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御祝七瀬の平凡な学園生活・改訂版

区切りの都合上、ちょっと短くなりました。

 翌日、七瀬はリビングのソファで起床した。


「ふああ。慣れないトコで寝たら首が痛いや」


 首を巡らせると、フェレスは少年が寝る前と同じくパソコンの前に座っている。使い魔がパソコンにかじりついて離れなかったので、10mも離れられない主はソファで寝る羽目になったのだ。


『このいんたーねっとは面白いですわね。時間をこれだけ省ける情報収集は過去に類を見ませんでしたわ』


 ディスプレイを見ると、なぜか“K市 事件、事故”で検索していた。


「事件とかで気になるヤツでもある?」


『わたくしの個人的な都合ですわ。ナナセの手を煩わせるには及びません』


 きっぱりとした拒絶。ただ、少年の目にはフェレスが少々苛立いらだっているように見えた。


「だからって、足でキーボード叩くのは大変だろうに。今日は和食にするけど、卵焼きと焼き魚は大丈夫かい?」


 昨日の夕食は洋食だった。途端に使い魔の機嫌が治る。


『大丈夫ですわ。人は洪水前は菜食だったらしいですが、肉食も背徳的で良いものです』


 ノアの箱舟以前のことを言う。どこまでが冗談か判断がつきかねた。


 朝食を終えると、七瀬はまるで13階段を上る死刑囚のような心境で家を出た。至極当然のようについて来る少女を止める術もない。


 使い魔は、通学路上にある道路や洋菓子屋を興味深げに観察している。


『ナナセ、あの小道はどこに? あっちの奇態な建物は?』


 次々に質問を重ねてくる。その様子は外見相応の年齢に見えた。大人びた知識や妖艶ようえんさを持っていると思えば、子どものようにはしゃぐ。なんともちぐはぐな印象の使い魔だった。


「あっちは海岸沿いに続く、良い散歩コースだよ。あっちのビルは4階全部が飲食店という食い倒れ仕様のビル。特に1階のケーキ屋は有名だね。帰りにでも買おうか」


七瀬もどこか嬉しくなって、質問に答えてやる。妹ができた気分だった。


 だが学校に近づくにつれ、緊張の度合いが高まってきた。知り合いに出会わないかとヒヤヒヤしながら見回す。

 クラスメイトが目にとまった。同時に対象もこちらに気づく。


「お、おはよう」


 ぎこちなく挨拶あいさつする。冷や汗を流す少年とは裏腹に、知り合いは奇妙な返事をよこした。


「よう、七割。なんだ? 犬のぬいぐるみなんか持って」


 笑いながら通り過ぎていった。あ然とした表情で見送った後、フェレスに視線を移す。


「……ぬいぐるみ?」


『わたくしは心理迷彩をかけることができるのです。魔力の素養を有する者は感づくでしょうが、大概の者には、今のわたくしは黒犬のぬいぐるみにしか見えませんわ』


 言っておりませんでしたっけ、と意地悪い笑みを見せた。わざと黙っていたらしい。


「今度から自己申告は早めにしてくれ。寿命が縮んだ。なんで黒犬かは分からないけど」


 何にせよ、停学、退学といった事態は免れそうだった。背に腹は替えられないとは言え、「ぬいぐるみ抱えた高校生」としてどんな噂が立つか激烈に気になったが。


 その後も、いぶかしげに――高校生がぬいぐるみを持っているように見えるのであれば当然だが――見られても、とがめられることはなく校門を潜った。


『本当にみんな同じ服を着ているのですね。軍隊みたいですわ』


 過分な比喩を聞いて、七瀬は思わず苦笑した。


「どっちかって言うと、画一的な人材を鯛焼きの型にはめて量産するブロイラー工場だね」


 大人に対する尊敬の念も七割の男だった。出来うる限りフェレスの好奇心を満たしてやろうと、あちこち歩く。体育倉庫や技術棟まで回ったところで、予鈴が鳴った。


 下駄箱で上履きに替える。フェレスの分として来客用のスリッパを拝借している時に、優雅と出会った。何とも形容しがたい表情をしている。


「何……してるの?」


 あきれと憤りと恐怖が程よくブレンドされた顔色である。


「こ、このぬいぐるみは、最近黒と犬に凝っていまして……」


 機先を制しようとして失敗し、あらぬことを口走る。


「錯乱しないの。その子は誰?」


 だが優雅の視線は、はっきりとフェレスを見据えていた。七瀬の視線は優雅と使い魔を交互に往復する。


「ゆ、優雅にはフェレスが見えるんだ」


『魔術の素養のある者には迷彩が効きませんから』


 一番バレたくない人物に発覚してしまった。白尽くめはなぜか不機嫌な顔をしている。


「ストライクゾーンまで三割引きになったわけ? 未成年者略取の罪は重いわよ? 犯罪者予備軍から予備軍が消えた少年N君」


 無自覚な魔術師予備軍の少女は、今にも警察に通報しそうな勢いだった。


「いや、後ろ暗いことはあるけど、そっち方面は冤罪えんざいでして……」


 政治屋のように日本語を悪用しつつ、昨日の出来事を自白した。優雅の柳眉りゅうびが次第に釣り上がる。


「七瀬は記憶力も七割なのかしら? 昨日、私がんで含めるように言ったことを覚えてるかどうか、脳みそをかち割って確かめてやろうかしら」


 腰に手を当てたポーズで怒られる。相当腹にすえかねたようだ。七瀬は居心地悪くイスの上で正座していた。そのひざの上でフェレスが正座しているので、江戸時代の拷問の気分を味わう。



