第3の悪霊
カフェモカが美味しいので頑張れました。
ロックブーケが高らかに勝利宣言をした。
『ナナセは殺させません!』
踊り出ようとしたフェレスに、5,6基の鉄輪が殺到する。
空手の使い魔は、敢え無く撥ね飛ばされる。群がった拷問車輪たちが、手足を下敷きにして動きを封じた。
『痛っ!』
重量に気丈なフェレスが思わず悲鳴を上げる。
『傍聴人は大人しくしておれ』
先のスイングが最後の抵抗で、既に抗う余力など無いことは、貴人も了知している。念を入れた拘束は、怒りの顕れなのだろう。
「フェレス!」
少年が駆け寄ろうとするのを、数十基の環が妨害する。喧嘩屋を失った七瀬が近寄ったところで、なにができるものでもない。が、苦悶に歪む“相棒”を見ることに耐えられなかった。
譬えその相棒が、1時間後にいなくなるとしても。
気を失ったままの優雅も気がかりだった。
(まさか、喧嘩屋から“帰って”これてないんじゃないだろうな……?)
危惧するが、貴人に気取られるわけにはいかない。却って動きを見せないせいで、優雅はロックブーケの意識の外にいる。死んだと思っているのかもしれない。
事態を察して、「気を失ったふり」をしてくれているのであればいいが、と願った。
『汝の裁判じゃ。ナナセとやら。裁判を始める』
真実、淑女が最も憎んでいるのは、七瀬だった。取るに足りない筆頭。なのに、今回の首謀者で、総てのことにケチをつける切欠となった小石。
劣るモノを甘く見るのは、林道との共通点だろうか。
『これで閉廷とする。判決、魔女認定・死刑』
厳かに裁判は終了した。
開廷時間4秒。
「は、ハイスピード裁判……!」
『ナナセ、そもそも、魔女裁判は有罪死刑しかありえませんわよ?』
拘束されつつも突っ込む使い魔。
裁判という体裁をとっているだけで、生かして返すつもりなどないのが魔女裁判である。
黒い貴族が七瀬を見逃すつもりがないことも、同質であった。
『厳正なる審問の結果、貴様は魔女であり、死刑と決まった。さて、処刑方法じゃが……』
さすがに、この土壇場で助かるというような、甘い期待は全く持てなかった。
「しゃ、車輪轢き?」
七瀬が慄く。魔女認定された者を車輪にくくりつけ、手足の骨を折って死ぬまで曝す、中世の恐ろしい処刑法である。
不幸せなことに、現状、車輪に事欠かない。
『それも一興じゃが、折角の舞台じゃ。極東の流儀に合わせてやろう。縛り首でな』
何一つ嬉しくない気遣いだった。
『出来損ないには使役う機宜がなかったのでな些か歯痒い思いをしておった。貴様に取って置きを披露してやろう。出でませい、ハーベバルト!』
呼ばわると、淑女の影から、1本、細長いものが這い出した。黒くて長い、平面状の蛇だった。厚みは全くない。動きは鈍く、地面をゆっくりと蠢いている。
『いけません! 取り込み屋は、最上級のメフィストフェレスのみが使役できる、最悪の悪霊ですわ!』
フェレスが悲鳴を上げた。
この蛇こそが第3の、そして最も忌むべき悪霊であった。
『ハーベバルト、ミイワイナナセを縊り殺せ!』
下知が下されると、平面蛇がカッ、と血のように赤い両眼を見開いた。不気味に爛々と赤く輝く眼だった。地面をゆっくりと滑って来る。
「く、くるなっ!」
七瀬が石を投げつけるが、意に介さない。2次元に存在する蛇に投擲など、無駄な行為だった。
喧嘩屋は争いを狩り、握り屋は物を掠め、取り込み屋は命を摘む。
1度真名が知れれば、どのような防衛を講じようと、防ぐ手立てはない。必ず標的の首根に至り、絞首刑へと導く。
ロックブーケが、この必殺の悪霊を従前使役しなかった理由はいくつかある。
当面の敵であるフェレスが、自分の真名を忘れており、効力がないこと。
強力な悪霊だけに、多大な魔力を消費する。なので、弱く脆い七瀬に、そこまでする必要を感じなかったこと。
呪い殺しても、達成感が得られないこと。
等々である。
だがどうやら、この夜の締めくくりに、椀飯振舞することに決めたらしい。
歪んではいるが、悪魔なりの、七瀬に対する賛辞なのかもしれなかった。
蛇が七瀬の足に到達した。途端に、体が麻痺したように動かなくなる。
黒蛇は、蛇行しつつ、ゆっくり足を這い上ってきた。重さは難じない。ただ、近くにいると、舌を頻繁に出し入れする様子が伝わって不気味だった。
蛇は首に達すると、やおら円を描いた。蛇の胴体が、首を1周する。
「ぐっ?」
即座に、七瀬の息が詰まった。
『ナナセ!』
フェレスがもがくが、4基がかりで手足を押さえつけられているので如何ともしがたい。
懸命にもがくが、実体のないものが相手では、空しく手をばたつかせるだけだった。
『下郎の名を口にするのは業腹であったが、気慰みにはなるのう。快事快事』
黒い貴人は、愉しそうに処刑を見物している。
七瀬は理解した。この悪霊は、物理的に首を絞めているのではない。こうして、“生命”を奪っているのだ、と。そして、それを邪魔立てする方策は、自分には無いのだ、と。
同類の喧嘩屋が健在だったならば、或いはどうにかできたかもしれない。だが、無いものねだりに過ぎなかった。
間近に忍び寄る死の気配。力が抜けていく。瞼が重く、目を開けていられない。
七瀬は抵抗を諦めた。
最期と思い、使い魔と少女を見ようと、やっとのことで目を開ける。
かすれた視界に映りこんだのは。
夜空に伸びてゆく、数千本の黒い矢だった。
インチキ裁判シーン終了です。




