1.助言者と実行者
為す術ないまま『彼』に連れられエレベーターに乗り込んだ。さっき聞いた情報によると、地下だけで30階層もある建物のようだが地上へ向かうのだろう。ひたすら上昇している。
「ウイーン、ウイーン、ウイーン、ウイーン、ウイーン...」
気まずい思いをしているのは自分だけなのだろうか。そういえば『彼』の名前さえ知らない。そもそも本当にここは国会議事堂なのだろうか。今までかっこいい会議室としか思っていなかった。疑問ばかりが頭の中に浮かんでいた。
結局我慢出来ずに問いかけた。
「あの~、その音を肉声で表現する必要はありますか?」
「これは失礼。いつもの癖が出ていたようだ。私は総理大臣の阿部力斗です。これからよろしく。」
「はあ、実は全く状況が理解出来ていないので詳しく説明してほしいです。」
「少し待ってくれ。・・・・ガシャン、プシュー。で?なんだい?」
この人絶対頭がおかしい人だな。気を付けよう。絶対失礼だと思ってなかっただろうし。
「これから会ってもらう人達はかなりの変人ばかりだから、心の準備をしておいてね。」
「あんたが言うな!」
「声に出ているよ。新井くん、さすがにこれは傷つくよ。まあいいさ、こちらへ。」
右、右、左、直進、右、左、右、右、左右確認して直進。無理だ、覚えきれない。議論を行う場所というよりはまるで研究所みたいだな。
「そうだ、言い忘れてた事があった。いやでもこれは新井くんに関係ないか。」
「何ですか?言ってください。」
「安倍晋三元首相とは名字の漢字が違って血縁関係も何もないんだよ。」
「本当に関係無いじゃないか。」
お約束のやり取りをしつつ先へ進んだ。前方に光が見えてきた。いや、あれは朝日か。時刻さえ把握していなかったことに気がつく。いきなり開けた場所に出た。そして目の前には十代から二十代くらいの男女が三人。
「紹介しよう。ここにいるのが君の同僚だ。」
かなり若いポニーテールの女性は高校生と言われても信じてしまうだろう。猫背気味の男性とスーツを着ている男性は年上に見える。スーツを着ている方の男性が握手を求めてきた。
「よろしく新井くん。守谷啓介です。」
このセリフだけでは俺がなぜ身構えてしまうのか分からないかもしれない。何を隠そう彼はほぼ全身蛍光ピンクの上、ハチマキだけは迷彩柄なのだ。なぜハチマキをしているのかなどと決して言わせない圧力を感じる。きっと何かの罰ゲームなのだろう。きっとそうだ。以上、自己完結しました。
「ほら、新人くんがビビッてるよ。やっぱりケイケイはハチマキもピンクにするべきだったんだよ。私は百瀬紫苑。君の助言者を担当するよ。」
「アドバイザー?それは一体何ですか?」
「ちょっと!りっくん!まだ説明してないの?しょうがないね。ケイケイ説明よろしく!」
守谷さんの方を見ると、やれやれといった様子で頭を左右に振っていた。
「それでは簡潔に説明させていただきます。私と彼女は助言者と呼ばれるのに対して、君とここにいる猫背の人は実行者と呼ばれることになります。」
そういえばもう一人いるのを忘れていた。こちらは、灰色のスウェット姿だ。
「殺す。」
この人危なすぎでしょ。どう考えてもナイフをこっちに向けながら同僚にかける言葉じゃないよね。
「彼の名前は西宮晃彦。今のは彼なりの挨拶です。」
「殺す。」
これは挨拶なんだよな。よし!
「よ、よろしくお願いします。」
「危ない!」
え?
「普通は殺害予告してる人の前に手首を差し出さないでしょう。」
まだ心臓が激しく脈打っている。俺の手首があった場所にナイフの残像が見える。いや、これは錯覚か。
とにかく今のは危なかった。
「新人くんにはまだアッキーの相手は荷が重かったかもね(笑)まさか挨拶と殺意を間違えるとは。」
何笑ってるんだよ。こっちは死にかけたっていうのに。
俺は明日も生きているのだろうか。




