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【番外編】地に響く天の歌  作者: 春日千夜
連載開始1周年記念ショートストーリー
5/7

はじめての恋人記念日

*糖度高めです。苦手な方はご注意ください。

 このお話は、

「地に響く天の歌〜この星に歌う喜びを〜」

 https://ncode.syosetu.com/n4764fa/

 連載開始から一年が経過した事を記念して書きました。


 時系列的には上記本編の、第4部アルモニア合唱団【第16章 十人十色 】と【第17章 合唱団の噂】の間のお話になります。

 読者の皆様のおかげで、書き続ける事が出来ています。感謝の気持ちを込めて、この小話を書きました。

 どうぞお楽しみください。



 ***



 爽やかな初夏の風が、アルモニアの町を吹き抜ける。アルモニア音楽院七年生(セプテム)のニースとユリウスは、数日後に控えた学祭のために準備に明け暮れていた。

 舞台の設営に励んでいたニースは、汗を拭い、ため息を吐いた。


「花火ぐらいは見たかったけど……。やっぱり無理かなぁ」


 残念そうに話すニースに、ユリウスは苦笑した。


「去年、アラン先輩に巻き込まれたからね。仕方ないよ」


 一年前、ニースたちが六年生(セクス)だった頃。学祭では、アランが企画した美少女コンテストが行われた。その際ニースとユリウスは、アランと同室だというだけで手伝いに駆り出された。

 その時の働きが良かったからと、七年生となった今年、ニースたちは学祭実行委員に選ばれたのだ。実行委員の仕事は学祭が終わるまで続くため、最後に上がる花火を楽しむ余裕はない。

 ニースは、しゅんと肩を落とした。


「セラと付き合い始めて、一年の記念日なのに……」


 ニースは一年前の学祭でセラに告白し、晴れて恋人となった。ラチェットやメグから、一年目の記念日は大切にするよう言われていたのもあり、ニースは気にしていたのだった。

 どうしようかと悩むニースを見て、ユリウスが、ふっと笑みを浮かべた。


「それならさ、オレたちとダブルデートする?」

「ダブルデート?」

「当日に出来ないなら、他の日にするしかないよ。オレとレイも、今度の夏休みで最初の記念日だからさ。キャンプに行こうと思って準備してるんだ。ニースさえ良ければ、一緒に行こうよ」


 ユリウスは一年前の夏休みに、共和国でレイチェルと会い、恋人関係を取り戻していた。二人は二度目の付き合いとなるが、改めて一年目の記念日を祝おうと計画していたのだった。

 ユリウスの誘いに、ニースは瞳を輝かせた。


「二人きりになれないけど、いいの?」

「ジミーさんも一緒だから。どうせ二人きりにはなれないから、気にしないで」

「そっか。どこに行く予定なの?」

「トーテヌ山だよ。夏のトーテヌ山は、星がすごく綺麗なんだ。シモン先生に頼んで、山小屋も貸してもらうことにしてあるから。過ごしやすいと思うよ?」


 アルモニアの裏手にそびえるトーテヌ山は、大穴との境目にある。頂上には、大穴上空に浮かぶ浮島の観測所があり、音楽院で教鞭も取る天才発明家のシモンが、山小屋を建てていた。

 魅力的な誘いに、ニースはすぐに頷いた。


「じゃあ、頼むよ。セラには、僕から話しておくから」

「分かった。天気が良ければ浮島も見えるはずだから。楽しみにしてて」


 パチリと片目を瞑ったユリウスに、ニースは心から感謝した。学祭以上に山登りを楽しみにしながら、ニースは慌ただしい日々を過ごした。



 爽やかな風に、キラキラと木漏れ日が揺れる。山登りの日を迎え、ニースたちはシモンの助手、ジョルジュと共に山道を登った。


 大きな鞄を背負い、ニースとユリウスは重い足を引きずって歩く。そんな二人を励ましながら、セラとレイチェルは手ぶらで登った。ジミーは山のような荷物を背負った上、手には大きな箱を抱えて、ひょいひょいと進んでいく。

