ランペドの屋敷にて 後半
階段を降り玄関を出て庭にやってきた。
「あ、旦那さまだー」
庭で双剣を振っていた褐色の肌の活発そうな少年がこちらに気付き駆け寄ってきた。
「やぁ、ジーク。久し振りだね。」
ジークの頭を撫でる。
「旦那様、僕の剣を見てください。」
「ああ、見せてごらん。」
頭を撫でられていたジークは、パッと私たちから距離を取ると身体に魔力を循環させ始めた。私が考案した魔力循環法。身体強化などができる。
「うむ。スムーズな循環だ。」
感心しながら見ているとジークは2本の小剣を持った両手をクロスして一気に左右に袈裟に斬る。そして右手は右から左に左手は上に跳ね上げる。そして両手で突き突き突き、また1回切る動作を入れてから突き突き突き。
「突きが多いな。」
「小剣はあまり切れませんからな。」
私の呟きに隣で見ていたクリスが答えた。
5分ほどの素振りを終えジークが私たちの元に戻ってきた。
「旦那様、どうでしたか?」
「ああ、よかったよ。エマに教えてもらったのかい。」
「はいっ。お母さまから教わりましたっ。」
エマは昔有名なA級の冒険者で双剣を扱っていた。『褐色の旋風』なんて呼ばれていたっけ。
「魔物と戦ったことはあるかい。」
「町の近くに出るグレーウルフくらいしかありません。」
「ランペド近郊はあまり強い魔物はでませんからなぁ。」
私の問いにジークが答え、クリスが捕捉する。
グレーウルフはクリミドに多く生息する魔物で、単体なら藍級の冒険者で十分対応できる。まぁウルフ系統の魔物は群になると怖く、緑や黄級の冒険者が出撃することになるのだが、また別の話。
「今度はゴーレムを用意するから相手してみなさい。」
「ご、ゴーレムですか。旦那様の作るゴーレムですよね?」
「あの小剣では旦那様の作るゴーレムは切れないかと。」
親子で渋る。
「剣の先まで魔力を循環させるイメージをしてみなさい。こんな風に。」
私は腰にさしてあった剣を鞘から抜き、剣先まで魔力を通してみせる。すると、剣が白い光を放ち始めた。
「すげぇ。」
ジークが感嘆する。
「ははっ。あれだけスムーズに魔力循環できるジークならすぐにできるよ。魔力を剣先まで通せば切れ味も良くなるから、今度は突きよりも切ることを重点にやってみなさい。魔物によっては、突きでは致命傷にならないのも多いからね。」
「は、はいっ!」
「では、ゴーレムを作るからね。」
庭の真ん中に移動し土魔法でゴーレムを作成する。
「創造ゴーレム」
直径3メートルほどの魔方陣が現れたかと思うと庭の土が隆起し人形を形成していく。そして1分ほどで高さ4メートルほどの土ゴーレムが出来上がった。
「攻撃目標ジーク」
生成したゴーレムにはこうやって指示を与えてやらないとただの木偶の坊である。
土ゴーレムはゆっくりした動きでジーク目掛けて襲いかかった。
ゴーレムというのは、パワーは割りとあるのだが動きが遅い。私が作ったゴーレムは他のゴーレムよりは速いのだが、ジークの目にも止まって見えるだろう。ゴーレムにスピードを求めてはいけない。
ジークは土ゴーレムの放った右ストレートを避けながらジャンプして回転しながら土ゴーレムの首を切りつけた。だが浅い。そもそもゴーレムは首が弱点でもなんでもないから首を狙っても仕方ない。すぐに再生してしまう。それに大抵のゴーレムは頭が取れても動きを止めることはない。対人戦ばかりしていた弊害だろう。初めてのゴーレムに少し恐れが出たのかもしれない。それに小剣が下半分ほどしか光っていない。
「魔力を剣の先まで通しなさい。あとゴーレムは首を狙っても仕方ないよ。どこを狙えばいいかよく考えなさい。」
「はいっ。」
私のアドバイスに元気な返事が返ってきた。
ジークは一旦バックジャンプで距離を取り小剣に魔力を込める。光が徐々に小剣全体を包み始める。そんなジークに土ゴーレムが近付き右ストレートを放つ。
