ヒーロー<楽園編25話>
「魔女たちの夜宴」が、第二回モーニングスター大賞の一次審査通過しました!
昨日発表だったんですね。確認して驚きました。
いやー、好きで書いてるとはいえ、なんか、こういった形で評価してもらえると嬉しいですね。
当分、幸せな気分に浸れそうです(笑)
八木誠志は疲れていた。高架下を歩く足取りが重い。
兼ねてからの希望だったSEに、2年前に就くことができた。だがその会社は、ブラック寸前の激務を社員に強要する。終電に間に合えば良い方で、大抵はタクシーでの帰宅だった。給料は貯まる。なにせ、使う暇がないのだ。
今日は、朝から顧客の会社に出向し、「動かないぞ!」とクレームをつけられた自社製システムをチェックしていた。
冷たい視線に曝されながら、細部に至るまで調べてみたが、さっぱり問題は見つからない。結局、客の使い方に問題があったのだが、頭を下げるのは八木の役割だ。「買ってもらう側」は常に弱い。
時計を見ると、12時5分。すでにくたくたで、帰宅したいのはやまやまだったが、そうもいかない。午後一から、別口の呼び出しが待ち構えていた。
「……んー?」
最近めっきり落ちた視力で道を漫然と歩いていると、妙な感覚を覚えた。この昼日中に、人がまったくいない。
「空間のポケットってやつか」
どんなに込み入った場所でも、人間の生活時間の関係で、ぽっかりと人の出入りが絶えることがある。八木が経験するのは初めてだが、実益はないので、特段ありがたみは感じなかった。
そこに、1人の小さな人影が現れる。
自分1人の独占空間ではなかったことも、残念には思わない。
八木は鈍った頭で、少女を観察する。SEになって以来、顔色を窺うのが癖になっていた。
まだ幼かった。小学校低学年の域を出ていない。1人で遠くまで出歩かせるのが、まだ不安な年齢だった。
(ま、他所様の教育に干渉する元気はないわな)
八木にとっては、今日昼食を摂る時間が確保できるかどうかの方が重要だった。
すれ違う直前、少女が眼前に来たとき、小さな足が止まった。濁った頭に疑問符を浮かべ、少女の顔を見る。あどけない顔の少女は、期待に顔を上気させて、八木に話しかけてきた。
「ね、アナタ、―――?」
紡ぎ出された単語が消化できず、脳細胞に沁み込まない。
「……は?」
社会人としては叱られそうな言い方で聞き返す。
少女は、同じ言葉を繰り返した。
「アナタ、ヒーロー?」
やはり、意味が理解できない。ただ、八木は自分がヒーローではない自覚だけはあった。ブラック企業で、顧客に頭を下げて回るサラリーマンをヒーロー認定したくなかった。
「い、いいや、ヒーローじゃない」
少女の期待が失望に変わりかけたことが、表情から悟れた。
「……ううん! 自分で知らないだけかも!」
小さな頭をぶんぶんと振って、何やら新たな仮説を立てようとしているようだ。少女は背中に手を回す。背中から、細長い物体を取り出した。
それは、細く砥がれた刃物だった。ナイフと呼ぶには細く、薄い。どちらかと言うと、柳刃包丁を削って細くしたような印象だった。
「は……え?」
「さあさあ、ピンチだよ、ヒーロー!」
明確な殺意を乗せて刃を振り上げる。笑顔と殺意のギャップに、反応が遅れた。
灼け付くような痛みが全身を駆ける。右手の甲を裂かれ、血が噴き出した。
「い、あ、痛ッ!」
右手が血にべっとり濡れ、熱さと痛さに見舞われる。
異様だった。ただの小さな子どものはずなのに、勝てる気がしない。映画で見たような、エイリアンか化け物とでも相対している気分だった。
八木は背を向けて逃げ出した。譬え相手が刃物を持っていなくとも、立ち向かう気にはなれなかっただろう。
背中に激痛が走った。かなり深く切りつけられたようだった。痛みをこらえ、足を動かす。
「さ、変身してよ、ヒーロー!」
嬉しそうな声が追いかけてくる。逃げた。手と背中から血を振り撒きながら、逃げて、逃げた。
逃げ続けた先は、どん詰まりの、高架下駐輪場だった。フェンスに囲まれた行き止まりを見て、立ち尽くす。頑丈な網の目には、都合よく破れ目は走っていなかった。よじ登る体力もない。
「変身、しないの?」
すぐ背後で、声がする。
「できないの?」
失望が響く。八木は、少女の形をした何かと向き合わざるを得なかった。逃げ道は、少女が塞いでいるのだ。
遠くから、人の気配がする。空間のポケットは脱したようだった。ただ、叫んで助けを求めて声が届くか、また、届いたと仮定して、すぐに駆けつけてくれるほど相手が義理堅いか、には、著しく不安があった。猶予はない。独力での時間稼ぎは必須だった。
鞄には、ノートパソコンが入っていて、それなりの重量がある。投げつければ、それなりの脅しにはなりそうだった。左ポケットには万年筆が入っているが、これはできることなら使いたくなかった。
鞄を投げつけて、その隙にこの袋小路から脱出するしかない。ただ、なんとなく、鞄を投げようが、万年筆を向けようが、少女は躱さない気がした。
「やっぱり、“さらりぃまん”はヒーローじゃないのかー」
少女は落胆の色を隠さなかった。人を殺そうとして、気張っている様子は微塵もない。それが不気味だった。
「そ、そらっ!」
鞄を投げつける。少女は無防備だった。顔面にぶつかる。
バシャ。
命中した刹那後には、少女の姿が消えた。青黒い液体を撒き散らして。まるで、そこにいた少女は、最初からから泥水の塊であった、とでも言うように。
だが、少女のあった3歩ほど後ろに、唐突に同じ姿が現れる。
「2秒前」
少女が、奇妙なことを言った。
久しぶりに出題。
問題:「八木誠志」の語源はなんでしょう? ヒント・彼の役割(笑)
アナグラム問題の解答が滞ってますが、突然出すと「誰だっけ?」みたいなことになりそうなので、再登場した際に答えを書きます。




