ドッグワルツ<楽園編13話>
今回の場面は、楽園編1話(69部)と2話(70部)に関係のある構成です。時間が巻き戻ってるとかではなく、タイムテーブルは一貫してます。ノリが「警視庁24時」みたいになってます(笑)
時代遅れのおすすめ本コーナー(笑) 池波正太郎は戦国・江戸時代の風俗に詳しく、とにかくおもしろい&勉強になります。この人自身、剣術をたしなんだり、食道楽だったりしてたからでしょうか。「剣客商売」が好きな人も多いと思いますが、私は「鬼平犯科帳」が好きです。「鬼火」と「迷路」がお気に入りです。
その窮屈な店には、店長以外には従業員がいなかった。
「……ぃらっしぇーい」
陰気な声には、商売意識というものが感じられない。が、ご時勢柄か、防犯グッズ専門店としてそれなりに収益は上げていた。リモコン電子錠、スマートリムロック、盗聴器発見器などが売れ筋だった。
ただ裏では、この店は四の五の言わず、簡単にサバイバルナイフ等の刃物を売ることでも有名だった。時間と予算さえ折り合いがつけば、取り寄せもしてくれる。他に、店長の好みで行う「サービス」があったが、こちらはイマイチ需要がない。
客が陳列棚に目もくれず、一直線にレジに来た。預かり証を差し出す。店長ははっきりと客を見ない。お互い知らない方が幸せであろうし、興味もない。
「あー……、まいど」
店長は一旦奥に引っ込むと、紙袋を提げて戻ってきた。客はすぐに「物」の確認を始めた。手に取って、折り曲げたり、長さを測ったりしている。こういった執着を見せる客が、店長の考える「いい客」だった。その刃物が、どんな使われ方をしようが、彼の与り知るところではない。
「……うん」
客は言葉少なめだが満足そうに頷くと、財布から後金を支払った。総額15万円は安くはない金額だが、充分お眼鏡に適ったようだ。
加工するのに手間がかかったとか、西洋ナイフのようにはいかなかった、とかは決して言わない。余計な詮索と勘繰られるようなことしないのは、商売ごとの鉄則だ。
「あらっしたー」
足早に去っていく客を、同じく陰気な声で送り出した。
警部補は、使われていない会議室を勝手に占拠して、後輩を待っていた。ゴールデンバットに火を点ける。警察署内は全館禁煙になったばかりだが、愛煙家はどこ吹く風である。
「先輩、地取りサンから借りてきましたよ」
相棒を組んでいる若い刑事が、部屋に入ってきた。レコーダーを抱えている。
「すまんね、光一君。使いっぱしりみたいなマネさせて」
警部補は片手を上げて迎える。捜査は基本2人1組で行うが、年配と若年が組むのが通例である。自然、上下関係のようなものができる。
「構わないっすよ。“警部補の使いだ”って言ったら快く貸してくれました。あちらさん、事故だろうってんで、気軽なもんでしたよ」
働き盛りの後輩は、昨日も徹夜だったというのにまだまだ元気だった。
「ま、そうだろうね。科捜サンには後で持ってくから」
早速、パソコンをセッティングする。が、後輩は作業の手を突然止めた。
「それで、ですね。コレとは別に、警部補にちょっと面倒な“お願い”をしたいんですけど」
いつになく神妙な面持ちで、後輩は切り出す。
「……言ってごらん」
先を促す。この段階で渋ると、後々の信望に響く。人を使う立場にある警部補は、5年先を見ていた。
「新天地交番に、俺の地元のヤツで、湯橋ってヤツがいるんですよ」
説明を重ねようとすると、
「ああ、2年前に卒配された、湯橋毅巡査のことだね。それで?」
こともなげに補足する。一瞬後輩は目を丸くしたが、「この先輩だったら、市内の職員の名前と顔を全て憶えてるんだろうな」と自己解決した。
「ソイツがですね、今、ヤバいことになってるんです。なんでも昨日の夜、酔っ払いを殴りつけたとかで」
不祥事をもみ消してくれという、お定まりのお願いか、と警部補は関心を失いかけた。
「それは自業自得じゃないかい?」
「いえ、真面目で慎重で、そんなことするタイプじゃないですよ。それにとびっきり妙な話で。目撃者が2通りいるんです」
先輩の関心を引き戻そうと必死に説明する。警部補は記憶の引き出しを開けて、職員名簿の顔を思い出す。熟練の刑事ならば、だれでも訓練してできるようになっている技能である。若い後輩にはまだ無理だろうが。警部補の瞼の裏にある湯橋毅の顔は、確かに蛮勇を奮う部類には思えなかった。
「2通り?」
義理90%で質問する。
「風俗店の前で酔っ払いオヤジを殴りつけるのを直で見たのが3人。ほとんど同時刻に、パトロールでK山方面に自転車漕いでるのを見たのが2人、です」
風俗店街とK山では、それなりに距離が開いている。
「ツヨシ本人は、K山にパトロールに出てたって証言してます。殴ったのは別人だと」
興味が復活してきた。が、そのこじれた状況なら、誰でも“パトロール派”を主張するだろう。
「幸い、どっちの目撃者にもツヨシを知ってる人間がいました。けど、声を揃えて本人で間違いない、と」
どちらも信用するならば、同一人物が別々の場所に存在していたことになる。
「毅巡査は去年のクリスマスイブに、サンタさんに“年始暴走族取り締まりが忙しいんで、もうひとり自分をください”と願ったのかい?」
「熱心な仏教徒っす。ついでに言うと、今時陳腐な双子トリックでもないすよ」
真顔で答える後輩刑事。先輩の興味が甦って、軽口をたたく余裕が出てきた。
「ただ、被害者は怒ってるし、最近妙な小競り合いとか、傷害事件とか多いじゃないですか。あそこの上は、長いものに巻かれろの長幸署長ですからね。ツヨシを懲戒解雇にしてサッサと捜査を打ち切るんじゃないかって、心配なんです」
警部補は沈黙で肯定した。新天地の責任者、長幸之利署長は、ひたすら上の反応を気にしているような人物である。解決などより、上に睨まれないことの方を優先するだろう。
警部補は煙草をふかして思考の整理を始める。
(魔女の生き残りか? あの辺りはまだ占ってなかったな。あれから数か月……魔法を試してみたくて、蠢いているのか?)
現に彼の組織の若者たちも、暴発しそうな雰囲気を漂わせ始めている。
魔法使いを発見できれば瓢箪から駒だし、最悪でも後輩に恩は着せられる。それなりに使える部下だ。
「ん、分かった。この件は飲んでおく。ただし、縄張りが違うから、穏便にな。光一君にも動いてもらうぞ」
「了解です! 恩に着ます!」
元気よく光一刑事は叫んだ。
問題:「湯橋毅」巡査の語源は何でしょう? ヒント・拠点。今は使わなくなった言葉?
問題:「長幸之利」署長の語源は何でしょう? ヒント・この人の生きざま(笑)
チョイ役にも、アナグラムを使ってます。




