〜年越しの巻〜
年越しのショートストーリーを書きました。
本編は異世界モノですが、このお話の舞台は地球です。
平和な地球社会に、もしニースたちが生まれていたら。そんな日常のひと時を書きました。
本編「地に響く天の歌〜この星に歌う喜びを〜」もよろしくお願いいたします。
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大晦日の朝、国際空港に一機の旅客機が舞い降りる。黒目黒髪黒い肌の少年ニースは、セラ、ラチェットと共に日本へやってきた。
「ここが日本……。空港は、そんなに変わらないんですね」
「でもニース、漢字がたくさんあるよ!」
ニースとセラは、キョロキョロと辺りを見回しながら歩く。ラチェットがそんな二人に笑いかけた。
「二人とも、迷子にならないようにね。マルコムさんたちが待ってるから、行こう」
「マルコムさんは、すごいですね。あっという間に人気が出て、世界中でマジックショーを始めるなんて」
ニースたちは、世界を飛び回りながらマジックショーを行うマルコムの招待を受けて、日本へやってきていた。セラが嬉しそうに笑った。
「日本の食べ物、楽しみだなぁ。スシとテンプラだっけ?」
「ぼくは温泉が楽しみだよ。露天風呂っていうのがあるんだよね?」
わくわくを抑えきれない二人に、ラチェットは微笑んだ。
「そうだね。でも、それだけじゃないよ。日本にはお正月っていうのがあるんだ。年越しの時には寺や神社って呼ばれる日本の神殿に行くらしい」
「オショウガツですか」
「メグたちが、着物っていう日本の伝統服を用意してるらしいよ。せっかくだから、日本の文化を楽しんでいこうね」
「キモノ……どんな服でしょう?」
「テラには美味しいものあるかなぁ?」
三人はお喋りを楽しみながら、マルコムたちが待つ旅館へと向かった。
旅館へ着いたニースたちは、初めて見る和風建築に大喜びだった。
「うわあ……! お庭がすごく可愛いよ!」
「この入り口の飾りも面白いね」
歴史ある佇まいの宿には、和風庭園や正月飾りが置かれており、出迎える従業員の姿にも、ニースたちは驚いた。
「不思議な服ですね」
「この人たちは、仲居さんっていうんだ。この人たちが着てる服が着物だよ」
「これが……!」
「すごい! これを着れるの!?」
はしゃぐニースたちは、マルコムが待つ部屋へ案内された。靴を脱ぎ、畳の部屋に入るだけでも、ニースたちは感動し、歓声を上げた。
マルコムが愉快そうに笑って、三人を出迎えた。
「ようこそ日本へ。みんな楽しんでくれてるみたいで何よりだよ」
「ご招待ありがとうございます、マルコムさん!」
「ニース、時差ボケは大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
マルコムの部屋には、先に日本へ来ていたメグとジーナがいた。ジーナは三人に緑茶を淹れた。
「はい、どうぞー。少し苦いけど、日本のお茶もなかなか美味しいわよー」
「ありがとうございます」
「グスタフさんも来れれば良かったですね」
セラの声に、メグは肩をすくめた。
「日本のお正月っていうのはお休みらしいけど、アメリカは違うから仕方ないわ。私たちも、冬休みだから来れたわけだし」
メグの隣で、ジーナがニヨニヨと笑った。
「マルコムも残念だったわねー。本当はメアリを誘いたかったんでしょー? 孤児院の子どもたちに招待状を送ったって聞いたわよー」
マルコムは、気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「まあな。子どもたちのパスポートを取るまで、時間がかかるってことを忘れなければ、間に合ったんだがなぁ……」
「ぼくとセラは持ってたから、良かったね」
「うん! 去年、聖歌隊でカナダに歌いに行った時に作ってて良かったね!」
嬉しそうに笑う二人に、マルコムは微笑んだ。
「ニースとセラちゃんが喜んでくれるなら、救われるな。みんな、夕飯前に温泉に行くか?」
「はい!」
ニースたちは、大喜びで浴衣に着替え、温泉を楽しんだ。
ちらちらと寒空に雪が舞い、大晦日の夜は静かに更けていった。セラたちが着物を着ている間、ニースたちはテレビをつけながらカードゲームを楽しんでいた。
「日本のテレビも面白いですね。男女に分かれて歌を歌うなんて」
