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フクヌシユウガ

クライマックスです。

 数千本の黒い矢が、夜空に伸びてゆく。飛び立つのではなく、シャフトの部分が伸びてゆく。


 全ての矢が、1本の仕損じもなく、中空で旋回する拷問ごうもん車輪を貫いた。車輪と矢は、共に破砕される。

 3125基の運命の輪は、3125本の矢に撃ち落とされる。

 粉砕された鉄輪の破片が、氷雨ひさめのように降り注いだ。


わらわ銀輪兵団ムーン・クラスタが……! 何事じゃ!』


 さすがのロックブーケも、何が生じたのか咄嗟とっさには知見できなかった。


 意識が帰還した優雅が半身を起こした。ロックブーケがわずらわしげに少女を見やる。


「ゆ、優、雅、逃げ……」


 七瀬が、息も絶え絶えに叫ぶ。


 優雅は静かに歩み寄る。表情は、感情が消え去ったように冷たい。七瀬の知る少女の面影はなかった。

 いつの間にか、手には黒いやじりのようなものが握られている。矢で、七瀬に絡みついていた蛇を突いた。たちまち、黒蛇は悲鳴を上げて少年から離れた。


「た、助かった。でも……今のは一体……」


 肩で息をする七瀬。喉にはあざが痛々しく残っていた。だが、そんな肉体的な痛みは、心理的な混乱によって半ば麻痺している。


『やはり……!』


 フェレスが眉根を寄せる。


ハーベバルト(取り込み屋)を、悪霊を、追い散らしただと? 小娘、貴様……』


 ロックブーケが顔をひそめる。少女めがけて振り下ろされた鎖は、半ばから朽ちた。獲物に届く遥か前に、影から突き出した黒い矢に千切ちぎられていた。


「今のは魔法? 優雅が? そんな馬鹿な。でも、取り込み屋が効かなかったのは?」


 優雅が魔法を使ったという事実を、肯定できないでいる七瀬。


面妖めんような。貴様、どうやら呪いを有しておるようじゃの。まあよい、所詮しょせん小石程度の懊悩おうのうよ。リンドウの茶番のお陰で、端女はしための名も憶えておる故な。まさかなんじ、あの程度で我が悪霊を為留めたとは思っておらぬだろうな?』


 貴人ロックブーケの不運は、福主優雅に関わる、あらゆる場面に居合わせなかった点である。タンカー然り、林道然り。


 ともすれば、このフクヌシユウガが、そうなるように動いたのだろうか。


 悪霊は、主が魔力を注げば注ぐほど強力になる。黒の貴人がようする膨大な魔力を注ぎ込めば、人間如きに防禦ぼうぎょするり方など存在しない。


『下郎共々、地獄で仲良く嘆くがよい。出でませい、ハーベバルト(取り込み屋)! フクヌシユウガをくびり殺せ!』


 惜しげもなくおびただしい魔力をつぎ込み、名を指したもの全てを取り殺す悪霊を呼ぶ。


「だめ、だ!」


 七瀬は思わず目を閉じた。


 少女は、反応しなかった。


 悪魔の影から黒蛇が伸びる。


 だが、蛇の目は赤く変化しなかった。命令を受け付けられない、というように。どうしていいか分からず、平面蛇はウロウロと所在なくロックブーケの周囲をさ迷うばかりである。


 悪魔がもう1度下知(げち)を下しても、結果は同じだった。


『……? 貴様の名は、フクヌシユウガだったはずだがの?』


「……人違いよ、きっと」


 優雅の顔色は、青白かった。疲労し尽くしているように見える。半ば死相に近い。


『取り込み屋が動かぬとは、経緯いきさつは知らぬが、名無しのようじゃの、貴様』


「そう、福主優雅は盗んだ名前よ、娼婦しょうふの悪魔。貴方あなたに用はないわ。そろそろ退場して頂戴ちょうだい


 優雅の影から、幾本も連なった黒矢が持ち上がる。鎌首を持ち上げた矢は、瞬きする間にロックブーケの胴を貫いた。触れた箇所が陽炎のように歪む。


『愚かな端女はしためが。人間如きがわらわに……ヒィッ!』


 ロックブーケの驚愕きょうがくの声は、己の身体が矢が触れた箇所を中心に、急速に朽ちてちりになっていくのを目撃したからだった。


『まさか、この矢は……死を』


 顔の半分が崩れていく中で、辛うじて言語化した。


「ええ。慎重に観察してたら、林道先輩を追い込んだことにも気づけたはず。見くびらなければ、あなたの勝ちだったのに」


 喋っている最中に、黒い淑女は不意に消えた。


「殺した、わけはないわよね。逃げたか……。結構深手のはず。夜宴が終わるまで大人しくしてくれればいいけど……」


 ひとりごち、少女は七瀬に向き直る。

 

「メフィストフェレスを殺した? 優雅……いや……まさか、3年以上知ってる顔にこんなことくことになるとは思わなかったけど……」


 戸惑う七瀬。彼の知っている「福主優雅」と造作は同じはずなのに、眼前の少女は絶望的に違う。違うと感情が訴えている。

 震える声で、相手に問う。


「君は一体、誰なんだ……?」



 福主優雅を盗んだと言った。


 ではこの少女は。


 ただ1人、使い魔だけは冷静だった。おもむろに起き上がり、服にかかっていた水車の塵を丁寧に払う。


『やはり貴女が、最後の魔女、でしたか』


「そうね。きっと、救われぬ、救われてはいけない魔女、ね」


 身を起こした少女は、冷たく答えた。




挿絵(By みてみん)



続きは明日投稿します。もうすぐ完結です。

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