γ-IV : You don’t know what love is
「つまり、先輩は俺に対して、根源的なところでは無関心なんすよ」
彼の言葉で、彼女はわずかに表情を動かした。彼には、何かが変わった、という程度にしか認識できない。
地雷を踏んだのか、正解に辿り着いたのか。よく分からないまま、彼はぶちまけていく。いくら塗っても勝手に消えていく薄闇の中。
「俺が先輩に向けている感情は、俺が認識する限り、突き詰めると先輩の才能に対するものなんです。決して先輩に対するものじゃない。毎週何回も会って、何時間も録音して、成長していく過程を目の当たりにできたのは、俺にとって幸運でした。録音は後生大事にします。でも、例えば……完全にリスナーとミュージシャンの関係。全く個人的な面識なんて無くて、俺はごく普通に新譜を買ったりライブに行ったりするだけ、という関係でも、俺はそこそこ楽しくなれたと思うんです。むしろ、今こんな面倒くさいことになっているから、そっちの方が良かったかもしれない」
彼女が息を吸った。口を挟まれることを恐れ、矢継ぎ早に彼は喋る。
「というのは俺の認識。先輩の認識では、俺が先輩のことを好きな証拠なんてごまんとあるのかもしれません……嫌だなあ……俺も、なんとなく自分の解釈と行動が一部矛盾している気はするし、自分の認識できない自分とかを持ち出されたら、どうしようもないっすね。でも……俺は、先輩に対して根源的には無関心な気がする。そしてきっと、先輩も俺に無関心だ。じゃあ先輩が俺の何に関心して何を仮託しているかというと、多分自由とか孤独なんですよ」
これ以外では彼女の微妙な行動を説明できない、と彼は思う。彼女がどれだけ他人から追い詰められ、自分を追い詰めてきたか。そこで現れた未知なる異様な可能性。
「人間は自由に憧れますし、自由じゃなくちゃいけませんね。自由がどこにも運んでくれないとしても。ところが、ここで面白いのは、実は俺より先輩の方がずっと孤独だし、自由なんすよ。孤独は人との関わりの中でしか生まれないし、自由はつまるところ想像力だから。良かったですね」
彼女はまだ押し黙っている。
彼は、自分が間違ってしまったような気がした。自分も先輩も間違っていると、直感した。帰りたくなってきた。