第一話『謎のヒーロー』・「あいつ、なんだ!?」 (表紙絵あり)
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全話を経た本作の結末には必ず感動が待っております。ぜひ読破をしてみてくださいませ。
(本作の挿絵はイメージです。本編の描写とは必ずしも一致しませんのでご留意ください)
ヒーローなんて存在しない。
この国のどこにも。
二十九歳までの絶望した俺ならそう考えていた。
今も心のどこかで。
けど、
たった二メートル先を見ただけで吹き飛ぶ。
そこに。
目の前にあいつがいる。
あいつこそ本物。
正真正銘のヒーローなんだ!
童心に帰らずにいられない。
だが。
この状況――
三十路直前に死ぬかもしれないな。
なのにすべてがスローに感じる。
一瞬も目が離せない、あいつの容姿――
銀白色のショートヘアが大気の振動でなびいてる。
プラチナの髪からさらさらと、銀色の粒子が流れていく。
銀が周りで輝いて、光が舞って散っていた。
さらにはヒーローの象徴ボディスーツ。
あか抜けなかった代物も今ではぴたりとフィットしている。
流線形に似た筋肉が至高の均整を保っていた。
完璧だ。
違う、綺麗なんだ。今まで見たこともないぐらい。
そりゃそうか。人間を超えた人間。
こういうのを美しいと形容するんだ。
俺が吸って匂う空気、感じるものすべてが神々しい。
だから神様にも見えてくる。
いや、神なんかじゃない。あいつが真のヒーローだと肌で感じる。
俺にそう、感じさせるんだ。
本当に、最高にスーパーなヒーローがこちらへ顔を向けていた。
スーパーな唇も、野性的に動き始める。
「あり、がとう」
まぶしいぐらいプラチナの、純真無垢な笑顔だった。
あとにも先にも不器用そうな、ワイルドな舌が言葉をつむぐ。
「あなたは、私の、ヒーロー、だから――」
一語ずつが力強い。波動となって空気を揺らす。
不思議な音だ。
そんな音が頭まで伝わってきたから油断した。
油断してしまったら続く言葉も予測できない。
「――大、好き」
最大最強必殺技が、ストンと優しく飛んできた。
*
俺は生活保護を受けている。
二十八歳になった春頃、神内区の役所で生活保護を申請したからだ。
書類に『田中直也』と明記したのを覚えてる。
そうして受給してからは、アパートの一室で“健康で文化的な最低限度の生活”を送っていた。
二階の端部屋で、本日は一人だけの“二十九歳”誕生日パーティー。
季節は春でも、今は深夜。バースデーさえ終わりかけで全部がどうでもよくなる。
俺の人生なんて終わってるからだろうな。
歩んできた社会からのドロップアウト。
世間体が命の親とは絶縁状態で連絡もとってない。
妙に意欲がわかないのも病気らしく――「症状が非定型、いわゆる新型うつですね」と医者に診断され――生活保護で食い繋ぐ日々。
趣味だった裁縫やハンドメイドも最近では手につかない。
テレビをつけっぱなしにして現実逃避の安っぽい深夜アニメを見つめている。
夢も希望もないのにくだらない番組だけは眺めていた。
質素に過ごせば安泰でも今の暮らしには目標がない。
自分の求めてるものがわからないしなにをすればいいのかもわからない。
たまに思いついてみてもやりたい気持ちにならなかった。
人生ドン詰まり。ネットでムダな言葉を書き込むしかやることがない。
死んでるのと同じだった。
「さよなら、俺の二十八歳」
ショートケーキにつぶやいた。
アパート前のスーパーで買ってきた、割引で半額の二百円。
直後に頭の中でなにかがブチッと切れた。
右手でケーキを掴む。
投げるならテレビか窓だ。
テレビはやめとけと自制して、窓のほうへ投げつけた。
「……やめときゃよかった」
窓ガラスにぐちゃぐちゃのショートケーキがへばりついてる。
まるで誰かの人生みたいだと笑ってしまった。
仕方ないから雑巾を引っ張りだしてガラスを拭く。
最中に二階の窓から外を眺めた。
アパートの前には道路があって、道路の向こう。やや右にスーパーの裏手側が見える。
深夜だから当然営業時間外。
なのに数人がたむろして座ってる。
不良どもの溜まり場だ。そういえばヤツらと同年代の男性従業員がいて、囲まれてたのも見かけたっけ。
知り合いか知らないが、恐喝みたいで気になった。
けど無関係な俺にできることはないからスルーしたんだった。
自分が嫌になるなと思いながら、汚い窓を拭いて不良の溜まり場を上から眺めた。
見てるのがバレたら因縁をつけられそうだが、この距離ならバレる心配はまずないな。
せーの、
「ア、ホ、ど、も」
一語ずつ吐きながら眺めてると、溜まり場に人影が近づいてくるのが見えた。
月の光と街灯に照らされた姿は遠くから見てもえらく体格がいい。
男は緑のパーカーでフードを被っていて顔形はよく見えない。
パーカーの男が不良軍団の側に近づくと、やはりえらくデカいのがわかった。
不良軍団が次々と立ち上がる。
やばいぞ。そう思いながら見てると、男はすぐに不良たちに囲まれて口論している雰囲気だ。
ケンカになるなと予測した途端。
不良の一人がコマみたいに吹き飛んだ。道路に倒れてそのまま動かない。
殴られた?
思った次には他の不良たちが大男に組みついていた。
大男はものともせず不良を全員振り払う。
まるで飽きられた人形みたいに不良どもが倒れてる。
残った不良はたった一人。もっとも体格がデカイやつ。
ソイツが大男を数発殴りつけた。
「なんだあいつ……」
不良じゃない。鉄柱みたいに身じろぎもせず立ち尽くしてる大男のほう。
少しして大男が姿勢を低く、
動いた。
あれはタックル、
したのが見えた。
最後の不良が一番デカかったのに、一番軽い人形みたいに数メートルは吹き飛んだ。
倒れるとやはり動かない。
身を隠したくて即座にかがんだ。
「あいつ、なんだ!?」
もう一度窓から様子をうかがいたい。覗きたい欲求がわき上がってくる。
ゆっくりと窓からスーパーの裏手を覗いた。心臓からトクントクンと音がする。
緑のフードを被った大男はまだそこにいた。うろうろと歩いてる。
不良をどうしようか悩んでるのか。
そう見えたが立ち止まった。
フードの中は暗い。ここからではとても顔は見えない。
もちろん視線もわからない。
けどフードの向きがこちらへ向いてる気がした。
覗いてたのバレた?
一瞬声が出そうになって、飲み込んだ俺は身を潜めた。
見えるはずがない。距離的に見えない。
部屋の電灯がついてるから姿ぐらいは見えたかもしれないが……顔は見えるはずがない。
意地になった俺は再び外を覗いた。目に悪いのを知ってても太陽を見ようとするみたいだと思いながら。
大男の姿はもうなかった。
不良どもが倒れてるだけ。
今夜が月夜でも、今の時間は通行人も通らない。
まさか死んではないだろう。確認しようとも思わない。自業自得だ。
それにしてもさっきの事件を目撃したのは俺だけなのか。
逆にもしもあの大男に顔を見られてたら。
疑念に囚われて身震いした。
危険に備えた本能の武者震いなのか? 震えが止まらない。
「はははは」
汗がにじむのも感じる。
「あいつ、何者だよ」
さっきより心臓の音が綺麗に聞こえた。
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新型うつ病は従来の定型うつ病には当てはまらない非定型うつ病を指します。劇中ではさらに作者独自の解釈も加えております。




