かぼちゃクッキーに愛を込めて
*物語舞台は異世界なので、ハロウィン要素はカボチャだけです。
直接的な描写はありませんが、想像力をフル回転すると、大人向けの甘いお話になります。
このお話は、
連載中のファンタジーヒューマンドラマ
「地に響く天の歌〜この星に歌う喜びを〜」
https://ncode.syosetu.com/n4764fa/
の、2019年ハロウィンショートストーリーです。
時系列的には上記本編の、第4部アルモニア合唱団【第16章 十人十色 】と【第17章 合唱団の噂】の間のお話になります。
どうぞお楽しみください。
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秋風が、色鮮やかなアルモニアの町を優しく撫でる。アルモニア音楽院で八年生となったセラは、ジミーを連れたレイチェルと共に、メグの新居を訪ねた。
小さくも可愛らしい一軒家の呼び鈴を鳴らすと、「はーい」という元気な声と共に、フリルのエプロンを着けたメグが顔を出した。
「メグさん、こんにちは!」
「ご機嫌よう」
「お邪魔いたします」
「いらっしゃい。よく来たわね」
前年に結婚したメグは、甘い新婚生活真っ最中のはずだが、ラチェットの姿はない。セラは不思議に思い、首を傾げた。
「ラチェットさんは、お出かけですか?」
セラの問いに、メグは、しゅんと肩を落とした。
「アグネス先生との共同研究が忙しいみたいでね。ここ数日、帰ってないのよ」
「また研究室にお泊まりなんですね。だから私たちを呼んだんですか?」
「ええ。ちょっと困っちゃって」
セラたちは詳しい理由を知らぬまま、メグの誘いを受けて遊びに来ていた。メグは話しながら、二人を台所に連れて行った。
「実はね。美味しいカボチャが出来たからって、ラチェットの実家から送られてきたのよ。でも、どうしていいか分からなくて」
台所に入ったセラとレイチェルは、目の前の光景に唖然とした。
「どうしたんですか、これ」
「ナイフ投げの練習でもしてたんですの?」
台所のテーブルには、巨大なかぼちゃが鎮座しており、そこには何本ものナイフが突き刺さっていた。
固まる二人に、メグは肩をすくめた。
「こんな大きなカボチャ、二人じゃ食べきれないでしょう? だから半分に切って、お母さんのところに届けるつもりだったの」
アルモニアの町には、前年に双子を産んだジーナたちがいる。メグは、カボチャを切ろうとした結果、ナイフが刺さって抜けなくなったのだと話した。
レイチェルは呆れた様子で、ふふふと笑った。
「よくお一人で、こんなに刺しましたわね」
「好きでやったんじゃないわ。切ろうとしただけだもの」
「きっかけはどうにせよ、同じことですわ。……ジミー」
レイチェルに目を向けられ、ジミーは即座に頷いた。
「はい、お嬢様。お任せください」
ジミーは深々と刺さったナイフを手早く引き抜き、巨大カボチャをスパッと半分に切った。
「すごい……」
「こんなにあっさり切るなんて」
驚くメグとセラに、ジミーは事も無げに振り向いた。
「マーガレット先生。ジーナ様の所へお持ちするのは、このままで良いと思いますが……。こちらで使われる分は、どうなさいますか?」
「ええと……。使いやすいように細かくしてもらえると助かるわ」
「かしこまりました」
ジミーの手で、あっという間にカボチャは小さく切り分けられた。セラとメグは感心して、パチパチと手を叩いた。
「ジミーさん、すごいですね!」
「本当に助かったわ。ありがとう」
「いえ。お役に立てて光栄です」
「わたくしの側仕えですもの。このぐらい出来て、当然ですわ」
謙虚なジミーと対照的に、レイチェルはどこか得意げだ。嬉しそうなレイチェルを見て、セラは、ふふふと笑うと、メグに問いかけた。
「それでメグさん。この小さくしたカボチャは、どうするんですか?」
「かなり量があるから、お菓子にしようと思うの。ラチェットに差し入れもしたいし、お世話になってる音楽院の先生方にも配れるように。それで、手伝ってほしくて」
