ああ 空が 泣いているんだ ←空は泣かないけど黒人は涙を流しているよ
領主が、若い13歳の領主が暇を持て余している。おれだ。なんもつまらんなあと思う。昼食から体感二時間後ぐらい。雨が窓を叩いている。家鳴り。それ以外にも聞きたくないものが色々ある。静かじゃない。
水溜りを蹴り上げて遊ぶ子供とか、小さい枝が雨に打たれて跳ね返るのとか、あるいは喉に絡む肌にまとわりつく脳を曖昧にさせるちょっとだけ舌に甘くて臭い湿気の息苦しさとか、世界が異なったとしてもそうそう変わるものではない。晴れていてもそうだ。なんなら雲や空や星が落ちてきても全部おんなじで、つまらんなあ、と、そう思っている。
おれが望んだのはこうじゃあないんだな、じゃあ何だよと聞かれると、とても困る。魔法を使いたかったか、といえばそうでもない。ただ世界全体に魔法が掛かっていて、井戸の底が古代の遺跡やら廃坑に繋がっていて、灰色に追われながら(敵の存在は大事だなあ)トロッコで逃げていくと、めっちゃ足がフェティッシュな、とにかく足がフェティッシュな女が出てきて、なんだかんだの末に違うな。
全然違う。呼吸、意識的に窒素吸おう。お前らも意識的に窒素吸え。窒素吸って吐け。80%あるぞ。
思い出した。奴隷だわ。貴族のベッドでゴロゴロしながら、奴隷だわ、と声に出してみる。奴隷じゃん! と叫んでみる。人類の歴史を何回繰り返しても貴族のベッドは天蓋付きになるのか、ともかくこの世界での貴族のベッドは天蓋付きなので、天蓋の下で一人叫ぶと、とてもむなしい。急に静かになった気がする。そんなものかもしれない。
異世界なのに、黒人がいないんですよ。
普通、異世界に黒人がいるか?
なんも分からん……。
今やってる奴隷制度は戦争奴隷だったり借金の片だったり少数民族かっぱらってきたり、全然面白くないんだよ。面白いと思ってやってるのかあいつら? もっと銃一艇と奴隷四百人を交換して新大陸行きの船に寿司詰めにぶち込んで百人生き残ればオッケーみたいな、超雑だけどそういうダイナミックな、奴隷を期待しているんだ、と俺は思う。今やってることはみみっちいから関わりたくない、と、こうして社会の理不尽は続いていくんだなあ。おれが何か変えられるわけでもない。でも社会なんて変えてどうするんだろう? 体制側になって、特に思う。そこは具体としては大事かもしれないけど、他のことを考えたほうが幸せになれるんじゃないか。生きたくないのに生きてることとか。
つまらんなあ。
エルフ。あいつは何も分かってない。ドワーフ。臭い。嫌いじゃない。でも黒人ではない。身体のバネが一本足りていない。魔族、きしょい……。
それと、獣人の耳とか尻尾とか、あるだろう、あれが好きなら犬を飼えばいい。お前が本質的に好きなのはモフモフだ。毛だ。人型の部分は不要だ。そういうわけでこの館には犬がめっちゃいる。猫もいる。狐はいない。狐はいない。
おれが今ここに居る時点で、ここは決して異世界なんかではない。どこも異世界ではない。そんなことは生まれる前からわかっていた。実存がまとわりついてくる。
裸になって雨を浴びるところを想像する。おれの、客観的に見てところどころ傷があるにせよ箱庭育ちの少年の滑らかな肌の上に、季節の雨粒がつたうところを想像した。その気持ちよさと寒さとうっとおしさ、見られる恥ずかしさ、止められるところまでを想像した。
おれは裸になって雨を浴びることができない。おれは裸になって雨を浴びることができない。おれにはそれができない。