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辻に立つ悪魔

少しずつ話が進んでます。

 入り組んだ路地を逃げ回るうち、すっかりと方向感覚を失ってしまった。


「アレも立派な怪異だよなあ。天罰装置はどうしたんだ。“特別な”使い魔さん、神様は今日も安息日なのかい?」


 機械仕掛デウス・けからエクス・てくるマキナが機能しないことに不満をこぼす七瀬。


『あら、ナナセは、どうして競馬が犯罪ではないか、ご存知ではないのですか?』


 薄い笑みで質問を返す使い魔。真意が分からないままに答えようと考える。


「だってケイバは胴元が……え?」


 言わんとしていることをぼんやりと察して、思わず絶句して足を止める。何度目かのつじを前に。


「それって、“魔法売ります!”の胴元、じゃなかった、ええと……」


 言語化しようとした矢先、優雅がひざをついた。


「優雅、平気かい?」


 聞こえないと分かってはいても、声をかける。少女は右足を引きずっていた。捻挫ねんざでもしたらしい。無理もない、見えない中を必死で走ったのだ。健常な七瀬でも呼吸を乱している。思わず握った手に力が入った。


「……? 大丈夫よ、まだ走れるわ」


 付き合いが長いだけあって、七瀬が考えたことを察したらしい。だがどんなに強がって見せても、もう限界に違いなかった。


 後方から気配が伝わってくる。土地勘のある優雅の眼が不自由なことが不幸だった。

 そこいらに家があったとしても飛び込むことも出来ない。事情を説明する間に、樋口が襲い掛かる。標的を増やすだけのことだ。


 辻を見る。どこに曲がっても、大通りや繁華街には出られる気はしなかった。しかもこれ以上走るのなら、優雅を背負って逃げることになる。思考が悲観的になっていた。


「どうすれば……フェレス?」


 同伴していた使い魔は、辻の中央に立っていた。


『ナナセ、貴方には2つの道が用意されていますわ。1つ目は、足手まといをオトリにして自分だけ逃げ切る、という道です』


辻に立つフェレスが冷然と告げる。


「おい、何言って……」


 七瀬の反論は弱々しい。口には出さずとも、心の奥底でうごめいた可能性だったからだ。


『ユウガさんは、軽挙に飛び出して窮地に陥ったのですから自業自得ですわ。ナナセがそれに引きずられて冥府への行程を共にする義務はありませんわよ? 生き延びて必死に探せば超常の世界やわたくしと縁を切れる機会があるかも知れません。そうすれば、平穏な生活に戻れる』


 幼女が淡々と喋る。朝の登校中に見せた無邪気さは霧散してしまっている。どちらが本性か。

 七瀬には、フェレスがゲーデに見えた。辻に立ち、訪れる人間に生と破滅の2択を選ばせる道化の死神に。


『2つ目は、視覚も聴覚も失った足手まといを抱えて戦う道。不幸にして、ナナセの味方は目の見えぬ同級生と、腕の利かぬ使い魔しかおりませんよ? どちらを選ぶか、自儘じままになさいませ』


 薄暗い中、白尽くめの輪郭だけがかすかにゆらめく。非現実な光景だった。


 どちらが生で、どちらが破滅か。


 ……ああ、これは、悪魔の誘惑だ。


 七瀬は漠然と悟った。そう言えば、フェレスは自分が何者であるか語らなかった。


 七割の男には、昔の書物で酷似した光景を読んだ覚えがあった。悪魔にそそのかされて契約を迫る博士の挿絵と共に。あれは、一体何という物語であったか。




挿絵(By みてみん)




 足音が響いてくる。焦りばかりで頭が回らない。まるで己の脳の七割が機能していないのではと勘繰るほどだった。


「う……僕は……」


 七瀬が七割の男と異名を授かるのは、楽な方へ逃げる癖があったからではない。努力を避けて通っても、深刻な事態に発展しないと体験したからだ。軽薄な関係性しか持たぬ子どもの社会では、10割の力を尽くさずとも、自分以外の誰にも迷惑がかからない。


 だが、今の困難にそれを応用することはできない。優雅の命が天秤にのっているからだ。


「七瀬……? どうしたの?」


 何のリアクションも起こさない少年に優雅が心配そうに訊ねた。耳が聞こえない少女には今の会話が文字通り耳に入っていない。


「いや……悩む必要なんてないじゃないか」


 自分に言い聞かせるように言葉をつむぐ。


「樋口は僕の顔も見てる。ここで1人逃げても、住所なんていくらでも調べられる」


 或いは、住所録のために学校を襲う可能性すらある。フェレスの言う「平穏」どころか、災禍さいかが拡大するだけの話だ。


「それに、確かに安易に飛び出した優雅は拙速せっそくだったけど、他人を心配してとった行動だ。それを“自業自得”と見捨てたくはないんだよ、僕は」


 もう1つの動機を――七瀬にとってはこちらの方がはるかに重要だったが――考える。


「だから、樋口啓二ひぐち・けいじを止める。危ない橋を渡ることになるけど、きっとそれは逃げたって同じだ。なら腹をくくった方がいい。“危うく生きよ”ってニーチェ先生も言ってるしね」


 16年の人生で1番の決意をこめて宣言した。


 フェレスは不機嫌になるかと思いきや、嬉しそうに七瀬にまとわりついてきた。


『よろしい、それでこそわたくしのナナセですわ! あんな木っ端下衆(こ ぱげす)相手に後ろを見せるなど業腹ごうはらですもの!』


 言葉遣いが乱雑なのは、それほど狂喜しているからなのだろう。


「てっきり反対するかと思ったんだけど。死ぬかもしれないし」


 何せ、具体的な方策は霧の中なのである。


『わたくしのナナセの器量は、あの下衆げすごときに決して劣るものではありません』


 どうやら随分買いかぶられたらしい。評価の七割は過大評価だと確信したが。

 七瀬が感じたのは、「逃げない」という選択が「フェレスにとっての正解」だったことだ。


 ならば、もし「1人で逃げる」――不正解を選んでいたら対応はどうなっていたことだろう。

 想像することを止めた。


「どこにいるっ、出てこいっ!」


 地獄から響いてくるような声だった。


「ち、ともかく移動しよう。広いところに出ればいいんだけど。頼むから、行き止まりなんかには出てくれるなよ、南無三なむさんっ」


 優雅の手をとり、勘に任せて左に折れる。願いは半分受理され、半分は却下された。そこは行き止まりではあったが、古びた建物がそびえていた。陰惨な雰囲気をかもし出している。

 随分昔に遠目で見た記憶と一致した。


「ここは……“廃屋”……か。近くで見ると余計に雰囲気あるね」


 思わず気圧される。だが、引き返しても樋口と鉢合わせする公算が高い。


『……薄ら寒い気分になる家屋ですわね。なにかが……』


 意外だったのは、怖いもの知らずだと思っていた使い魔が、廃屋を見てあおい顔をしていることだった。

 吹けば飛ぶようなあばら家にそれほどの因縁があるのだろうか。


「ええい、隠れるにはもってこいだ、季節はずれの肝試しといこう」


 優雅の手を引いて表札のない門をくぐり、立て付けの悪い扉を開けた。


続きます。

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