成敗
「大丈夫だよ。」
席から立ち上がった私は震える女の子の頭をひとなでして馬車の後部にある入口から馬車を出る。
青髪の男が突き飛ばして尻餅をついている槍を持った冒険者に切りかかろうとしていた。
「浮上」
私は重力魔法を発動して青髪を少しだけ浮かせた。青髪は地面を蹴ろうとしていた足が空振りし、前のめりに倒れた。私の登場に赤髪と黄色髪はこちらに警戒を向ける。それを横目に剣を持った冒険者の下敷きになっているサラの元へ向かう。冒険者の脇をもってサラの上からどけ、横に寝かせる。二人ともよほど強くぶつかったようで気を失っている。上向きで気を失っているサラの右横に移動し首の後ろに右腕を差し込み上体を起こし左手をサラの顔の前にかざし
「極大の水の癒し」
私が使える最高の回復魔法をかけた。男は怪我なんかはつばでもつけとけばいいが、女の子は顔に傷でも残るとかわいそうだ。傷が残っていないか顔を覗いて確認する。額に貼り付いた栗色の少し天然パーマのかかった髪の間から少し血が見えた。ロマニコフから買って私が魔法を付与した小さな赤い宝石の付いたヘアピンを左手で亜空間から取り出しサラの前髪をとめてやる。また亜空間から小さなタオルを出しサラの額の血を拭いてまた亜空間に放りこんだ。額の傷は塞がっている。大丈夫そうだ。それにしても額を出すとサラもなかなかかわいい顔をしているな。
「う、うーん」
そんなことを考えているとサラが唸りながら目を覚まし、オレと目が合って頬を赤く染めあわあわ言い出した。
「おっと、ごめんよ。怪我を治療したんだ。どうだい、もう大丈夫かい」
「え、あ、その、あ、はい、大丈夫です。」
サラは飛び起きローブの汚れを払っている。
「おい、亜人。この状況で何イチャイチャしてるんだよ。」
黄色髪が声を掛けてきた。
「いやいや、かわいいレディーに傷でも残ったらかわいそうじゃないか。それより、エルフ族に向かって亜人とは人族至上主義者かね。」
「人族が最強に決まってるだろうが。てめぇ何者だ。」
「おっとこれは失礼。私はハリムという。しがない冒険者だよ。」
私は自己紹介する。
「ハ、ハリム…あの『氷結の大魔導師』の?」
「ああ、懐かしい二つ名だね。今は氷魔法は封印してるのだがね。」
馬車の入口からこちらの様子を伺っていた吟遊詩人の女性が聞いてきたので答えた。
「『氷結の大魔導師』ハリム…魔法学校の授業で習ったわ。」
「小さいころ読んでもらった『迷いの古城と蕀の魔女』って絵本に出てくるハリム?」
「ううう、いてててて。そんなすげぇ人だったのか。」
冒険者のお馬鹿二人もなんとか起き上がりサラの近くに移動している。そんな絵本があるのか?1度読んでみたいな。
「はん。天然記念物の魔導師か。オレたちが切り刻んでやるよ。」
黄色髪が悪態をつくが赤髪は動揺してるように見える。騎士団の副団長だ。私の噂くらいは聞いているかな?
さてどう成敗してくれようか。ちょっと試したいことを思い付いた。でもここだと冒険者たちや馬車に被害が出るかも。
「サラちゃん。君たちはここで待っていてくれ。目視転移。」
「え、あ、サラちゃん?あ、あたし?はい。」
返事を聞く前に転移魔法を発動して赤髪、黄色髪、青髪と一緒に少し離れたところに飛んだ。
「君たちにはちょっと実験に付き合ってもらうよ。創造ゴーレム。」
土魔法で土ゴーレムを作成した。
「はん。土ゴーレムごとき我らの敵ではないわっ。」
「あーはいはい。攻撃目標赤髪、黄色髪、青髪。」
奴らが何か言っているのを聞き流し、土ゴーレムに指示を与えた。土ゴーレムは3人目掛けて走り出し右ストレートを放った。
「なにっ、速いっ、後退。」
3人はなんとか避けて後退した。そんな3人に土ゴーレムはまた走り寄り右腕をふりあげた。3人は右ストレートにカウンターを合わせる構えを見せる。その時土ゴーレムは振り上げた右腕をピタリと止めた。
「なっ。」
3人はタイミングが外れて体制を崩す。フェイントだ。土ゴーレムの動きにこのフェイントを入れさせるため、今までの道中馬車の中で黙々と魔法を改造していたのだよ。
「ぐわっ。」
土ゴーレムは体制を崩した3人を一緒に左腕で凪ぎ払った。3人は10メートルくらい吹き飛び地面を体で滑る。痛そう。
「実験は成功だな。上出来上出来。」
そう言って土魔法を解除した。ゴーレムはただの土に戻る。
「うううぅ」
唸りながら立ち上がろうとしている3人に近付く。
「実験の協力に感謝する。ではお仕置きを始めようか。」
「なっ。まだっ。」
「上昇」
重力魔法を発動して3人と私は浮かび上がる。
「なっ。わっ。」
3人はジタバタ手足を動かしているが私はお構い無く魔力を込めドンドン高度を上げていく。ちょっと立つと4人で雲を1つ下から突き抜けた。上空2000メートルくらいまで来ただろうか。うん、とてもいい景色。3人は顔色が真っ青だ。
「君たちも仕事なのだから仕方ないのだろうが、今回の態度はとても良くない。」
「うるせぇ黙れ!早く下ろせ!」
黄色髪がまだ悪態をついている。
「黙るのはお前だ、フランコ。あの方は『氷結の大魔導師』。私が入団したころには教えられた。人族領側にいる人物で絶対に敵対してはならない5人。聖王国の勇者、神国の聖女、帝国の剣聖、獣王国の拳聖、そして商国の大魔導師と。」
「別に私は商国の物じゃないのだがね。まあ良くしてもらっているので贔屓にはしているが。」
「に、偽物じゃないんですかい?」
「私も最初はそう思った。だがマウロにかけた重力魔法に冒険者の女にかけた水系の最上級回復魔法、我々にかけた近距離転移魔法、土魔法のゴーレムはあり得ないくらいに強かったし、4人いっぺんにこの高さまで浮き上がらせる重力魔法。大魔導師じゃなかったらなんなんだ。」
「た、確かに。」
「ご納得いただけたかな?」
青髪が静かだなと見ると白目をむき口から泡をふいて気絶していた。高所恐怖症だったかな?
「私はとてもいい時間を君たちに邪魔されて腹が立っているのだよ。」
「すみませんでした。」
「申し訳ありませんでした。」
「イカルディ王国だったか?1度行ったことがあるが政変で王が変わったのかね?」
「はい。」
「そうなんです。」
「ふむ、では後日新しい王に会いに行こうかな。君たちは目が覚めたら真っ直ぐイカルディに帰るんだよ。わかったね?」
「え?」
「それはどういう?」
「ではな。」
2人が何か聞きたそうにしていたが無視して3人にかかっている重力魔法を解除した。
『あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
3人は真っ逆さま。私も急降下で追い掛け、地面ギリギリでまた重力魔法を発動して3人を止めてやった。3人とも白目をむき泡をふいて気絶していた。重力魔法を解除して3人を地面に下ろし馬車の方を見る。
「けっこう離れたな。風のせいかな。目視転移。」
ひとり言ちながら転移魔法を発動し、馬車に戻るのであった。