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ヴェールと偽装

フェレスの喧嘩屋の姿や能力も、彼女の心の象形です。

詳細は避けますが、ざっくり言うと「渇望かつぼう」です。

 フェレスには、あやふやな1つの仮説があった。それは、メフィストフェレスと契約者同士は、かれ合う=「似た性質」を持つのではないか、という、実に論拠の薄い仮説だった。

 何せ参考例が少ない。


 だが、「契約」とはそういったものだとフェレスは考える。


 古典のファウストとメフィストフェレスしかり。


 自分と七瀬は、「自己矛盾」という点で似ている。(おそらく)子どもにして、“世のことわりからはじかれた人間”となり、メフィストフェレスへとちた自分。幼くして、いったいなにがあったのか。知りたいと思いつつも、知るのを怖がる矛盾。


 七瀬もそうだった。心中で、価値に背を向け、無価値にすがっている。それは、危険と理解していながら、目隠しをして絶壁の上で踊る行為に等しい。


 だから、夜宴やえんに招かれた。遠からず、必ず、崖から落ちる。それでも、落ちるまで踊ることをやめない。いずれにせよ救えない。無価値に死んでゆく。


 ならば、夜宴で死のうと、構わない。(高き人)は常にそう考える。


 魔法を授けられ、夜宴に招待されるものの条件は、「無能」ではない。「何かを持ち、だがそれを活用する気のない者」をオージンは何よりも憎むのだ。


 ロックブーケ(石の花嫁)は口を極めて否定するだろうが、フェレスの見るところ、林道と淑女にも共通点があるように思えた。

 2人とも、超然ちょうぜんとした立場を好む。自分を大きく見せたがる。


 心を反映する両者の喧嘩屋ラーフボルドが、どちらも不死身然としていることからもそれがうかがえた。林道は頑健、ロックブーケが再生と差異はあったが。


 強壮さをアピールするのはなぜか。

 それは、林道と同じく、黒貴人の使い魔にも、“泣き所”があるからではないか。


 フェレスは、ずっとそれを探っていたのだった。毒蛇の巨体のお陰で、ロックブーケの死角に入ったところで、攻勢に移る。


 おのれの影に手を突っ込んだ。


『握り屋、舞台ですわよ!』


 白の少女の両手に握られていたのは、自分の身長よりも大きなアンカーだった。タンカーの錨を回収して、取り込み屋によってサイズを調整したものだった。

 体を反らせ、思いっきり反動をつけて投げつける。アンカーは死角を経由し、黒貴人に襲い掛かった。


ハルテフェスト(握り屋)、出でませい!』


 呼ばわると、ハンカチが鎖に変化する。装飾過多の黒い鎖は、蛇腹じゃばらのように伸びて錨をはじき返した。

 そこへ、ぬいぐるみが追い打ちをかける。クマのぬいぐるみが上の口から吐き出したのは、吞み込んだ毒蛇の牙だった。


『愚かな、使い魔にやられる悪魔がどこにいる』


 難なくかわしたロックブーケの面前を、アンカーが擦過さっかしていった。弾かれた錨は、ブーメランのように弧を描いて再び襲い掛かるよう投げられたのだった。

 怪我けがはないが、ヴェールが吹き飛んだ。


『おのれ、下らん真似を……』


 美貌を手で覆い隠し、怒りに燃える眼差まなざしを向ける。錨は又もや半円を描き、フェレスの手に収まる。


『見ました。この目でしっかりと』


 奇襲に失敗したはずの、白い使い魔が笑みを浮かべた。


『美貌が自慢の“元”ブランヴィリエ侯爵夫人が顔を隠してるなんて、おかしいと思っておりました』


 じっと毒蛇に貼り付いている仮面の群れをみつめる。1つに目を止めた。

 老いた修道女の顔。怨嗟えんさに歪んでいる。よく観察するとこの老女の仮面は、定期的に他の仮面と位置を入れ替わっていた。ひっそりと、絶え間なく、特定されないように。

 フェレスの目には、この修道女が、妖貴人の生前の姿であると確信できた。


『そこですわね。貴女の泣きどころは』


 くまが残った腕でかさたたみ、尖端せんたんに腹の口をつける。強烈に息を吸い込むと、蛇の腹に張り付いていた修道女の仮面が、鱗からはがれて、ストローとなった傘の先端に突き刺さった。


 接近して食いつくしか能がない、と思い込んでいたロックブーケは虚を突かれた。


『常にわたくしから隠していたのでしょう。ですが、判別さえつけば簡単な手品ですわね。仮面の数はおそらく108。貴女が生前に用いた108の偽名の形象なのでしょう? ならば当然あるはずですわね。ブランヴィリエ公爵夫人こうしゃくふじんつかさどる仮面が』


 ぬいぐるみが、傘ごと仮面を口に放り込む。ゲフッ、と黒いゲップを吐いた。


『貴女が捕まり、拷問ごうもんに処せられ、処刑された折の名前ですわ。貴女あなたの死の形象です』


 あれだけ食われても動じなかった大蛇が、仮面1つを食べられた途端絶叫して溶けていった。あとには黒い水たまりだけが残る。


『おのれ、貴様が記憶を失ってなければ、貴様の過去さえ知れていたら、手の打ちようもあったものを!』


 憎憎しげに吐き捨てる。負け惜しみではなかった。彼女には、フェレスにはない“とっておきの使い魔”が存在していた。ただし、絶大な力を持つその使い魔は、名を持たないフェレスには無力なのだった。


『そう、ですわね。わたくしもそれが残念です』


 使い魔の声には、感情が乗っていた。

今回はかなり難産でした。

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