〜クリスマスの巻〜
クリスマスのショートストーリーを書きました。
本編は異世界モノですが、このお話の舞台は地球です。
平和な地球社会に、もしニースたちが生まれていたら。そんな日常のひと時を、フルキャストで書きました。
本編「地に響く天の歌〜この星に歌う喜びを〜」もよろしくお願いいたします。
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しんしんと雪が降り積もり、家々にはイルミネーションの光が灯る。黒目黒髪、黒い肌の少年ニースが住むアメリカの田舎町にも、世界中に広がるキリスト教の一大イベント、クリスマスがやってきた。
日本ではクリスマスイブが本番のような扱いだが、この町では違う。イブの夜から教会で行われるミサに参加し、クリスマス当日には家族でお祝いをするのが伝統だ。
ニースは、町の小さな教会でイブの夜のミサに向けて準備をしていた。
町の少年少女たちで構成された聖歌隊をニースが整列させると、オルガン奏者のラチェットが声をかけた。
「ニース、準備はいい?」
「はい、ラチェットさん。いいですよ」
ここは地球なので、ニースの歌に特別な力はない。しかしニースの歌声は清らかで美しく「天上の歌声」と町の人々から言われるほどだった。
ニースたちは、ラチェットのオルガンに合わせて最後の練習を行う。伸びやかな歌声は外まで響き渡り、教会を神秘的に包み込んだ。
練習が終わると、本番を前に軽く食事を取った。小さなサンドイッチを摘むニースに、仲良しの女の子セラがナゲットを渡した。
「はい、ニース。これあげるよ!」
「ありがとう、セラ」
仲睦まじい二人の様子を、ニースの親友ベンが羨ましそうに見ていた。
「いいな、ニースは。可愛い女の子に構ってもらえて」
するとニースの義姉であるヘレナが、サンドイッチを一つベンに差し出した。
「良かったら食べる?」
「いいの!? 食べる食べる!」
大喜びで受け取るベンに、ヘレナの双子の兄であるエミルがニヨニヨと笑みを浮かべた。
「ベン。ヘレナに惚れると大変だぞ?」
「何よ、エミル。そういうんじゃないわよ」
兄妹喧嘩を始める二人を横目に、同い年ながらニースの義兄であるルポルと、ガキ大将のマルコがそわそわした様子で急いで食事を食べすすめていた。
「マルコ、もう少しゆっくり食べろよ」
「やだね。ルポルこそ、ゆっくり食べろ。メグさんに先に挨拶をするのは俺だ」
二人は町一番の美少女と名高いメグが、教会へやってきたら真っ先に声をかけようと、急いで食事をしていた。
二人の様子に、マルコの兄弟分のエリックが、ルポルをくすぐった。
「おい、エリック! やめろよ!」
「マルコさん、今のうちです!」
ガヤガヤと騒ぎが大きくなるが、ニースは楽しそうに、にこにこと眺めていた。
ーーこんな風に、みんなで集まって騒げるのも、クリスマスならではだよね。
すると、部屋の扉をノックもせずにガチャリと開き、メグがやって来た。マルコとルポルが見惚れる中を、メグは真っ直ぐラチェットの元へ歩いていった。
「ラチェット、遅くなってごめんね」
「やあ、メグ。来たんだね」
楽譜を見ていたラチェットの隣に、メグは腰を下ろすと、手に持っていた籠から、小さな包みを取り出した。
「もう時間がないだろうけど、お母さんが持っていけって言うから」
「ジーナさんが作ってくれたんだね。ありがとう」
包みの中は、ジーナの特製サンドイッチだった。皆の視線が釘付けになる中で、メグは包みを開き、ラチェットに差し出した。
「はい。あーん?」
「いや、メグ。それはちょっと……」
恥ずかしそうにラチェットはサンドイッチを掴むと、自分で食べ始めた。ぷぅと頬を膨らませるメグを見て、マルコとルポルは唖然とした。
「嘘だろ。いつの間にメグさんは……」
「信じられない。俺のメグさんが……!」
兄貴分のピンチだと、使命感に駆られたエリックが立ち上がり、メグとラチェットに問いかけた。
「すみません。お二人は付き合ってるんですか?」
「「え!?」」
顔を真っ赤にして黙り込んだラチェットを横目に、メグは頬を染めながらも立ち上がった。
「そ、そんなわけないでしょ!? 私たちは同じ高校だから、ちょっとからかっただけよ!」
マルコたちが、ほっと胸を撫で下ろす中、扉をノックする音が響く。ニースが返事をすると、シスターメアリが扉を開けた。
「みなさん。そろそろ準備をお願いします」
ニースたちは食べかけの食事をしまい込むと、聖堂へ向かった。聖堂には信徒やニースたちの家族だけでなく、聖歌隊の歌声を目当てにした町の人々も集まっていた。
ーー今年もたくさんの人が来てくれてる!
