ミニゲームと儀式<楽園編11話>
大嶋剛司くんの転機が迫ってまいりました。
大嶋剛司が、赤髪の不良ゴローに殴られ、這う這うの体で帰宅した夜。彼は鈍く痛む鼻を押さえつつ、ベッドに寝転がっていた。
10分間だけ、誰かになりすませる魔法。
リーノ・カラスが授けてくれる<死刑囚の姿見>を使用して、痛い目を見てしまった。それも後押しして、どうも有用に使いこなせるビジョンが見えないでいた。
「一回溜めて、10分の効果か。オモシロいっちゃオモシロいけどな……ハズレじゃないか?」
変わるのは認識だけで、腕っぷしや頭脳が変化するわけではない。上手い使い方が思いつかず、剛司は渋い顔をした。
ただし、剛司は無意識の段階で、ある可能性をフィックスしている。
「まあ、リーノとのコミュニケーションツールと割り切ればいいか」
と思い定めようとする。
この時点での大嶋剛司という少年は、そういう人間だった。
『違うよー、ごーしお兄ちゃん』
悪魔の囁きに耳を傾けるまでは。
『お兄ちゃんは、誰にでもなれるんだもん。欲しいものとか、簡単にゲットできるよ!』
嬉しそうに力説する。曖昧な言い方であるが、真意は明白だった。使い道も様々あろうに、この幼女は、「悪いこと」を題目に掲げているのだ。
悪事に生かせる。
それは、剛司が無意識の領域で取り下げた可能性でもあった。
「う? うーーん……そうかな……?」
剛司の気持ちが揺らぐ。限定ガチャの時など、大金が欲しいと思ったことなら数えきれないほどある。むしろ、大金が欲しい、時間が欲しい、○○が欲しい、といった欲は、誰しもが抱くものであろう。
それがないと言い切れるのは、確率一厘を切る聖人君子か、確率8割を超える偽善者のどちらかである。
リーノ・カラスは、いわば「誰でも持っている願望」を突いて、蛇を出そうとしているのだった。
9月20日 夕方
大嶋剛司は放課後、1人でファストフード店に来ていた。不味い100円のコーヒーで、2時間も粘っている。
スマートフォンの画面では、リーノ・カラスがはしゃいでいた。右手にはめた犬を模した手袋<クーちゃん>を突き出す。
『じゃあ、次のゲームいっくよー♡ 文字を読み上げるから、タイプで打ってね! 制限時間は20秒だよー!』
カウントダウンが始まる。剛司は必死でスマホを操作した。昔、パソコン等であったタイピングゲームと同じようなミニゲームだった。
『エヒロム、ツァバト、シャダイ……』
「え、エヒロム……ツァバ……」
意味も分からない単語をひたすら入力してゆく。
『しゅーりょー! よくできましたー♡』
幼女が拍手する。何とかクリアできたが、下のゲージはあまり増えていない。
リーノ・カラス(とクーちゃん)に唆されて――本人にその自覚はないが――<死刑囚の姿見>の使い方を考える気になったが、肝心のゲージは遅々として増えない。
「ちょっとトイレ行ってくる」
気分転換に、用足しにでかけた。スマホをテーブルに置いて行ったのは、リーノが女性人格だからだろうか。
『……もうちょっとかな?』
リーノの声音は、別人のようだった。
『でも、ごーしお兄ちゃんがやる気になってるうちに、その気にさせないと』
スマートフォンが、誰も手を触れていないのに起き上がった。ガラス窓を通して、店外を観察する。遠くのゴミステーションで、小さな生き物が争っている。餌を巡って、ノラ猫とカラスがケンカをしていた。
『あれでいっか。いっただっきまーす!』
手袋の<クーちゃん>を突き出して、パクパクと口を開閉する。ぱしゃり、と音がして、カメラ機能が作動した。同時に、ノラ猫とカラスが消失する。
『うー、くさくておいしくなーい! でも、儀式魔力は溜まったかな?』
自律的に生贄を求め始めた少女だった。
「ふー」
便座に腰を下ろし、剛司は息をゆっくりと吐いてリラックスした。リーノと一緒にいると楽しいのだが、一種妙な緊張感がある。
「誰にでもなれる、か」
人付き合いが悪く、交友関係が薄い剛司だが、気になる女性がいないわけでもない。
それは、2年の生徒会長だった。凛とした佇まいに、憧れに近い感情は持っている。
ただ、具体的にどうしたい、といった願望はあっても、<死刑囚の姿見>をどのように活用すればそれが実現にこぎつけられるのか、さっぱり分からなかった。
「それに、絶対普通のキャラクターとかじゃ、ないよなあ……」
頭が一層うなだれる。今まで考えないようにしていたが、ここに至ってはそうもいかない。
何をどう考えても、リーノ・カラスは、「ただのソーシャルゲームのキャラクター」ではない。ゲージや「魔法」が現に行使できるようになるなど、あり得ることではない。
加えて、ミニゲームに興じているときなどに、不意に悪寒が鎌首をもたげるときがある。気軽なゲームを装って、実は、何かしらのとんでもない企みに加担しているのではないか、という恐怖に憑りつかれることがあるのだ。
ただ、たとえ使い道が思いつかなくとも、せっかく手に入れた余人の持たない(と思われる)力は、手放すには余りにも惜しかった。手放した瞬間、自分が、「ただの人」に戻ってしまうような錯覚にとらわれている。
そしてそれ以上に、リーノのいない生活など、想像できないものになっていた。
自分がほんの少しずつ、変質してきているような違和感がある。針の先程度の感覚だが。
ただ、コピーを限りなく経由し続けた用紙が、最初の原形を留めなくなってしまうのと同様に、いずれ自分も、似ても似つかない、まったくの別人にすり替わってしまうのではないだろうか。
「……ま、いいか」
不審なもの全てに蓋をして、剛司はトイレを出た。
実は、リーノなどの「スマホ内住人」の名前にも、重大なトリックがあります。
ただし、ストーリーの設定上、トリックは相当に性悪です。理由は必ず語られますが、
当分先になります。