 そんな一行の先頭に、ニースたちと同じように大きな鞄を背負ったジョルジュがいた。ジョルジュは汗を拭いながら、微笑んだ。


「みんなが来てくれて助かったよ。私一人じゃ、何往復もしなきゃならなかった」


 ニースとユリウスの荷物は、自分たちの宿泊分だけではなかった。セラとレイチェルの荷物まで、二人は引き受けているのだ。

 しかしそれだけなら、ニースとユリウスもそれほど重くはなかっただろう。問題だったのは、それに加えて山小屋に新たに設置するという発掘品の運搬を頼まれた事だった。

 機械を分解したものが、ニースたちの大きな背負い鞄に詰まっている。ニースは荒い息を吐き、息も絶え絶えに答えた。


「ジョルジュ、先生……。あと、どのぐらいで、着きます、か」

「もう少しだよ。ああ、ほら。見えてきた。あれだよ、あれ」


 木々の開けた岩肌に、丸太小屋が建っていた。ニースとユリウスは、倒れこむように小屋の入り口へ腰を下ろした。その様に、レイチェルが、ふふふと笑った。


「二人とも、大変でしたわね」


 レイチェルは水筒をユリウスに差し出す。ユリウスは受け取りながら、はぁと深い息を吐いた。


「大変なんてもんじゃないよ。こんな目にあうなんて、思わなかった」


 ユリウスは忌々しげに言うと、一気に水を飲む。その傍らで、セラがタオルをニースに差し出した。


「最初から知ってたんじゃないの?」

「ううん。僕は今朝、初めて知ったんだ」


 タオルを受け取り、ニースは汗を拭う。疲れきったニースを見て、セラは気の毒そうに眉根を寄せた。


「それなら、私たちの荷物まで持たなくて良かったのに」

「そういうわけにはいかないよ。今日は記念日のデートなんだから」

「ニース……」


 セラは頬を、ほんのり赤くした。ジミーが大きな箱や鞄を置き、次々に荷物を取り出す。疲れを癒すニースたちを横目に、ジョルジュはテキパキと発掘品を組み立てていった。

 ニースは息を整えると、ジョルジュに問いかけた。


「ジョルジュ先生。これって結局、何の機械なんですか?」

「通信機だよ。研究室にいるシモン先生と、ここから連絡を取れるようにしたくてね。流れてくるのをずっと待ってたんだ」

「流れてくるって……いつものあれですか?」

「そう。闇市。通信機なんて、みんな軍が持ってっちゃうから。早々手に入らないよ。……これでよしっと」


 ジョルジュは喋りながら、テーブルに箱のような機材を組み立てると、ジミーの運んできた木箱を手にした。


「私はアンテナを建てて来ちゃうから。みんなは小屋の準備を頼めるかい?」

「はい。もちろんです」

「終わったら、浮島を覗いてみよう」


 ジョルジュの一言に、ニースとセラは目を輝かせた。


「いいんですか⁉︎」

「もちろんだよ。観測データも取らなきゃならないから」

「ありがとうございます!」

「綺麗に掃除しておきますね!」


 元気に返事をした二人に、ジョルジュは嬉しげに笑い、小屋の外へ歩いて行った。



 丸太を組んで作られた小屋は、小さなものだ。皆で協力すれば、あっという間に掃除は終わった。

 夕日を眺めながら、ニースたちが夕食の準備をしていると、ジョルジュが戻ってきた。


「お待たせ。日が落ちる前に、浮島を見ようか」

「はい!」


 夕食の支度をジミーに任せ、ニースたちは小屋を出た。小屋の裏手に小さな洞窟があり、ジョルジュが持つランプを頼りに奥へ進む。

 突き当たりにある梯子を登ると、半球状の部屋に大きな円筒の物体があった。


「これが望遠鏡。これで浮島が見えるんだよ」


 ジョルジュは簡単に望遠鏡の説明をすると、ニースたちに覗き穴を見るよう促した。最初に覗く事になったセラは、わくわくした様子で穴を覗いた。


「うわあ! 島が本当に浮いてる!」


 セラの歓声を聞き、ニースの胸が高鳴る。ようやくやって来た順番に、ニースは唾を飲み、そっと穴を覗き込んだ。


「すごい! あんなに木があるんだ!」


