生徒会長による御祝七瀬考<楽園編6話>
120ページぐらい先まではできてるんですが、
モチベ低下中につき、ペースが少し遅れそうです。
「御祝書記。“フクヌシユウガ”という名前を知っているか?」
御祝七瀬は、意志力を総動員して湧き上がる動揺を収めた。
福主優雅。忘れるはずのない、かつての友人の名前。“ヴァルプルギスナハト(ワルプルギスの夜)”に消え、ヒトでなくなった少女。
「ユウガ、は多分、キミの妹と同じ漢字を用うのだろうな」
貴美は続けている。
「…………聞いたことないですね。その“生徒”が、どうかしたんですか?」
平静を装う。自然と、警戒色が先立った。なぜ知っているのか。「彼女」の記憶は、総ての人間の心から取り払われたはずだ。その穴埋めを、自分がこうして行っている。本来生徒会書記であったのは、フクヌシユウガだった。
「いや、貴美としても説明に困るのだが……」
生徒会長は困ったように頭を掻く。
「こうして生徒会室に居るとな、ときどき奇妙な感覚に囚われるのだ。物事の流れと言おうか、空気と言おうか。それに違和感があるのだ。なのに万事が問題なく運ぶ」
懸命に言語化しようとしている。
「いつも通ってる道が、まっすぐのはずなのにある日突然カーブしている、とか、絶対そこに人がいるはずの場所にボールを放ったら、誰もいなかったとか。まあ、そんな感じだ。とにかく、本来とは違う道理になっているように思えるのだ。いつもその点に至ると、フクヌシユウガという名前が頭に浮かぶ」
場の記憶、というやつだろうか、と(言い訳のための)読書家だった七瀬は考える。なにも「憶える」という機能は人間だけの従属物ではない。
大抵の人間は、どこかの機会に、自分の情報を「発信」している。ただし、聞く側にそれを解凍するソフトが無ければ、消化できない。相手を真に理解するのに必須なソフトなのだが、言いたいことを垂れ流すだけの者には、終生備わらない。
伊勢乃木貴美は、恐ろしく高性能の解凍ソフトを備えた人物であるらしかった。
「なんとなく、御祝書記なら知っている気がしたのだ」
わざと言葉を濁したことは、少年にも分かっていた。
だが、ストレートに話すわけにはいかない。信じてもらえる証拠がどこにもない。なにより、彼以外の“魔女たち”が動き出す危険を、他ならぬ「フクヌシユウガ」から示唆されたことは記憶に新しい。余計な知識は、身を滅ぼすきっかけになりかねない。
「……僕たちをそんな名前の亡霊か悪魔が、見守ってるんじゃないですかね? きっと、お節介焼きなんですよ」
少年は、辛うじて答えた。一応、嘘ではない。
「そうか、ならば貴美の考え違いだ。忘れてくれ」
生徒会長は、書記を追求しなかった。
校門の手前で、伊勢乃木貴美は書記と別れた。
「……嘘が下手なことだ。20点だな」
小さく独り言ちる。書記――御祝七瀬が、嘘を吐いていたのは明らかだった。彼は、“フクヌシユウガ”について知っている。それも、相当深いところまで。
彼は、「フクヌシユウガという名前に憶えはないか」という問いに対して、「そんな“生徒”は知らない」と答えた。なぜ、フクヌシユウガが、学生であると決めつけたのか。知っているから以外の解答が見つからない。
そもそもが、御祝七瀬の存在そのものが不可思議なのだ。貴美はかなりの数の生徒の名前と顔を記憶している。御祝七瀬のことも、4月には知っていた。だがそれは、悪い意味で印象に残らない生徒として、でしかなかった。
彼女が七瀬を「意識」し始めたのが、5月。
そう、七瀬の印象が、4月と5月以降でまるで異なるのだった。まるで、別人を疑えるほどに。
守秘義務の都合があるので公に話したことはないが、貴美は親と祖父の仕事の関係上、多彩な「人種」と接する機会を得ていた。彼女の「解凍ソフト」は、そういった経緯で体得したものである。
“5月以降の七瀬”は、修羅場を潜り抜けた強さを持っているように思えた。
少年が4月に生徒会に入った記憶に齟齬はない。
だが、“5月以降の七瀬”は、生徒会の業務についてまるで無知で無力だった。もし、性根が“4月の七瀬”と同じだったならば、貴美は少年を生徒会から叩き出したことだろう。
だが“5月以降の七瀬”は懸命に「何か」になろうとしていた。貴美が七瀬を見たときに抱いた感想である。彼を無視できなくなったのも、このときからだった。
ひょっとしたら、この矛盾の鍵が“フクヌシユウガ”かもしれない。
分かって嬉しいことではなかった。これ以上、追及する気もなくなった。
御祝七瀬の顔を見てしまったから。
フクヌシユウガの名前を出したときの彼の表情は、一生忘れることができないだろう。
親近感、同情、愛情、友情、連帯感、悲しみ、哀れみ、苛立ち、後悔。実に複雑に感情が溶け合っていた。名前が付けられぬほどに。
プラスの感情だけで結べる対人関係など、浅くて脆い。表情を見ただけで、フクヌシユウガが、御祝七瀬の人生に大きく絡まっている存在であると知った。
「喋らなかったのではなく、喋れなかったのだろうな。……その若さで、いったい何を背負い込んだ?」
悲しい声は、誰にも聞かれることはなかった。




