悪と毒<楽園編26話>
絵はちょっと間を置きます。さすがに疲れたので(笑)
本編のノワール部分、書いててとても楽しかったです(笑)
「2秒前」
少女が、奇妙なことを言った。
何事もなかったかのように、ゆっくりと歩みを再開する。足元を浸す汚水に、八木誠志は混乱した。
「うわあっ!」
万年筆を両手で握りしめ、少女めがけて突進する。少女は棒立ちのままである。
突き出された万年筆の穂先は、少女の胸に吸い込まれた。
バシャン!
水風船に針を突っ込んだような手応えとともに、幼い姿が破裂して液体が撒き散らされる。至近距離にいたせいで、八木は全身に浴びてしまった。腐臭のする、吐き気を催す液体だった。
「3秒後」
少女の声が、背後からした。
「―――後」
もういちど、不可解なことを呟いたが、八木には聞き取れなかった。
だが、何かが違った。声質は同じだが、聞こえてくる高さや音程が。
辛うじて、視界の隅に捉えたのは、小学校低学年の童女ではなく、10代後半の体格をした女性だった。
疑問を言葉や顔に表出する前に、肩口に何かが突きこまれた。
「サヨナラ、通行人Aさん」
痛みさえ感じる間もなく、八木は地下へと出向くことになった。彼は最期まで、自分がなぜ殺されたのか、少女が何をしたのか、理解できなかった。
「くそあっ!」
毒錆右近は、乱暴にスマートフォンの通話を打ち切った。
「オレにムダ足踏ませやがって!」
毒錆のような愚連隊は、無職であっても、独自の資金調達ルートを保持しているものだった。強請り、かっぱらいだけでは、派手な遊びはできない。
彼のルートとは、暴力団との連携だった。覚せい剤やトルエンを暴力団から買い、それを市中に売り捌く。暴力団が直接売ると、摘発されたときに、組ごと一網打尽にされてしまう。ので、組員ではないが息のかかった者を使うのだった。
リスクは高いがリターンは大きい。今日は、その暴力団から覚せい剤が卸される大事な日だったのが、いざ直前になって、組の方から明日に変更しろ、と一方的な連絡が入ったのだった。
「取引は明日にしろ、だと? 何様のつもりだ!」
「連携」と言うよりは、「傘下」同然の位置に扱われていることに、我の強い毒錆は耐えかねていた。
「オレを舐めてんじゃねぇぞ!」
電柱を蹴っ飛ばして憂さを晴らす。本来「喧嘩上等」の彼は、暴力団と幾度となく揉めている。以前似たようなことがあった際には、偉そうな幹部の顎を蹴り上げてやったものだった。……そのせいで、毒錆は組内で極端に冷遇される羽目になったのであるが。
だが、今は我慢するしかない。リーダーから、「目立つ行為は禁止」との厳命がメンバー全員に下っているからだった。
「ちくしょう!」
腹立ちが収まらず、なおも電柱を蹴り続ける。彼は普段の素行も相まって、とうに警察に目をつけられている。彼の根城である繁華街近辺で取引きなどしようものなら、あっというまに配備が敷かれ、手が後ろに回ってしまうだろう。
だから、こんな辺鄙で不便な高架下駐輪場を場に選んだのだ。
本来は、このような面倒事は「ドクさんの手下1号」を公言している山刷吾郎に任せているのだが、彼は最近、妙に反抗的になっていた。のらりくらりと言い逃げられ、結局は毒錆自らが行かなければならなくなったのだった。
「魔法さえ使えりゃ、こんな窮屈な思いしなくてすむのによ! ちくしょう! 真雲の野郎ッ!」
勢い、怨恨は、魔法の使用を禁じた魔法所持グループのリーダーにも向けられる。生来人の言うことなどに従えない毒錆としては、現状が苛立たしくて仕方がない。
毒錆は怒りで頭に血が昇っており、寸前まで、前方の異変に気付かなかった。
駐輪場のフェンスが見えた頃に、ようやく、異常事態を察知した。ざわついている。彼の親しんだ、鉄火場の匂いだった。
「ナニしてやがる、コラァ!」
血の気の多い毒錆は、こっそりと接近、などできない。雄叫びを上げながら一目散に駆け出した。
自転車置き場には、ついさっきまで2人いた。過去形である。1人は既に物言わぬ躯と化していた。遺体を一瞥する。血の海に沈んだ、若いサラリーマン風の男。酷い出血は、首からだろう。即死に違いなかった。
その傍らに立つ、おそらくは幼い少女。
なぜ確定形でないかと言えば、その小柄なシルエットは、ワンピースを着ているものの、お面を被っていたからだった。縁日の夜店で売っているような、安っぽいセルロイド製のお面。特撮ヒーローがモチーフであることが多い、通称セル面である。少女?の被っているのは、一昔前の5人戦隊もののお面のようだった。色はピンク。
得体のしれない少女の手には、血に濡れた細く薄い刃物。
「なんだ、テメェ!」
毒錆が大音声で怒鳴り上げた。性別や年齢は、毒錆の判断基準にはない。
少女は大男にあまり興味がないようだった。首を左右に振る。
「なーんだ。アンタは、ヒーローじゃないわ」
外見で決めつけたのか、早々に断定した。
「なんだぁ?」
誰がどう見ても、少女は殺人犯である。そして、まともではない。
突如毒錆に、物騒なアイデアが過ぎった。
――ちょうどいい。このガキをブッ殺して、オレを舐めきっているヤツらに、“繁華街の悪太郎”毒錆右近の健在を、知らしめてやろう――
地下に棲息する者たちには、いつの時代にも共通する法則がある。「命知らずが、幅を利かせる」という鉄則が。
毒錆は、肉食獣の如き猛悪な笑みを浮かべた。
毒錆右近は、八木誠志と似たり寄ったりの現状です。性格が違うので行動も違う、という対比にしてみました(笑) 八木は電柱蹴ったりしません。
解答13:「八木誠志」の語源アナグラムはなんでしょう? ヒント・彼の役割(笑)
八木誠志⇒やぎせいし⇒ぎせいしや⇒ぎせいしゃ 犠牲者、です。他に比べて簡単だった、という意見をいただきました。サジ加減、難しいですね(未熟者)。
岳飛 様が正解しました! 答えてくださってありがとうございます! 私が投稿してから、解答してくださるまで7分。すごいです(笑)
【余計な補足】
記述にないように、八木誠志と会っているときには、少女はお面をつけていません。




