林道の泣き所
構成考えてたら、遅くなりました。
「くそっ、くそっ! 何で脚がねえんだよ!」
喧嘩屋の胎内で、林道が毒づいた。一刻も早く逃げたいのに、彼の喧嘩屋には足がない。
目の前の鎧兜は、勝ち目がないというのに退く気配が全くない。
もう殺すしかない。だが、拳で叩けば、自分のトゲで自分を痛めつけるだけだ。林道の視界の隅に、あるものが伸びていた。
「おう、そうだ! なにも、直接殴らなくてもいいんじゃねえか!」
青黒い醜悪な喧嘩屋は、長い腕を伸ばして、電信柱を掴んだ。根元から無造作にへし折る。これならば強く握ってもトゲは電柱に食い込むばかりで、自傷の危惧は無い。
端を両手でしっかりと握り、大きく振りかぶった。
「げっ……」
七瀬は絶句した。もともと2人の喧嘩屋は、身の丈にして倍近い差がある。即席の竿状武器を手に入れた林道のそれは、強烈な威圧感を放っていた。
「今日だけバスケ部返上だ! 野球部へ体験入部いってみようか!」
フルスイングした。大盾が間に合わず、どうにかランスでブロックした。電信柱は砕けたが、衝撃で甲冑がぐらつく。
ナイトコバルと同化した樋口の攻撃すらも受け付けなかった装甲が、電柱の一撃で傾ぐ。
どうやら相手も喧嘩屋である場合、心になにか作用を及ぼすようだった。
「うわっ、痛い、気がするっ……!」
実際、鎧には傷1つ無いが、七瀬はかなり堪えた。
「いいねえ! 次はコイツだ!」
林道は、手近にあった車庫を持ち上げた。凄まじい腕力である。
「ええっ? 怪力すぎないか? さっき殴ってたときは、もっとマイルドで……あ、そうか」
喧嘩屋は、契約者の心が作用する。
「林道先輩、順境に強いんだ。効いた、と思ったから、喧嘩屋も実力以上を発揮してるわけか。で、逆境に弱い」
林道が順境に強いタイプであることは、他ならぬ七瀬がフェレスに語ったことだった。
夜宴が始まる前の七瀬だったならば、林道に弱点があるなどとは思いもよらなかっただろうが、今宵七割の男は上級生の行状を目撃している。
撃ち下ろされた車庫が頭部に命中する。兜に傷は無いが、七瀬の脳は激しくシェイクされた気分を味わう。
「き、効いてないぞ。効いてないから、調子に乗るな!」
間一髪、踏みとどまった。精一杯の虚勢を張る。
「い、い、いや、もう一息のはずだ。虫の息だろうが!」
醜怪な巨人は塀を凶器にしようとするが、なかなか持ち上がらない。車庫を振り回した腕力とは思えないほどだった。
「やっぱりだ。でも、弱点を見つけないと本気で危ないな。よし、林道先輩と喧嘩屋を考察してみよう」
幸い、林道は塀を相手に悪戦苦闘している。武器を破城槌に変化させつつ、林道の喧嘩屋をしっかりと観察する。
上半身のみの醜悪な巨人。頭部に目、鼻、耳は無く。大きな口があるだけ。肌は青黒く、太く長い腕を持つ。全身に、トゲと縫い目。
「まずは、頭部だ。目、耳、鼻が無くて、異常に大きい口だけがあるってのは。……ああ」
人を見る“目がない”。“鼻が利かない”。忠告を聞く“耳がない”。
「で、“大口を叩く”か。林道先輩の心理、意外と単純だな。……人のこと言えないか」
鎧兜を眺めて苦笑する。自由に変化する武器は、振りかざす偉人の言に拘り――尊敬がないことの裏返しだろう。
ようやく塀を抱え上げた怪物に、破城槌を見舞った。
「うおっ?」
外傷は無かったが、元々バランスの良い体形ではない。押し込まれた槌で林道は仰向けに転倒する。上から、せっかく持ち上げた塀が落ちてきた。あえなく下敷きになる。
七瀬は背面の黒い甲冑を引きずって、どうにか林道(の喧嘩屋)に馬乗りになる。下半身の無い林道では、マウントポジションから脱出するのは困難だった。
「足がない、ってのは分からないな。よっぽどの弱点、なのか?」
脚は、優雅が指摘した、足の不調が起因している。己の“足場”を失うことへの恐怖の具現だった。のだが、七瀬はその情報を得る位置にいなかった。
「くそ、どけっ!」
腕を振り回すが、甲冑の足が腕の付け根を踏みつけているので、思うように動かない。2体分の甲冑は、恐ろしい重量だった。
「ここなら効くかな?」
左胸の、しかもツギハギの縫い目の上をランスで突いてみるが、やはり貫けない。
「ダメか。この硬さ、面の皮の具現だったりして。黒っぽい肌は、“黒い”性格の反映かな? 長くて太い腕は、強欲を現している……?」
なんとなく、実像から喧嘩屋を読み解いてゆく。
「体中のトゲは、他人に向けられた悪意? うーん、そんな悪い評判がある人でもないし、優越感? いや、虚栄心かも」
これらの性根は、実は自分の内面に跳ね返ってくる。他人よりも自分が傷ついていたところを見るに、そのあたりだろうと七瀬は推し量った。
「ツギハギは……自分を取り“繕ってる”かな? はは、皮肉が利いてるや」
体中を縦横無尽に走っている縫い目は、それほど自分を偽っている部分が多いのだろう。
「1番脆そうな部分なのに……うん? そういや、先輩、縫い目の奥に潜り込んでたな」
嘘にしても取り繕いにしても、弱い部分とそうでない部分がある。七瀬は目を凝らした。
「……よく見えないや。視力がなあ」
ぼやきかけると、七瀬の脳裏で、林道の腹部が拡大表示された。どうやら、七瀬の願望に甲冑の悪霊が応えてくれたらしい。
「うわ、便利。両眼0.4だから大感謝だね。さて」
拡大し、目を皿のようにして観察してみる。林道の本体を収納したのは、肉巨人の腹部の縫い目からだった。
押し込んだ拍子にか、そこの部分の縫い目が、1本だけ、解れていた。
「なーんだ。ヒトが悪いなあ、先輩。下半身無くしても、ちゃんと弁慶の泣き所は持ってたんですね」
七瀬は会心の笑みを浮かべた。
こういった戦闘描写、需要有るんですかね?(笑)




