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【番外編】地に響く天の歌  作者: 春日千夜
2019年ハロウィンショートストーリー
6/7

かぼちゃクッキーに愛を込めて

*物語舞台は異世界なので、ハロウィン要素はカボチャだけです。

直接的な描写はありませんが、想像力をフル回転すると、大人向けの甘いお話になります。

 このお話は、

 連載中のファンタジーヒューマンドラマ

「地に響く天の歌〜この星に歌う喜びを〜」

 https://ncode.syosetu.com/n4764fa/

 の、2019年ハロウィンショートストーリーです。


 時系列的には上記本編の、第4部アルモニア合唱団【第16章 十人十色 】と【第17章 合唱団の噂】の間のお話になります。

 どうぞお楽しみください。



 ○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○



 秋風が、色鮮やかなアルモニアの町を優しく撫でる。アルモニア音楽院で八年生(オクトー)となったセラは、ジミーを連れたレイチェルと共に、メグの新居を訪ねた。

 小さくも可愛らしい一軒家の呼び鈴を鳴らすと、「はーい」という元気な声と共に、フリルのエプロンを着けたメグが顔を出した。


「メグさん、こんにちは!」

「ご機嫌よう」

「お邪魔いたします」

「いらっしゃい。よく来たわね」


 前年に結婚したメグは、甘い新婚生活真っ最中のはずだが、ラチェットの姿はない。セラは不思議に思い、首を傾げた。


「ラチェットさんは、お出かけですか?」


 セラの問いに、メグは、しゅんと肩を落とした。


「アグネス先生との共同研究が忙しいみたいでね。ここ数日、帰ってないのよ」

「また研究室にお泊まりなんですね。だから私たちを呼んだんですか?」

「ええ。ちょっと困っちゃって」


 セラたちは詳しい理由を知らぬまま、メグの誘いを受けて遊びに来ていた。メグは話しながら、二人を台所に連れて行った。


「実はね。美味しいカボチャが出来たからって、ラチェットの実家から送られてきたのよ。でも、どうしていいか分からなくて」


 台所に入ったセラとレイチェルは、目の前の光景に唖然とした。


「どうしたんですか、これ」

「ナイフ投げの練習でもしてたんですの?」


 台所のテーブルには、巨大なかぼちゃが鎮座しており、そこには何本ものナイフが突き刺さっていた。

 固まる二人に、メグは肩をすくめた。


「こんな大きなカボチャ、二人じゃ食べきれないでしょう? だから半分に切って、お母さんのところに届けるつもりだったの」


 アルモニアの町には、前年に双子を産んだジーナたちがいる。メグは、カボチャを切ろうとした結果、ナイフが刺さって抜けなくなったのだと話した。

 レイチェルは呆れた様子で、ふふふと笑った。


「よくお一人で、こんなに刺しましたわね」

「好きでやったんじゃないわ。切ろうとしただけだもの」

「きっかけはどうにせよ、同じことですわ。……ジミー」


 レイチェルに目を向けられ、ジミーは即座に頷いた。


「はい、お嬢様。お任せください」


 ジミーは深々と刺さったナイフを手早く引き抜き、巨大カボチャをスパッと半分に切った。


