毒婦の蛇と暴食ぬいぐるみ
喧嘩屋同士の戦いその2です。
ロックブーケは死体を操る。七瀬は、死体をどうやって仕留めればよいのか、困惑していた。
頼りの喧嘩屋は、フェレスに一旦返してしまっている。
『細切れにすればあるいは、ですが。不毛ですわね。それにしても』
ぬいぐるみを従え、仮面で鎧われた黒蛇を眺める。仮面は生きているように表情を歪め、呪詛の言葉を吐いている。
(痛い)(苦しい)(助けてくれ)(主よ、救いを)(どうしてこんな)(殺してくれ)
七瀬は聞くだけで目眩がして、思わず耳を塞いだ。
『100の偽名と100の生い立ちを持ち、1000の男を食い殺した毒婦にふさわしい使い魔ですわね、ロックブーケ。挙句に己を失い、メフィストフェレスに堕ちたというのに』
挑発の効き目はあった。淑女には似つかわしくない、乱暴な動作で地面を蹴りつける。
『抜かせ。一飲みにされるか、尾で縊り殺されるか選ぶがよいわ』
少女の前に立ち塞がるクマのぬいぐるみを見やる。
1mほどのクマのぬいぐるみ。総金属製の七瀬の甲冑とは違い、金属は皆無である。
目はボタンを縫い付けてある。爪も牙も薄っぺらい布製で、武器の意味を為さない。あとは、これまた布製のちゃちな傘を所持しているだけ。これでは、蛇はおろかネズミ1匹殺せそうにない。
蛇がムチのように尾をしならせた。音速を超え、音を後ろに従えて迫る尾を、クマのぬいぐるみは跳躍してどうにかやり過ごした。風圧だけでバランスを崩したので、傘を広げて落下傘にする。
なんともコミカルな動きをする喧嘩屋だった。
『招かれぬのに道化が舞台に上がるでない』
追撃すべく襲い掛かるムチ尾を、ぬいぐるみは口で受け止めた。ただし、頭部の口ではない。
『言いましたわよ? 噛み癖があると』
くまの腹部に、縦に大きな裂け目が出来ている。裂け目には乱杭歯がびっしりと植わっており、蛇の尻尾に噛みついていた。
黒光りする尾を、ぼりぼりと咀嚼する。蛇を、尾から仮面ごと食い始めた。仮面が一斉に悲鳴を上げるが、本体の蛇は痛がる様子もなく、乱暴に尾を振った。
跳ね飛ばされて地面を転がるぬいぐるみ。蛇は身長の4分の1ばかりを食われていた。明らかに体積以上の身を食ったくまは、おなかの口でおおきくげっぷをする。
『下品で見苦しい食し方よの。アレがキサマの形象か』
吐き捨てるように淑女が言った。使い魔が手傷を負っても、全く動じた風もない。
『ごちそうさまでした。仮面がぱりぱりとした食感で、美味しかったとくまちゃんが言っておりますわ』
『抜かせ。蛇が死と再生の象徴であることも知らぬのか』
ロックブーケが蛇を見やる。蛇はわずらわしそうに身をくねらせると、新たな尾が生えてきた。しかも、前よりも長大になっている。仮面も同様に再生していた。
ぬいぐるみの爪がぼろりと欠けた。
『そろそろ、仮面から瘴気を噴出しておることに気づいたかの? すぐに毒で腐らせてやる。無論、貴様もな』
フェレスの真白いスカートの裾に、黒い染みができていた。ゆっくりと染みは広がっていく。
『あら、気ぜわしい女性は殿方に嫌われますわよ?』
白尽くめは、眉を1本跳ね上げるだけの反応だった。
「と、殿方として気ぜわしくて悪いけど、短期決済でお願いできないかな」
七瀬はあちこち傷だらけだった。彼が猛攻を生身で凌げているのは、林道が魔法を使えないことと、動物のような本能に従った思考しかできないお陰だった。
いくらももちそうにない事は七瀬が1番感じている。そこに、
「七瀬、何があったの? り、林道先輩?」
戻ってきた優雅が、変色したかつての先輩を見て凝固していた。
『他愛もない。異変を察して逃げておれば良いものを』
ロックブーケが嘲笑する。
だが、怪異を前にして、自ら囮を買って出る性格である。事前に異変を察せたとしても、優雅は少年と使い魔を置き去りにしたまま逃げなかったろう。
「Oh……」
七瀬と“林道であったもの”は同時に少女を視認した。
「ギギ……!」
新たな獲物に襲い掛かるべく、七瀬を無視して背を向ける。林道の理性が残っていたら、決して見せないであろう隙だった。
七瀬は背後から組み付き、羽交い絞めにした。
「す、すごい力だ……! 優雅、少し離れててくれ。殺せない……対処法がないんだ」
こう着状態になったことを、少年は悟った。あとはフェレス如何で運命が変わる。
ぬいぐるみの裂けた口が蛇の頭を噛み砕いた。しかし、頭部も再生する。対照的に、食いついたクマの口まわりが浅黒く変色して崩れつつある。
『ゆるりとしておるだけで壊死してゆくのう。じゃれつくしか芸が無いのか』
勝ち誇るロックブーケ。漂う毒に侵され、ぬいぐるみの右腕が変色して落ちる。傘も骨組みだけを残してはげ落ちてしまった。形も残さず腐敗するのは時間の問題だった。
だがフェレスは己の喧嘩屋の惨状に惑わされず、冷静に蛇を観察していた。
2作同時書くって、楽しいですね(疲労)