あいつ右ストレートしか打てないのか?ちょっと魔法の再考が必要かもしれない。
ジークはまた右ストレートをかわして腹に左の小剣を突き差した。しかしそれは悪手だ。小剣が腹から抜けなくなってしまった。ジークは2度ほど引き抜こうとしたが、左の手刀が飛んできたためあきらめてまた距離を取る。残った右手に持っていた小剣を両手で持ち、また魔力を込める。ピンチがあったからか、すごく集中しているように見える。すると小剣全体が淡い光に包まれた。
土ゴーレムはまたジークに肉薄し、3度目の右ストレートを放とうとした瞬間だった。ジークは小剣を脇に構え一気に足の付け根を切り裂いた。私には見えたが普通の人が見たら閃光が走ったようにしか見えないだろう。
土ゴーレムは右足が付け根から切れ、前のめりに倒れてジタバタし始めた。やがて動かなくなった。
「見事だ。」
私が感心していると
「こんな短時間でここまで成長するもんですかい。さすが旦那様だ。」
クリスは愕然としていた。最後の1撃なら元橙級冒険者で『黒鬼』の異名をとったクリスも倒せるかもしれない。
肩で息をしていたジークはその場にパタリと倒れた。
私はジークの元へ行き抱き上げた。
「はぁはぁ…すごく疲れました…」
「武器に魔力を通すのはすごく疲れるからね。要練習だな。」
「はぁはぁ…はい…」
そんな話をしていると
「あら、旦那様じゃない。お帰りなさい。どうしたのさ。」
スタイルのいい褐色の美女が門から入ってきた。エマだ。
エマは長身で180センチ近くある私よりは小さいがクリスより背が高い。そして何より胸がすごい。胸の大きなシャーロットよりさらに一回り大きい。地味なゆったり目のメイド服を着ているが肩掛けのマジックバッグをしているので胸の大きさが強調されている。市のおやじたちは大丈夫だっただろうか。
「ただいま、エマ。君は相変わらず綺麗だね。」
「はいはい。ありがと。旦那様もいつまでもカッコいいわね。」
エマは私のお世辞にお世辞で返してきた。
「おかえり、エマ。旦那様にジークに稽古つけてもらっていたんだよ。」
「へぇ、で、うちのジークはどう?」
「すごいな。8歳でこの強さだと将来どこまで強くなるか検討もつかない。」
「へへへ、うれしいな。」
私の言葉に腕の中にいたジークは嬉しそうにはにかむ。両親も嬉しそうだ。
「じゃあ、連れていってやってくれるかい。」
「まだ8歳だけどいいのかい?」
「もうあたしらが教えられることはないからね。本人も望んでる。」
「よ、よろしくお願いします!」
私とエマの会話にジークが入ってきた。
「寂しくなるだろう。」
「旦那様は転移魔法が使えるんだ。すぐに会えるさ。それにあたしはまだまだ若い。もう2、3人子供作るさ。な、クリス。」
「え!?あ、ああ…」
急に話を振られたクリスはタジタジだ。
「私の修行は厳しいよ。敵対している相手も強い。いつ命を落とすかわからない。それでもいいのかい?」
私は3人の顔を真剣な顔で順番にみる。3人とも緊張した表情で頷いた。
私は出発前のシャーロットとの会話を思い出す。戦力が足りないと言っていた。ジークが順調に育てば魔王に届くかもしれない。
「よし、わかった。じゃあ、今回帰りにまたここに寄るからそれまでに準備とお別れをしておきなさい。」
「え!いいの!やったーー!」
ジークは私の腕の中から起き上がり跳び跳ねて喜びだした。あれだけ疲れていたのにすごい回復力だ。
「旦那様、ありがとね。」
「ありがとうございます。」
二人に頭を下げられた。
「いいよいいよ。2週間ほどしたら戻ってくるからそれまでに用意を頼むよ。」
こうしてジークを弟子に取ることが決まったのだった。
単位はこの世界独自のものを考えようと思ったのだけど、ややこしくなりそうだったので、日本と同じでいきます。