「すごい……」

「こんなにあっさり切るなんて」


 驚くメグとセラに、ジミーは事も無げに振り向いた。


「マーガレット先生。ジーナ様の所へお持ちするのは、このままで良いと思いますが……。こちらで使われる分は、どうなさいますか?」

「ええと……。使いやすいように細かくしてもらえると助かるわ」

「かしこまりました」


 ジミーの手で、あっという間にカボチャは小さく切り分けられた。セラとメグは感心して、パチパチと手を叩いた。


「ジミーさん、すごいですね!」

「本当に助かったわ。ありがとう」

「いえ。お役に立てて光栄です」

「わたくしの側仕えですもの。このぐらい出来て、当然ですわ」


 謙虚なジミーと対照的に、レイチェルはどこか得意げだ。嬉しそうなレイチェルを見て、セラは、ふふふと笑うと、メグに問いかけた。


「それでメグさん。この小さくしたカボチャは、どうするんですか?」

「かなり量があるから、お菓子にしようと思うの。ラチェットに差し入れもしたいし、お世話になってる音楽院の先生方にも配れるように。それで、手伝ってほしくて」

「お菓子ですか。何がいいかな」


 考えるセラとメグに、レイチェルは自信たっぷりに声を挟んだ。


「それなら、クッキーにしたらよろしいですわ。近頃、クッキーにメッセージを書いてプレゼントするのが流行ってると、マチルダが言ってましたし」

「クッキーね。日持ちするし、確かにいいかも」


 乗り気になったメグの隣で、セラは目を瞬かせた。


「レイチェル、クッキー作ったことあるの?」

「あるわけありませんでしょう。わたくし、お料理などしたことありませんわ」


 胸を張るレイチェルの横から、すっとジミーが手帳を差し出した。


「カボチャクッキーのレシピでしたら、こちらに」


 メグは、ありがとうと言いながらレシピを見つめる。セラは驚き、声を上げた。


「ジミーさん、クッキー焼いたことあるんですか⁉︎」

「ええ。お嬢様にお出しするのに、何度も焼いております」

「そんなことまでやってたなんて……」


  レシピを見ていたメグは、ぼそりと呟いた。


「材料は全部あるわね。レイチェル。その流行りのメッセージっていうのは、どうやって書くの?」

「アイシングという方法らしいですわ。アマービレ王国で人気になってるらしいんですの」


 レイチェルの言葉に、セラは、はっとした。


「王国のクッキーなの⁉︎」

「ええ。ですから、きっとニース様は懐かしくて喜ばれるのではなくて?」

「メグさん! 私も作ったら、ニースにあげていいですか⁉︎」


 キラキラと瞳を輝かせたセラに、メグは、にっこり笑った。


「もちろんよ。レイチェルも、ユリウスにあげたらいいわ。初めての手作りクッキーなんて、もらったら嬉しいでしょうし」

「ユリウスなら何でも喜びますわ。……ジミー。アイシングのレシピも、あるのでしょう?」


 ジミーは頷き、手帳をめくった。


「ええ。ございます。粉糖と卵白が必要ですね」

「それなら、作れそうね。じゃあ、さっさと始めましょう」


 あれよあれよと話はまとまり、クッキー作りが始まった。

 元々料理下手なメグと、料理などしたことのないレイチェルも加わった作業だ。すったもんだの大騒ぎになりながらも、主にジミーの働きで、カボチャクッキーは無事に焼き上がった。