「お菓子ですか。何がいいかな」
考えるセラとメグに、レイチェルは自信たっぷりに声を挟んだ。
「それなら、クッキーにしたらよろしいですわ。近頃、クッキーにメッセージを書いてプレゼントするのが流行ってると、マチルダが言ってましたし」
「クッキーね。日持ちするし、確かにいいかも」
乗り気になったメグの隣で、セラは目を瞬かせた。
「レイチェル、クッキー作ったことあるの?」
「あるわけありませんでしょう。わたくし、お料理などしたことありませんわ」
胸を張るレイチェルの横から、すっとジミーが手帳を差し出した。
「カボチャクッキーのレシピでしたら、こちらに」
メグは、ありがとうと言いながらレシピを見つめる。セラは驚き、声を上げた。
「ジミーさん、クッキー焼いたことあるんですか⁉︎」
「ええ。お嬢様にお出しするのに、何度も焼いております」
「そんなことまでやってたなんて……」
レシピを見ていたメグは、ぼそりと呟いた。
「材料は全部あるわね。レイチェル。その流行りのメッセージっていうのは、どうやって書くの?」
「アイシングという方法らしいですわ。アマービレ王国で人気になってるらしいんですの」
レイチェルの言葉に、セラは、はっとした。
「王国のクッキーなの⁉︎」
「ええ。ですから、きっとニース様は懐かしくて喜ばれるのではなくて?」
「メグさん! 私も作ったら、ニースにあげていいですか⁉︎」
キラキラと瞳を輝かせたセラに、メグは、にっこり笑った。
「もちろんよ。レイチェルも、ユリウスにあげたらいいわ。初めての手作りクッキーなんて、もらったら嬉しいでしょうし」
「ユリウスなら何でも喜びますわ。……ジミー。アイシングのレシピも、あるのでしょう?」
ジミーは頷き、手帳をめくった。
「ええ。ございます。粉糖と卵白が必要ですね」
「それなら、作れそうね。じゃあ、さっさと始めましょう」
あれよあれよと話はまとまり、クッキー作りが始まった。
元々料理下手なメグと、料理などしたことのないレイチェルも加わった作業だ。すったもんだの大騒ぎになりながらも、主にジミーの働きで、カボチャクッキーは無事に焼き上がった。
「いよいよ、メッセージね」
粉糖まみれになりながら、メグは袖をまくった。セラは、ぐったりしながらも問いかけた。
「なんて書くんですか?」
「そうね。先生方には、ありがとうとか、そういうのかしら」
メグの言葉に、レイチェルは、はぁとため息を吐いた。
「そんなの、当たり前すぎてつまりませんわ」
「あら。当たり前だからいいんじゃない」
「せっかく手作りしたんですのよ? 何か遊び心を入れたいとは思いませんの?」
何を書こうかと首をひねる三人のために、ジミーは茶を入れようと席を立つ。セラは、うーんと小さく唸った。
「遊び心……。見ていて楽しくなるような、食べたくなるような?」
「ええ。そういう部分で、センスが光ると思いますもの」
「センス……」
三人は真剣に考えた末に、メッセージを一つに決めた。同じメッセージを書き込んだ大量のクッキーは、色紙で丁寧に包まれていった。
***
コンコンと、研究室の扉が叩かれる。ソファで仮眠を取っていたラチェットは、はっとして目を覚ました。
「は、はい! 今開けます!」
慌てて眼鏡をかけ、寝癖のついた髪を手櫛で梳きながら、ラチェットは立ち上がる。あくびを噛み殺して扉を開けると、ふわりと甘い香りを漂わせたメグが立っていた。
「ラチェット、お疲れ様。差し入れを持ってきたの」
「メグ……。ありがとう」
ラチェットは笑みを浮かべると、置きっ放しの毛布を端に避け、メグをソファに座らせた。
「ごめんね。なかなか帰れなくて」
「仕方ないわ。忙しいんだし」
ラチェットはコーヒーを入れると、メグの隣に座った。メグは、手にしていた包みを差し出した。
「これね。作ってきたの。開けてみて」
「作った? メグが一人で?」
「ううん。セラたちと一緒によ。お義母様からカボチャが送られてきたから、それで」
