彼女の事情<楽園編24話>
誰も望んでないだろう四ツ角望夢の挿し絵を描きました(笑)
ときどき、おっさんが描きたくなるようです。
24話の、四ツ角初登場時の部分に挿入してます。
「おっと、5限は移動教室だ、お先に失礼するぞ」
話し合いが一区切りついたところで、予鈴が鳴る。伊勢乃木貴美は立ち上がった。
「ありがとうございました。助かりましたよ」
七瀬は礼を言って、生徒会室から送り出す。貴美は意地悪く微笑んだ。
「構わんよ、“貸し”にしておく」
無料ではないということだった。
「はいはい、労働で返しますよ」
誠意のこもっていない返答に、貴美が注文を付けた。
「却下だ。御祝書記がいつも締まりのない顔で自慢している、妹さんに今度会ってみたいな」
「え? 言い方に特大のトゲは感じますけど、そんなことでいいんですか? じゃあ……次の日曜とかどうです? 近所にオリオンっていう、美味しいケーキの店があるんで、奢りますよ」
妹のことになると、途端にガードが甘くなる兄だった。
「ふむ、日曜だな、期待しているぞ」
背を向けたまま手をひと振りし、生徒会室の主は去っていった。
「見た見た! 超ビックリしたっての!」
“生まれてこの方、敬語使ったことがありません”と顔に書いてある青年が、2人組の刑事に向かって唾を飛ばしながらまくしたてている。
東洋玄時警部補と豊文光一刑事は、湯橋毅の暴行を目撃したという者から、話を聞いていた。豊文の地縁だから時間を盗んで捜査している、というだけの話で、管轄違いの労働だった。
そうまでして、豊文刑事は後輩の無実を願っている。東洋警部補には別の思惑があるが。
だが、そこまで労力を費やしても、状況は芳しくない。
「どの男性でしたか?」
4枚の人物写真を見せる。一応、念のためにダミーの男性写真を3枚混ぜ込んでいた。
「うん、コイツ!」
だが、豊文の願いに反して、目撃者の指頭は迷いも停滞もせず、湯橋毅を指示した。
「……ありがとうございました」
豊文は見るからに気落ちしていた。これで3人目。目撃者3名が、ほぼ同じ証言、つまり信用できる証言である。豊文が良かれと思って始めた越権捜査は、湯橋の有罪を裏付けるだけのものになりそうだった。
「おほっ、そうだ! オレッチ、そんときの警官、ケータイのカメラで撮ったんだった! 刑事サン、見る? 見る?」
目と鼻の先で起きた暴行を前に、悠長に撮影をしていたらしい。どんな神経をしているのか、と豊文は気味悪く思った。
「えー……それは、ですねー」
「是非拝見したいですね。お願いします」
映像が残っていたならば、これ以上ない決定的な証拠となる。不利な材料を増やしたくない余り、思わず断ろうとする部下を遮って、警部補は要請した。
「オッケーオッケー!」
青年は上機嫌でスマートフォンを取り出す。
「んー……あれー?」
だが、すぐに青年は首を傾げ始めた。
「うん、やっぱり、コレ、だよなー……?」
自信なさそうな手つきで差し出された画面には、湯橋毅は映っていなかった。
代わりに、別の見知らぬ人物が、映っている。
「……これも、決定的瞬間には違いないですが」
東洋警部補が画像を覗き込んで言う。困惑気味の口調に反し、心中では喝采を上げていた。
「いや、絶対撮ったはずなんだって! 日時も合ってるし、殴ったポーズ? もこのまんまだった! なんでか替わってんけど」
舌をもつれさせながら話す。説明しながら、だんだん自信を失ってきたのか、声が尻すぼみになっていった。豊文にとってはただの戯言にしか聞こえない。だが、東洋警部補にとっては、値千金の情報と映像だった。
青年の言い方は軽いが、記憶力も証言も信用のおけるものだった。日時も犯行時刻と一致する。被害者が、同じ日時に別人にも殴られる、という偶然は、まずありえないだろう。
つまり、実際に酔っ払いを殴打したのは、湯橋毅ではない。
「この画像、送っていただいて宜しいですか?」
なおも言い募ろうとする青年をなだめつつ、お願いした。
(魔法所持者のセンが濃厚になってきた。瓢箪から駒だ)
警部補は、有能無能を決定するのは、行動力の有無でしかないと考えていた。
「今日のは良かったな、うん!」
生徒会室を出てからすぐの女子トイレで、伊勢乃木貴美は鏡に向かって語り掛けていた。幸い、個室にも洗面台にも他の生徒はいない。
「なんだか、ぐっと距離が縮まった気がするぞ! ……おっと、スカートの丈を戻さなくては」
昼休憩に、生徒会室に書記がいることは、前から分かっていた。なので、入る前にこうして丈を調節していたのだった。よって、書記以外の他の誰も貴美の校則違反を知らない。
「次は、七瀬書記、と呼んでみようか……。いや、図々しいと思われるかもしれんな」
真剣に考えこんでいる。校内で、この生徒会長とお近づきになりたいと思っている男子生徒は、星の数ほどいるのだが、貴美の意中はそこにはなかった。
「妹さん……優雅ちゃんと言ったな。たくさん話をしなければ。いい子に違いないだろう。子どもが喜ぶ会話も調べてみるか」
マメな性格である。
「日曜か……楽しみだ」
鏡に映った生徒会長の笑顔は、薔薇もかくや、といった具合に輝いていた。
リーノ・カラスの正体について、なんとこの段階で正解した方がいらっしゃいました。
「匿名希望」とのことなので、名前は非公開とします。
正解者様曰く、「オカルトが好きなんです。黒い肌、”ギロチン”の辺りで分かった」とのこと。鋭いですね。