「いよいよ、メッセージね」


 粉糖まみれになりながら、メグは袖をまくった。セラは、ぐったりしながらも問いかけた。


「なんて書くんですか?」

「そうね。先生方には、ありがとうとか、そういうのかしら」


 メグの言葉に、レイチェルは、はぁとため息を吐いた。


「そんなの、当たり前すぎてつまりませんわ」

「あら。当たり前だからいいんじゃない」

「せっかく手作りしたんですのよ? 何か遊び心を入れたいとは思いませんの?」


 何を書こうかと首をひねる三人のために、ジミーは茶を入れようと席を立つ。セラは、うーんと小さく唸った。


「遊び心……。見ていて楽しくなるような、食べたくなるような?」

「ええ。そういう部分で、センスが光ると思いますもの」

「センス……」


 三人は真剣に考えた末に、メッセージを一つに決めた。同じメッセージを書き込んだ大量のクッキーは、色紙で丁寧に包まれていった。



 ***



 コンコンと、研究室の扉が叩かれる。ソファで仮眠を取っていたラチェットは、はっとして目を覚ました。


「は、はい! 今開けます!」


 慌てて眼鏡をかけ、寝癖のついた髪を手櫛で梳きながら、ラチェットは立ち上がる。あくびを噛み殺して扉を開けると、ふわりと甘い香りを漂わせたメグが立っていた。


「ラチェット、お疲れ様。差し入れを持ってきたの」

「メグ……。ありがとう」


 ラチェットは笑みを浮かべると、置きっ放しの毛布を端に避け、メグをソファに座らせた。


「ごめんね。なかなか帰れなくて」

「仕方ないわ。忙しいんだし」


 ラチェットはコーヒーを入れると、メグの隣に座った。メグは、手にしていた包みを差し出した。


「これね。作ってきたの。開けてみて」

「作った? メグが一人で?」

「ううん。セラたちと一緒によ。お義母様からカボチャが送られてきたから、それで」

「へえ。何かな」


 ラチェットは頬を緩めて包みを開けると、飛び込んできた文字に、はっとして息を呑んだ。


「え……これって……」

「メッセージ。気に入ってくれた?」


 照れくさそうに、はにかんだメグに、ラチェットは顔を赤くして頷いた。


「……もちろん。ごめんね、寂しい思いをさせて」

「いいのよ。別に」


 ラチェットは包みをテーブルに置くと、メグの手を取り、優しく撫でた。


「帰ったら、必ずもらうから」


 真剣な眼差しで言ったラチェットに、メグは笑った。


「そんなこと言わないで、今、食べてくれたらいいのに」

「……いいの?」

「当たり前よ。何のために私がここに来たと思ってるのよ。ほら、遠慮しないで」


 期待を込めた眼差しで見つめるメグに、ラチェットは、ごくりと唾を飲んだ。



 ***



 一方その頃。セラとレイチェルは、音楽院の芝生に敷き布を広げて、ニースとユリウスを待っていた。


「ニース、ユリウス! こっちだよ!」

「お待たせ」

「ごめんね、遅くなって」

「構いませんわ」


 ニースはセラの隣に。ユリウスはレイチェルの隣へ座る。キラキラと木漏れ日を揺らす紅葉に、ニースは目を細めた。


「ピクニックみたいでいいね、こういうのも」

「でしょ? お茶も持ってきたんだよ」


 セラは、えへへと笑うと、水筒から温かな茶を人数分注いだ。カップを受け取ったユリウスは、一口飲んで、ほっと息を吐いた。


「うん。いいね。ここでお茶会するなら、お菓子でも持ってくれば良かったな」

「ありますわよ」


 レイチェルはユリウスに、すっと包みを差し出した。


「どうぞ、受け取りなさいな」

「受け取るって……オレに?」

「他に誰がいますの?」


 ユリウスは、ちらりとニースに目を向けた。セラが慌てて、声を上げた。


「大丈夫! ニースには、ちゃんと私が用意してあるよ!」


 セラが包みを出すのを見ながら、ニースは首を傾げた。


「突然呼ばれたから、何かなって思ってたけど。二人から、プレゼントってことなの?」

「そうだよ。メグさんと作ったの」


 セラの言葉に、ユリウスは目を見開いた。


「作ったって……。レイの手作り⁉︎」


 素っ頓狂な声を上げたユリウスに、レイチェルは眉根を寄せた。


「何か問題ありますの?」

「ない! 嬉しさしかないよ!」


 ユリウスは、慌てて包みを開けた。中から出てきたクッキーの文字に、ユリウスは、ほんのり頬を染めた。


「これ……メッセージ書いてある」

「ええ。頑張って書きましたのよ。気に入りまして?」


 レイチェルの問いに、ユリウスは首がちぎれそうなほど頷いた。ニースは二人が何を作ったのかと、包みを開けた。


「わあ。可愛いクッキーだね」


 微笑んだニースに、セラが照れくさそうに笑った。


「うん。王国のクッキーに、こうやってメッセージがあるって聞いたの」

「そういえば、昔マーサおばさんが書いてくれてた気がする。こんな可愛いメッセージじゃなかったけど」


 嬉しげなニースの手元に、ユリウスは目を向けた。


「……あれ? ニースのとメッセージ同じ?」

「ユリウスのも『わたしをたべて』なの?」

「うん……。てっきり、レイの気持ちなのかと思ったんだけど」


 残念そうに呟いたユリウスに、セラは顔を赤くし、レイチェルは笑った。


「何を言ってますのよ。そのクッキーの気持ちになって書いたんですわ。遊び心がありますでしょう?」

「そうだね。遊び心……うん。オレとしたことが、かなり遊ばれた」


 はぁとため息を吐いたユリウスを見て、レイチェルは愉快げに、くすくすと笑った。

 ニースは、何をガッカリしてるのかと不思議に感じながら、クッキーをかじった。


「ん……。甘くて美味しいよ。セラ、ありがとう」

「えへへ。喜んでもらえて良かったよ」

「クッキーは、全部同じメッセージなの?」

「そうだよ。今頃メグさんも、ラチェットさんに届けに行ってるんじゃないかな」

「そうなんだ。甘くて美味しいし、喜ぶだろうね」


 楽しいお茶会は、ゆっくりと過ぎていく。辺りには甘い香りと共に、キラキラと木漏れ日が揺れていた。

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