魔女と位階
精査してたら、またもや難産になりました。
『確かに可能性はゼロではありませんが。失敗すれば、身投げと同じですわよ?』
作戦を聞いた、フェレスの第一声である。
「し、しょーがないじゃないか、これしか思いつかなかったんだから。ほら、ゲーテ先生も、“何も出来ないと考えているより、世の中で1番つまらぬことをする方がいい”って言ってるし」
思いつかない方が良かった、というのが本音である。
『足も満足に動かせぬ喧嘩屋で、どうやって移動するつもりですの?』
七瀬は狼の孤影を見上げた。3人の会話中も狼は膨れ続け、中規模のビルよりも高くなっている。
4階建てのアパートを、口に入る限界まで含み、牙で噛み折る。
1口で2階建てに改築してしまった。
そして、本体は2階分成長する。
「まだ高層ビルよりは低い。自分の足で高層ビルの屋上まで登って、それから喧嘩屋で飛び降りればいい。向こうから口を開けて迎えてくれるさ。本体はフェレスに降ろしてもらう」
『博打ですわね。ワンちゃんが食事に夢中でナナセに気付かなければ、地面に甲冑の押し花ができて終わりですわよ?』
事実そうなのだから、返す言葉もない。
『ですが、わたくしも賭け事は好きな方です。ベットいたしましょう。代替案も出さず反対を声高に唱えるのは愚者の行為ですもの』
フェレスは賛同した。若干、優雅を牽制している向きがあるが、他に建設的な案もないのだった。
「私は、賭け事嫌いなんだけど」
優雅は至極当然、ギャンブルに否定的だった。
「私達が危険を請け負うことで、誰かが助かるかもしれないんだから、仕方ないわね」
ため息を吐きつつ、しぶしぶ反対意見を引っ込めた。
少年は、「私達」という発言が気にかかった。どうも、投身自殺一歩手前の愚行に、自分も含めているような気配である。
「優雅は避難しててくれ、気休めだけど」
先手を打ったつもりだったのだが、
「七瀬を放りだして行くわけにいかないでしょ。何かできることがあるかもしれないし」
少年の勧告はあっさりと無視される。
『ナナセとは、わたくしが御一緒します。ユウガさんは必要ありませんわ』
「どうだか。聖書だと、悪魔って呼吸するように嘘を吐くらしいじゃない」
使い魔のトゲのついた援護射撃は、少女には通用しなかった。
「そ、それより、ロックブーケは放っといていいのかい? 今のうちに、トドメ刺したほうが」
話題の転換を図る、意外に苦労性になりつつある七割の男。
3人が、横たわる黒尽くめを視界に収める。
『無理ですわね。わたくしでは、彼女を殺すことはできません。わたくしは白のメフィストフェレス。対して彼女は黒のメフィストフェレスですから。あれで精一杯です』
表情には出さないが、フェレスは先の攻撃で死力を尽くしてしまっていた。
悪魔間に於ける不文律。
“メフィストフェレスは、より上位のメフィストフェレスによってしか滅ぼせない”
ロックブーケが痛手を負わされたことは事実である。
だたし、痛手と敗北は親戚ではあっても同一人物ではない。。
不完全な“白”い悪魔であるフェレスでは、準最高位“黒”を冠する石の花嫁を滅ぼすことは、到底不可能だった。
血や縁故に拠らぬからこそ、位階は統制力を持つ。教会の序列や、基督教の天使を律する「天上位階論」なども、そのことに言及している。
より高次元になればなるほど、力を有するようになるのが位階というものであった。
同様に、位階が総てを決するのが、“理から外れ”た、“光差さぬもの”たちの流儀であった。
無論、主人に滅しえないものが、悪霊に過ぎない喧嘩屋に実行できるなど埒外もいいところだった。
結論として、フェンリルウルフは別格としても、3人は黒い貴人を殺すカードなど持ち合わせていないことになる。
『あの様子では、邪魔をする気などないのでしょう、放置でいいと思いますわ』
『うむ、淑女とは腰が重いものよ。特等席というには見晴らしが悪いが、妾はゆるりとここで見物させてもらうゆえ』
貴人は嘲るように言った。
動けないのではない。身体を修復する時間が欲しいのかもしれないが、本命は別にある。
勝てもしない相手に、塵芥の如きものたちがどのように醜く足搔くか。
その、卑俗な笑劇を見たいだけなのだ。
「やっつけられなくても、何もできないならいいか」
七瀬は一先ずロックブーケの脅威を忘れることにした。
「ほら、急ぎましょう。もう、あの狼より大きい建物なんてほとんど残ってないわよ」
優雅が手を引く。立場がすぐに逆転するのは、両者の力関係の差だろうか。
(ですが……)
フェレスは七瀬を見ながら、心の中だけで呟いた。
(喧嘩屋は傷つき過ぎました。もう1度使役するのが限界でしょう。その1回すらも、満足にはもう動けないかも)
悪霊といえども消耗する。姿かたちは違えど、七瀬の甲冑もフェレスのぬいぐるみも、同じ“喧嘩屋”という1個体の悪霊なのだ。
七瀬は3度に渡る戦闘を繰り返した。
加えて、先のロックブーケとの戦いで散々に嬲られて、限界まで損傷している。
とても、杖殺しの狼などに立ち向かえる様相ではない。
だが、他に方法は無かった。
今の状況では、勝利の目は剃刀の刃よりも薄い。
『せめて……せめて、もう片方の、黒い甲冑が動けば……』
強い願望が、思わず声になって出ていた。
位階云々は、ほんのちょっとしたネタを仕込んでます。
次回から、怪獣大決戦です(誇張)




