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夕飯は魚です

作者: 悠木

 今日の夕飯は魚です。

 いや、そんなことを言われても困る。俺はメニューのことは聞いてないし、というか魚ってなんだ。煮付けとか刺身とか料理の名前じゃなくて魚なのか。

 同級生の飯田里美はそれだけ言うと、早足で俺の前からいなくなっていた。俺のつっこみも頭の中で展開されただけで、口に出す前にどこかの誰かがテーブルの上をちょちょっと拭いただけで捨てられたティッシュに書かれた……いや、いいや。とりあえずごみになっただけだ。


 俺は飯田里美が好きだった。

 好きだったという過去形はつまり、もう好きではないようだが、実はまだ好きだ。

 好きだったと言ったのは俺のささやかなプライドだ。まさか告白した返事が夕飯は魚です、で返されるとは思わなかった。


 放課後の夕暮れに照らされる教室。2人だけしかいない空間。もうここしかないと思うのはいくら俺でも自惚れとは言われないだろうよ。皆の告白したい、されたいシチュエーションナンバーワンじゃないかこんなの。


 しかし現実は魚だった。しかも海で雄大に泳いだり、水族館できらきら光る水槽の中にいる魚じゃなく、食卓の上で何かに調理されたものだ。美味しい。畜生。ちなみに意気消沈して帰った俺に母親が出した夕食は魚だった。魚じゃねぇよ、煮付けだよ。美味しい。畜生。


 思えば昔から魚は好きだった。小さい子供といえば焼肉! ハンバーグ! ラーメン! とでも言うところだが、俺は煮付けだった。自慢じゃないが俺の母親の作る煮付けは美味しい。それはもう絶品なうえに、優しい。おかんも煮付けも。おそらく学校から帰った俺があまりにも、そうあまりにも落ち込んでいてこのままだと子供部屋どころかこの家ごと沈没しそうなのを察したのだろう。おかんは優しい。美味しい。


 そして俺は悲しい。

 飯田里美は可愛い。


 どれだけ可愛いかというと、クラスでは真ん中よりちょっと下くらいだ。おそらくクラスメイトに言うと、お……そうか。と微妙な反応がもらえる確率ナンバーワンだろう。つまりオンリーワンだ。そしてその微妙な可愛さがわかる俺もオンリーワンだ。だから悲しい。

 このままじゃ誰かにあの子を取られてしまう。と思えないのも悲しい。好きなのに悲しい。まるで小さな時、煮付けが好きだと言うのをためらった時のように。


 なんで魚なんだろう。なんで好きです、から魚になってしまったんだろう。

 もしかして私も魚が好きです。ってことだったんだろうか。いや、それは無い。なぜなら彼女は俺が魚を好きなのを知らない。彼女が知ってるのは俺が彼女を好きだということだ。

 彼女が好きなのは確かだが、それと煮付けは別の話だ。当たり前だ。馬鹿なのか飯田里美。


 いや、馬鹿は俺だ。だって、これもう、ほんとこれもう失恋じゃないか。告白した人に馬鹿って言っちゃうくらい失恋してる。

 俺やばい。めっちゃ失恋してる。煮付け食った後なのに涙が止まらない。


 なんか部屋の外に人の気配を感じたが、消えた。大丈夫、泣いてるのは煮付け関係ないから大丈夫。


 涙の海で溺れたままの俺が見た夢は、雄大に泳ぐ刺身だった。そこは煮付けだろよ。



 次の日、どうしても答えが知りたかった俺は飯田里美を呼び出した。

 回復が早いのも俺の良い所だ。少し心臓が痛いくらいだ。


 思ったより簡単に解決した。彼女はそもそも俺の告白が聞こえていなかった。

 シャイで声も小さい俺が悪い、反省しよう。彼女はなんとか会話しようと魚の話をした。それだけだった。

 そして、なんで魚なんて言ったんだろう、と恥ずかしくなって帰ったという。可愛い。


 昔から煮付けが好きらしい。なるほど。

 オンリーワンだった。


 そして、俺のことは嫌いらしかった。


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