「何を言ってるのか分からなくても、音楽は世界共通だからね。聞いてるだけでも楽しいよね」
「俺はこの演歌っていうのが結構好きなんだ。独特な節回しが面白いよな」
そこへ、扉をノックする音が響き、マルコムがニヤリと笑みを浮かべて立ち上がった。
「お嬢たちの支度が整ったみたいだな」
「メグの着物……」
ラチェットが、ごくりと喉を鳴らして立ち上がったので、ニースもどんな着物を着ているのかと、わくわくしながら立ち上がった。
マルコムに続いて部屋を出ると、ニースとラチェットは思わず息を呑んだ。メグは艶やかな赤い着物に身を包み、セラは可愛らしいピンク色の着物を着ていたからだ。
「ニース、どう? 似合うかな」
くるりと回るセラに、ニースは、にっこり笑った。
「うん。すごく似合ってるよ。お人形さんみたいで、可愛いね」
「か、可愛い……!?」
ニースに褒められたセラは、顔を真っ赤にして俯いた。その隣でメグが、ラチェットに微笑んだ。
「どうかしら。振袖っていうものらしいんだけど」
見惚れていたラチェットは、はっとして答えた。
「に、似合ってるよ。とっても……!」
「ふふ。良かったわ。袖が長いのが面白いわね」
ひらひらと袖を振る姿に、ラチェットは耳まで顔を赤く染めて、目を逸らした。
メグとセラの後ろからやってきたジーナは、落ち着いた緑の着物を着ていた。
「マルコムー。写真を撮ってくれないー? グスタフに見せたいのー」
「構わないが、写真を撮るなら寺に行ってからの方がいいんじゃないのか?」
「それもそうねー。行きましょうかー!」
ニースは俯いたセラに、手を差し出した。
「セラ、行こう?」
「うん……!」
二人は仲良く手を繋ぎ、マルコムたちと共に近くの寺に向かった。
星が輝く寒空の下でも、寺にはたくさんの人が集まっていた。除夜の鐘を突こうと並ぶ人たちを見て、ニースとセラは驚いた。
「ニース、あの大きな鐘、すごいね!」
「あの鐘をみんなで鳴らすんですか?」
メグをエスコートするように腕を組んでいたラチェットが、ニースの問いに答えた。
「そうだよ。108回鳴らすらしい。煩悩の数だって言われてるらしくてね」
「煩悩……?」
首を傾げるニースを横目に、メグが笑った。
「マルコムは、108どころじゃなさそうね」
「あのな、お嬢。俺だってそこまではいかない。煩悩には、ちゃんと種類があるんだぞ?」
肩をすくめたマルコムの言葉に、セラが頷いた。
「マルコムさんの煩悩は、女の人にだけ偏ってますもんね!」
「……セラちゃん、そりゃないよ」
落ち込むマルコムの肩を、ジーナが笑いながら叩いた。
「せっかくだから、マルコムもやってきなさいよー。煩悩を払っておけば、良い出会いがあるかもよー?」
「良い出会いより写真だ。みんな写真を撮るぞ」
誤魔化そうとするマルコムに誘われて、ニースたちが列を離れて写真を撮っていると、どこからか、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
「何か良い匂いがする……」
にへらと口元を緩めたセラを見て、ニースが辺りを見回すと、たくさんの人が湯気の立つ紙コップを手にしている姿が見えた。
「あの屋台かな」
ニースの声に、ジーナが頷いた。
「あれは甘酒ねー。せっかくだから飲みましょー」
ジーナが買ってきた甘酒を受け取り、ニースたちはゆっくり飲んだ。酒粕の香りと温かさが心地よく、甘さが体中に染み渡り、冷えた体を芯から温めた。
「美味しい……!」
「うん。なんだか落ち着く甘さだね」
セラの笑顔を見て、心が穏やかになるような感覚に、ニースは、ほぅと息を吐いた。
ーーアメリカでは、新しい年を楽しみにするだけだけど……。日本だと、今年一年にさよならする気持ちが、なんだか少し寂しく感じるかも。
ニースは、セラと過ごす時間が、とても貴重なものに感じられた。
「こんな風に、のんびり過ごせるって、すごく贅沢な気がする」
ニースの呟きに、セラは頷いた。
「うん。日本に遊びに来て、良かったね」
厳かな除夜の鐘と共に新しい年が始まる。人々は口々に年始の挨拶を交わし、ニースたちも笑い合った。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!」
皆で迎えた新しい年が、楽しいものであるようにと、ニースは心から願った。