「いやいや、どうかここは穏便に済ませて下さい。“友人なら欠点には目をつぶるもの”ってシェイクスピア先生も言ってることだし」


「欠点に目をつぶる代わりに、その節穴の目を潰してもいいのよ?」


 無反省な七割の男に剣呑な宣告をする。


『これが教室ですか。同じ部屋が幾つも並んでいるのですわね』


 元凶たる使い魔は、主の窮境きゅうきょうなどどこ吹く風で、教室見物に熱心である。ひとしきり説教を終えた後、優雅は容疑者を放免した。


「幸い、見えてるのは私だけなのね? なら大目に見るけど、執行猶予中だからね」


 無罪ではなかった。最初に誤魔化そうとしたことが検察側の心証を著しく害したらしい。


「フェレス、だったわね。今すぐ帰りなさい。ただでさえ七瀬は“良い大人になれない予備軍”から予備軍の3文字が消えかけてるんだから。胡散臭い人種は近寄らないで」


「えらい言われようだ」


 七瀬は冷ややかな声音に驚いた。平生の彼女はここまで露骨に嫌悪感をあらわさない。


『お生憎様、わたくしはナナセから離れるつもりはありませんわ。貴女が今後ナナセに近づかなければ万事解決する話でしょう』


 対する幼女も、七瀬と会話していたときの上機嫌さとは真逆の敵意を向けている。両者の相性は最悪らしい。


『わたくし、この方嫌いです。人造めいていて。お名前はフランケンシュタインですの?』


「ま、まあ仲良くやろうよ。“空気と光と友人の愛。これだけ残っていれば気を落とすことはない”ってゲーテ先生も言ってるし。……あれ?」


 とりなそうとして、大抵空席であるはずのある生徒の机に、カバンが置いてあることに気づいた。持ち主は不在である。


樋口ひぐち、随分と休んでたけど、今日は来たんだ」


 何を考えているか分からない、能面のようなクラスメイトの顔を思い描いてつぶやく。確か、親が学校ともめていたはずだ。


「2日前ぐらいから、親のクレーマー攻撃が急に止んだんですって。今日から来るって、樋口君が直接連絡してきたらしいわよ。いろいろ解決したんでしょ」


 優雅はその広い人脈上、様々な情報が入ってくる。ふーん、と気のない返事をする。特に仲が良い生徒でもない。HRが終わり、授業が始まっても机の主はやって来なかった。




 1限目は数学の授業だった。七瀬は退屈そうに公式と解法をノートに書き込んでいく。


『不思議ですわね。アラビア数字の講義なのに、XやYが並んでおりますわ』


 対してフェレスは真面目にひざの上で講釈を拝聴している。前方の席にいる優雅は、時折チラチラと後方の七瀬を盗み見ていた。執行猶予中ゆえに監視してるぞ、という無言の圧力を感じる。


『これを修めないと働いてはいけないとは、塵界(人間界)は複雑化したのですわね』


「感心してるとこ水を差して悪いけど、こんな知識大人になったら使わないよ。フレーベル先生も“子どもは5歳までにその生涯に学ぶ全てを学び終える”って言ってるし。アインシュタイン先生も“教育とは学校で習ったことをすべて忘れた後に残っているところのものである”って言ってる。偉人2人が言うんなら学校教育は必要ない、で間違いないだろ」   

   

 100年以上前の教育家と理論物理学者の言葉に力強く同意する。常日頃から考えていることだけに、引用にも力が入る。力を入れたところで教育が消えてなくなるわけではないが。


『それはどちらの御仁ごじんも、創造的活動とかこみゅにけーしょん能力が重要と言っているのであって、がっこうが無価値だと評しているわけではありませんわね、むしろ逆です』


 白尽くめの使い魔は実に的確に偉人の名言を理解した。


「……さいですか」


 自分に都合よく名言をねじ曲げたと言われたようで、七瀬は肩身が狭い。


「ところで、人間椅子もそろそろ限界なんだけど。主に腰」


 正座をやめて普通にイスに座っているが、ずっとフェレスをひざの上に載せているので痺れてきつつあった。背筋をぴんと伸ばしていなければならないというのも、七割の根性しか持ち合わせていない少年には厳しい。


『大変柔らかくて座り心地が良いです。ナナセの前世は立派な家具だったのですわね』


「肩凝らなくていいね、それ」


 与太を言っていると教室後ろの扉が開いて、1人の男子生徒が手ぶらで入ってきた。痩せぎすで、瞳の奥は濁って暗い。


「おー、樋口、戻ったか。体調は大丈夫か?」


 遅刻であるのに、教員は怒らなかった。労りの言葉も無視し、扉も閉めず席に着く。生徒達はいつものことなので特に反応しなかった。


「あれがさっき話してた、樋口だよ」


 フェレスが面白そうに遅刻者を観察する。


呑気のんきを決め込んでていいのですの、ナナセ?』


 フェレスが180度回転して向きを変えた。人間椅子だったのが、七瀬に向かい合ってまたがる体勢になる。


「へ? 確かに剣を呑む(剣呑けんのん)よりは気を呑む(呑気のんき)方が好きだけど、何が?」


 言わんとしていることに察しがつかなかった。


『あの下衆げすの体臭、血なまぐさいですわ。4、5人は殺してますわよ、きっと』


 七瀬の顔から血の気が引いた。

 


次話は夜に投稿するつもりです。

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