ニースは一生懸命練習した自分たちの歌を聞いてもらえる事が嬉しくて仕方なかった。
オルガンの音色に乗せたニースたちの歌声と共に司祭が入場し、ミサが始まった。
厳かな雰囲気の中で重厚なパイプオルガンの音色が響き、聖歌やキャロルが歌われる。子どもたちの歌声は空高く舞い上がり、雪と共に町中を包み込んだ。
ミサが終わると、人々は笑い合いながら帰っていった。
ーー良かった。今年もみんなに楽しんでもらえた。
ニースは達成感に浸っていたが、皆と笑い合うグスタフを見て、はたと気がつき、セラに声をかけた。
「セラ。明日はグスタフさんの誕生日だよ。お祝いを言いに行こう?」
「うん、行こう!」
二人は教会を出ようとするグスタフを呼び止めた。
「グスタフさん!」
「ニース。今日も素晴らしかったよ。明日も歌うのか?」
「はい。聖歌隊のみんなは今日だけですけど、ぼくは司祭さまに頼まれてるので、明日も歌いに来ます」
「そうか。熱心だな」
グスタフに頭をくしゃりと撫でられたニースは、褒められた事が嬉しくて、照れくささを誤魔化すように笑いかけた。
「グスタフさんは、明日がお誕生日ですね。明日はお会い出来ないので、今のうちにご挨拶しておきますね。お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
セラも横から、にっこり笑いかけた。
「グスタフさん、お誕生日おめでとうございます! 顔は怖いのに、イエス様と同じお誕生日なんて、すごいですね!」
「あ、ああ。ありがとう」
セラの言葉に、苦笑いを浮かべながらも礼を言うグスタフの横から、町一番の手品師マルコムが顔を出した。
「セラちゃんは相変わらず厳しいな」
「マルコム……教会に来るなんて珍しいな。だが、もうミサは終わったぞ?」
驚くグスタフに、セラが笑った。
「マルコムさんは、シスターメアリの事が気になって仕方ないんですよ」
「セラちゃん。俺はそういうんじゃないんだよ。それにちゃんとミサの席にもいたんだぞ?」
苦笑いを浮かべるマルコムの背を、ジーナが笑って叩いた。
「やだわー。照れちゃってー。でも、シスターはさすがに無理だと思うけどー」
「だから違うんだって」
よろめくマルコムの後ろから、ニースの養父母のダミアンとリンドが、エミルたちと共に出てきた。
「ニース。そろそろ帰るぞ」
「はい。お父さん、お母さん」
ニースは返事を返すと、グスタフたちに笑みを向けた。
「セラ、みなさん。楽しいクリスマスを!」
皆と挨拶をすると、ニースは一番最後にゆっくり出てきた養祖父マシューのそばへ駆け寄り、手を取った。
「おじいちゃん。雪だから気をつけてね」
「ニース、ありがとな」
ニースは、大好きな家族や友人たちと過ごせることが、クリスマスの一番の贈り物だと感じながら、家路に着いた。
嬉しそうな笑顔がいくつも花開く町では、人々が「Merry Christmas!」と声を掛け合い、聖なる夜が優しさと共に更けていった。