ロウプレイス&ライトプレイス<楽園編14話>
「魔女たちの夜宴」が、9月12日の”期待の小説日刊ランキング”2位にランクインしました!
嬉しさのあまり加速装置が発動したようで、3日で書けました。
場面は相変わらずの「警視庁24時」です。
録画映像を見る用意ができた。
「事故現場の近くにコンビニがあってラッキーだったすね」
そのコンビニの入り口をとらえている監視カメラが、亜蘭樹が撥ねられた瞬間を録画しているのではないか、と地取り部隊が押収してきたのだ。
監視カメラの映像は、1週間ほど保存したのちに上書きされていくので、その前に接収する必要があった。
レコーダーを接続する。コンビニ内部の映像が映る。壁も扉も透明なので、外がよく見えた。
「問題の時間まで、早送りしますよ」
事故が起きた時刻まで早送りする。2人は、ガラスで隔てられた店外を注視した。画面の端に、女性が姿を現す。
「あ、これが被害者の亜蘭樹ですね」
画面が粗く、小さいが、カジュアルな服装は確かに事故当時の身なりだった。
そこに、別の人影が割り込んでくる。早足で、亜蘭のすぐ背後についた。不鮮明な画像で顔までは見て取れないが、かなり特徴的な外観だった。
「ずいぶん、恰幅のいい人だね」
「ええ、すっごいデブです」
飾らない言葉で同意する後輩。率直すぎる。この悪癖を治さない限りは、重要なことは任せられないな、と上司は改めて評した。
女性は20代前半か中頃に見て取れるとか、ワンピースでボブカット、といった、外見上の特徴が吹き飛ぶほどの肥満体だった。90kg以上はありそうだった。ひょっとしたら100kgに達しているかもしれない。身長は低いので、押し潰されたような印象を受ける。
唐突に亜蘭が歩みを止める。呼びかけられたのかもしれないが、さすがに音声は拾えていない。ちょうどそのとき、暴走車が突っ込んできた。亜蘭に衝突し、急激なターンをして、真横の壁に激突する。
「うわぁ。目撃者の証言通りとはいえ、映像で見ると、来るものがあるっすね」
さすがに少々堪えたらしい後輩。
「んー……」
だが、警部補は別の見方をしていた。眼前で起きた事故などまったく眼中にない様子で、太った女性がその場をあとにしているのを見たからである。まるで、自分が無傷で助かるのは当然、とでも言うように。
「……なんだか、車が後ろの巨漢女性を避けたように見えるね」
事故の直前に声をかけたようであるし、知り合いかもしれない。
「さすがにそれは偶々じゃないすか? 本鳩勇が故意にしろ過失にしろ、そんな仏心起こす余裕なかったでしょ、この土壇場で」
後輩の指摘の方がもっともだった。――魔法を疑わない者にとっては、という枕詞がつくが。
何を疑おうと、この「事故」は、既に被疑者が特定されている。だがそれは、警察関係者しか与り知らぬ事実だった。
「……ん?」
警部補は違和感を覚えた。事故の前後で、何かが足りない。勘に近いものだが、勘の出処は大抵経験である。信頼に値するものだった。
「ごめん、光一君。もう一度事故の直前から流してくれる?」
「はーい」
文句を挟まず、すぐに指示に従う後輩。こういった上司の機微に反応できるところは、警部補も評価していた。
再び激突の瞬間を眺める。今度は被害者や車だけではなく、画面全体を広い視野で観察した。事故が起こり、肥満女性が場を離れてゆく。
「あ、ストップ」
今度はすぐに気付いた。遠ざかってゆく肥えた女性は、ハンドバッグを2つ抱えていた。右手のブランドものらしいバッグは、輪禍の直前まで亜蘭樹が提げていたものだ。
「うわ、火事場泥棒すか。目の前で死人が出たってのに、大胆っていうか、マトモじゃないですね」
後輩は呆れ半分怒り半分で感想を漏らした。
確かに、まともではない。人が無残な死を遂げ、且つ自分が九死に一生を得たことに無反応。あまつさえ、死者の取り落とした金品を持ち逃げする性根。
察知していた、と考えるのが自然だ。もっと言及すれば、事故を引き起こした張本人かもしれない。その推察に至れるのは、この巨大組織の中にある東洋警部補のみなのだ。
(おそらく、“魔法”所持者だねえ。“占い”では、あんな近所にいるなんて出なかったが……まあいい)
東洋警部補は手で口を覆う。万が一にも、隣の後輩に見られないように。幸運という生きものは、ペースを守らない。毎日一回、などと律儀には訪問せす、来るときは雪崩さながらに一時に連なって降ってくる。
(今日は大収穫だ。やはり、自分の足と目で稼ぐもんだな)
人知れず、警部補はほくそ笑んだ。事故の目撃者は2人いるが、この女性の存在と行動はどちらも供述になかった。おそらく、こちらから「こういった人を見ませんでしたか?」と尋ねれば、「あ、いましたね」と躊躇なく肯定したことだろう。事故のインパクトが強すぎて、他の出来事にフィルターがかかっていることは、往々にして存在する。
特に目撃者の2人は、事故の巻き添えで骨折などの重傷も負っている。外界に配慮する余裕は一層なかったことだろう。そのせいで、映像ではこのような目立つ人物でさえも、目撃談から漏れることがある。
「でも、事故には無関係すよね?」
「ああ、捜査本部は立たんだろう。被疑者死亡で終了、だ」
内心とは裏腹なことを平然と言ってのける。
「ただ、公僕として、証拠映像まである窃盗を見逃すわけにはいかないな。身元割り出すか」
至極もっともな理屈を並べて、本来の目的を糊塗する。身元を容易に割り出せるのが、国家権力の強みである。
後輩はこっそりため息をついた。昨日、やっと捜査本部が片付いたばかりだ。もう5日も家に帰ってない。もう少しだけ、羽根を伸ばしたかった。
「成績優秀な警部補だが、一緒に組むと仕事が増える」
との評判は間違っていなかった。だが、上司自らが骨を折ろうというのに、部下がそれを厭っていては、組織は成り立たない。これから湯橋毅の件に関しても協力してもらわなければならないことも考えれば、一生この警部補に頭が上がらないだろう。
「了解です。この体型ならそう手間はかかんないですよ」
即答して、パソコンの撤収にかかった。
窃盗は隠語で「ウカンムリ」です。アナカンムリじゃねーか! とかツッコんではいけない。
解答8:「湯橋毅」巡査の語源は何でしょう? ヒント・拠点。今は使わなくなった言葉?
湯橋毅⇒ゆはしつよし⇒はしゆつしよ⇒はしゅつしょ⇒派出所 でした。今は交番で統一だった気が。




