願い
解決回です。
優雅の瞳がすっと細くなる。黒矢の鎌首が5度、上向いた。
「根拠を聞かせてもらえる? 私も、簡単には引き下がれないの」
意志力を総動員して、会話を継続させているようだった。
『わたくしも興味がありますわ。ナナセは何に気付いたのです?』
使い魔も興味を持ったようだった。
「トランクが果たすのは、単なる取替えっこじゃない。状態まで完全に引き継ぐんだ。例えば服とか、怪我とか。だから優、君は“優雅ちゃん”の服を着て、その子の家のベッドで寝ていた。そして」
「……入れ替わる前の私が着てた服や負った怪我は、“優雅ちゃん”に押し付けられた?」
言葉を継いだ。少年は頷く。
「僕は目撃者でも証人でもないから、憶測を憶測で繋いだだけの仮説だ。説得力の3文字は君自身が補強するしかないんだけど、ここまではどうだ?」
少女は反論する材料を探すため、顰め面で記憶をたどる。
そして、思い出した。思い出したくもない、「優雅ちゃん」の死に顔。頬に大きな傷が残っていた。
てっきり、父親の暴力でついたものだと思っていたが、あの位置は。
「私にあったはずの怪我が、“優雅ちゃん”に移って、た……」
七瀬の推測を裏付けるものだった。
「なら、君の提唱した、“手足を切ってでもトランクに入る”という策は実行できない。入れ替わったあとの“福主優雅”が、手足を失った状態を引き継いで、生きてられるか?」
「うっ!」
優雅が呻く。
「生き返った途端、失血死だ。“福主優雅”をもう1度殺すだけで終わる」
鋭い一言だった。黒矢は影に沈み、少女の身体が崩折れる。
「無理なんだよ、その願いは……だから、だからっ……死にたいなんて言うなよっ!」
生きていて欲しい。それが個人のエゴだと知りながら、七瀬は叫んだ。
「でも、外に方法なんて……」
否定しないのは、無意識に憂慮していた可能性だからか。それでも縋るしかなかった。
「お前の言う“優雅ちゃん”を、完全に元に戻す方法はない」
追い討ちをかけるように断言する。
「だが、完全じゃない解決法なら、ある」
半拍置いて、付け加えた。
太陽が、地平線より僅かに顔を覗かせた。
《今は夜と朝の端境の時。生還した汝ら、望みを》
荘厳な声が脳内に響く。神か、その代行者の声なのだろう、と直感的に理解する。七瀬は預かり物を地面に並べた。
銃弾は砕けてしまったので、残りはトランク、ウエストバッグ、水筒、クーラーボックスの4つ。
「このトランクを使って、――――――ことは可能かい? 何せ神様のご褒美だ。これぐらいの常識破りは大目に見て欲しいな」
七瀬にとっても確信があったわけではない。大きな賭けだった。
《可である》
即答だった。
「よ、良かった」
少女が膝をつく。だがそれは先のように絶望に拠るものではなく、安堵だった。
「全部が元通りじゃない。でも、考えうる中で最も良い解決策だと思う」
少女は涙をぬぐわず、何度もうなずく。
「うん。うん……!」
『自分を罰せられないのは残念かもしれませんが。償う方法は後で考えれば良いのですわ』
珍しく、フェレスがユウガのフォローに入った。
《他の望みはいかに》
少年はもう1つ、決めていた願いがあった。琴音の持っていたクーラーボックスを引き寄せてバンと叩く。
「これの分の願いで、フェレスの“人間だった時の名前”を教えてくれ」
『え? わたくし、の?』
フェレスにとっても寝耳に水だった。
「君がいなければ、到底この夜を乗り切ることは出来なかったんだ。これぐらいの恩返ししても、バチは当たらないさ」
『ナナセ!』
使い魔が契約者に飛びついた。
だが、
《不可である》
超常の主はにべもなく却下した。フェレスはうなだれ、七瀬は仰天する。
「ば、バカな、さっきの願いに比べたら、容易い願いだろ! クーラーボックスの中に、フェレスの名前を書いた紙きれ1枚入れといてくれればいいんだ! 足りなければ、ウエストバッグの願いも、水筒の願いの分もこれに使う!」
ユウガの願いを叶えるのと同じく、七瀬には譲れぬ願いなのだった。
『ナナセ、いいのです。これはわたくしの罰なのです……』
《望む答えは、既に汝の内にあり》
諦めの言葉にかぶせるように、脳内の声が続ける。七瀬が硬直した。台詞を反駁する。
「僕の、内に? ……それって僕がもう……」
フェレスの名を知っている、ということか? ユウガも顔を上げる。
「昔会った事があるとか? 以前読んだ新聞とか、それともテレビで……」
それほど昔ではない、と思った。本人が忘れたような昔や些細な出来事のことを、声の主は言っているのではない。
エネルギーを全て脳に回す。フェレスも固唾を呑んで契約主を見守った。
「ダメだ、キリがない。フェレスの行動に幽かでもヒントがあるんじゃ……」
今度はフェレスに出会ってからの出来事を必死に反芻する。はたと、ある場面で思考が止まった。
(なんだか懐かしい気分になる穴ですわね)
あの時は樋口に追われて気に留まらなかったが、あれは何を意味するのか。
そして、フクヌシユウガの告白。
「あ……え……?」
《汝に問う。其の名や如何に》
少年が答えに行き着くのを待っていたように、荘厳な声が2度問う。
「フェレスの人間だった時の名は……優雅。福主優雅」
震える声で答える。
《汝は、真を答うた》
もう一波乱あります。