「へえ。何かな」
ラチェットは頬を緩めて包みを開けると、飛び込んできた文字に、はっとして息を呑んだ。
「え……これって……」
「メッセージ。気に入ってくれた?」
照れくさそうに、はにかんだメグに、ラチェットは顔を赤くして頷いた。
「……もちろん。ごめんね、寂しい思いをさせて」
「いいのよ。別に」
ラチェットは包みをテーブルに置くと、メグの手を取り、優しく撫でた。
「帰ったら、必ずもらうから」
真剣な眼差しで言ったラチェットに、メグは笑った。
「そんなこと言わないで、今、食べてくれたらいいのに」
「……いいの?」
「当たり前よ。何のために私がここに来たと思ってるのよ。ほら、遠慮しないで」
期待を込めた眼差しで見つめるメグに、ラチェットは、ごくりと唾を飲んだ。
***
一方その頃。セラとレイチェルは、音楽院の芝生に敷き布を広げて、ニースとユリウスを待っていた。
「ニース、ユリウス! こっちだよ!」
「お待たせ」
「ごめんね、遅くなって」
「構いませんわ」
ニースはセラの隣に。ユリウスはレイチェルの隣へ座る。キラキラと木漏れ日を揺らす紅葉に、ニースは目を細めた。
「ピクニックみたいでいいね、こういうのも」
「でしょ? お茶も持ってきたんだよ」
セラは、えへへと笑うと、水筒から温かな茶を人数分注いだ。カップを受け取ったユリウスは、一口飲んで、ほっと息を吐いた。
「うん。いいね。ここでお茶会するなら、お菓子でも持ってくれば良かったな」
「ありますわよ」
レイチェルはユリウスに、すっと包みを差し出した。
「どうぞ、受け取りなさいな」
「受け取るって……オレに?」
「他に誰がいますの?」
ユリウスは、ちらりとニースに目を向けた。セラが慌てて、声を上げた。
「大丈夫! ニースには、ちゃんと私が用意してあるよ!」
セラが包みを出すのを見ながら、ニースは首を傾げた。
「突然呼ばれたから、何かなって思ってたけど。二人から、プレゼントってことなの?」
「そうだよ。メグさんと作ったの」
セラの言葉に、ユリウスは目を見開いた。
「作ったって……。レイの手作り⁉︎」
素っ頓狂な声を上げたユリウスに、レイチェルは眉根を寄せた。
「何か問題ありますの?」
「ない! 嬉しさしかないよ!」
ユリウスは、慌てて包みを開けた。中から出てきたクッキーの文字に、ユリウスは、ほんのり頬を染めた。
「これ……メッセージ書いてある」
「ええ。頑張って書きましたのよ。気に入りまして?」
レイチェルの問いに、ユリウスは首がちぎれそうなほど頷いた。ニースは二人が何を作ったのかと、包みを開けた。
「わあ。可愛いクッキーだね」
微笑んだニースに、セラが照れくさそうに笑った。
「うん。王国のクッキーに、こうやってメッセージがあるって聞いたの」
「そういえば、昔マーサおばさんが書いてくれてた気がする。こんな可愛いメッセージじゃなかったけど」
嬉しげなニースの手元に、ユリウスは目を向けた。
「……あれ? ニースのとメッセージ同じ?」
「ユリウスのも『わたしをたべて』なの?」
「うん……。てっきり、レイの気持ちなのかと思ったんだけど」
残念そうに呟いたユリウスに、セラは顔を赤くし、レイチェルは笑った。
「何を言ってますのよ。そのクッキーの気持ちになって書いたんですわ。遊び心がありますでしょう?」
「そうだね。遊び心……うん。オレとしたことが、かなり遊ばれた」
はぁとため息を吐いたユリウスを見て、レイチェルは愉快げに、くすくすと笑った。
ニースは、何をガッカリしてるのかと不思議に感じながら、クッキーをかじった。
「ん……。甘くて美味しいよ。セラ、ありがとう」
「えへへ。喜んでもらえて良かったよ」
「クッキーは、全部同じメッセージなの?」
「そうだよ。今頃メグさんも、ラチェットさんに届けに行ってるんじゃないかな」
「そうなんだ。甘くて美味しいし、喜ぶだろうね」
楽しいお茶会は、ゆっくりと過ぎていく。辺りには甘い香りと共に、キラキラと木漏れ日が揺れていた。