない、意味もわからないってのに。要領を得たみたいな喋り方、しやがって、


 でも頭の中であの()()()()()()


「まあアンタは別にいい。あたしらの()()はとっくに()()してるんだ。あたしは延長された時間を味わい尽くす」


 フフンと鼻息をたてた女は彼女へ向き直ってた。


「トワカ・オオガミ。お前はなにを欲する。今のまま進めるのか。見えない自分は信頼に相応しいか」

「よくも直也さんを」

「決断を迫られる。(いや)が応でもね。この瞬間にも」

「あんたなんて」

「だったら見せてみなよ。半端な心でどこまでやれるか。己で選択してみせな!」


 女が高笑いしてる。

 兎羽歌ちゃんの雰囲気も変わった。


「絶対に、許さないッ」


 オーラのような、まるで大気も震えてる。

 震えてるのは俺かもしれない。

 震えと一緒に頭の中の()()が連なる。溢れてくる。

 ドクロの奥にある彼女の両眼も怒りの色で変わっていったから。

 彼女がフェイスガードを外して、ハッキリ見える。


 左側の眼が徐々に黄色へ、右側の眼も青へ染まり――


 彼女の存在感が感情と一緒に点滅するみたいに。


 遂に見られる。

 考えて作ったんだ。

 赤ずきんとウサギが、

 一緒に、

 喰い、

 破られる!


 痛みに勝つために、俺は()()を解き放った。


「くそォ! これでゲインだッ!」


 同時に彼女も叫んでいた。


「私は、変、身、するッ!」


 彼女の体が形を変える。

 縮小から拡大みたいに。

 みるみる大きく。

 黒と灰の体毛がフードとスーツを喰い破る。

 マントも外されて現れるのは。


 牙のある、力を体現した姿。


 三度目なのに度肝をぬかれた。

 気迫のせいなのか。

 色違いの両眼を光らせる狼人間(ヘラクレス)

 最高にカッコいいな。

 そうか、だから憧れたのかも。それで悔しかったのかもしれない。

 気づいた。腹部に激痛はあるが、息は戻ってる。

 もう少し、


「待ッ、てろッ」


 俺のうめき声が聞こえてか合図みたいにヘラクレスが動いた。

 弾丸みたいに速い。

 飛び込んでいって剛腕のパンチをマスク女に見舞う。

 異常に速い、

 なのに当たらなかった。

 左右の腕を繰り出し続けてる、

 やはり当たらない。

 相手はマントと一緒に舞いながらすんでの動作でかわしてる。

 尋常な女じゃない化け物。

 華麗に避けた化け物が叫んでいた。


「当たらなければ無意味ッ」


 それでも兎羽歌ちゃんは無言でパンチを撃ち続けてる。


「遅い、関節がガラ空きよ」


 マスク女の動きが変わった気がして、

 突きと蹴り、

 瞬時に放ったのがなんとか見えた。

 強烈な殴打の音が四発。

 くそッ化け物だ。

 ヘラクレスの動きも止まった。だらんと両手を垂らして。

 まさか両腕が。


「トワカ・オオガミ賢いね。そうやって油断を誘うのか」


 兎羽歌ちゃんは喋らない。


「あたしが近づいたら仕留めようって魂胆かい」


 紫のフェイスベールを揺らす女が、


「いいよ。そっちも賭けるんだ」


 マントを外して放り投げた。


 宙を舞うマント。

 その時に女が()()()()なにかを両手で取り出したように見えた。

 違う。背中から()()()()()()()

 マントが地面に落ちた今はハッキリわかった。


 フェイスベールの女が両手それぞれに、鈍い光を放つ刀を握ってるのを。




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― 新着の感想 ―
セックは直也さんとトワカさんの名前を知ってる! 知り合い……フライヤさんかマネージャーさんのどっちかだと思うけど、どっちにしろ戦いを挑んでくる理由も全く想像つきません!(;゜д゜)
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