 宙空に浮かぶ大きな島には、鬱蒼と木々が茂っていた。浮島に巣があるのだろう。夕焼け空を飛ぶ鳥たちが、次々に浮島へと降り立って行った。


「鳥もいるんですね」

「あそこには、天敵が少ないんだと思う。鷲や鷹はいるだろうけど、山猫なんかは来ないだろうからね」


 ジョルジュの課外講座は、ユリウスとレイチェルが浮島を見ている間も続いた。ニースたちが外へ出る頃には、辺りはすっかり暗くなり、星が空を覆っていた。


 一仕事終えて安心したのだろう。ジョルジュはランプを手に、悠々と先を行く。そんなジョルジュを追うのを忘れて、ニースたちは立ち止まり、空を仰いだ。


「うわあ……! 綺麗!」

「うん。すごいね」


 キラキラと頭上に輝く星々は、町から見るよりずっと数が多い。ニースは、故郷のクフロトラブラで見た夜空を思い出し、胸の痛みを感じた。

 胸元を掴んだニースの顔を、セラが心配そうに覗き込んだ。


「ニース、どうしたの?」

「ごめん。ちょっと昔を思い出して」

「そっか……。ニースの住んでいた町も、こんな星空が見えたの?」

「うん。僕の家は、町外れにあったから。それに王国の町には、立派な街灯はなくて。もっとずっと暗いんだよ」


 切なげに話すニースの手を、セラは、そっと握った。


「いつか見てみたいな。ニースが育った町」

「うん。僕もセラに見てほしい。羊がすごく可愛いんだよ」

「そうなんだね」


 セラの温もりや優しさが、じんわりとニースの胸に広がっていった。気持ちを落ち着けたニースは、はっとして苦笑した。


「ジョルジュ先生、心配しちゃうね。僕たちも行かないと」

「そうだね。ご飯も楽しみだし。……ユリウス、レイチェルも行こう?」


 振り返ったセラに、ユリウスは微笑んだ。


「もうちょっとだけ星を見たら行くよ。すぐ追いかけるから、先に行ってて」

「そう? 分かった」


 ニースとセラは微笑み合い、手を繋いで歩き出す。二人の背を見ながら、レイチェルが、ふふふと笑った。


「本当にあの二人は可愛らしいですわね」

「どうしたの、突然」


 首を傾げたユリウスに、レイチェルは微笑んだ。


「もうお付き合いを始めて一年経ちますのに。まだ腕も組まないんですのよ?」

「そう言われてみれば、ニースたちっていつも手を繋いでるよね」

「だから可愛らしいと言ったのですわ」


 くすくすと笑い、レイチェルは歩き出す。しかしその手を、ユリウスが、ぐいと引いた。


「ユリウス?」

「オレたちは? 腕は組んでるけど、そろそろもう少し先に進んでもいいと思わない?」


 ユリウスの腕の中で、レイチェルは目を瞬かせた。


「それって、どういう……」

「もっと恋人らしくなりたいってこと。今ならジミーさんはいないし。嫌なら言って」


 ユリウスは、そっとレイチェルの頬に手を滑らせた。レイチェルは、ふっと笑みを浮かべた。


「嫌なわけありませんわ。一年待って下さったなら、充分ではありませんの」

「オレが待ったのは、もっと長いよ?」

「ふふ。そうでしたわね」


 目を伏せたレイチェルに、ユリウスはそっと唇を重ねた。ほんの一瞬だけ柔らかな感触を楽しみ、ユリウスは笑みをこぼした。


「レイ。受け入れてくれてありがとう」

「離したら承知しませんわよ?」

「離すわけないよ。君が離れても、オレは追いかけて捕まえるから」

「期待してますわ」


 ユリウスとレイチェルは笑い合い、もう一度顔を寄せ合った。


 二人きりの時間を楽しみ、ユリウスとレイチェルは腕を組んで歩き出す。山小屋の前では、なかなか来ないユリウスたちを心配して、ニースとセラが待っていた。


「ユリウス。遅いから心配したよ」

「ごめん、ニース」

「ジミーさんが、美味しいキノコスープを作ってくれたよ! 早く食べよう!」

「セラは本当に食いしん坊ですわね」


 わいわいと賑やかな笑い声が、山小屋に響く。空に輝く星と二つの月が、小さな二つの恋を応援するように、優しい光を放っていた。

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