演者たちの悪霊考察
淑女の話し方が雅語相当なのは、仕様です。読みづらかったらすいません。
『苦戦しておりますわね、虚仮脅しの手合いですのに。ナナセはスロースターターの挙句に観察眼が足りません』
使い魔が嘆息交じりに言った。ただ、声音に失望や幻滅の響きはない。
『手助けせぬのか? 出来損ないのメフィストフェレスよ』
黒い淑女が白尽くめを見下ろして水を向ける。
『御冗談を。わたくしのナナセは、あのようなハリボテに負けはしません。それに……』
薄く笑って見上げる。
『役者が演目前に舞台に立つようなことを、貴女が看過するわけがないしょう? ブランヴィリエ侯爵夫人』
ロックブーケから嘲笑が消えた。
『賢しらよの。何処で盗み聞いた?』
“前の名”など知られたところで、大した問題ではない。淑女が気に入らなかったのは、使い魔の悠然たる態度である。
『いんたーねっとは便利ですわよ。旧態依然では、早く老けますわよ、レディ?』
『口達者になったの、烏滸がましい。悪霊も満足に使役えぬ未熟者が』
黒貴人は、少女を眺めやった。
準最高位“黒”を冠する己にとって、不完全な“白”のメフィストフェレスなど、敵と呼ぶのも憚られる土塊である。
だが、歴然たる力量差を自覚しつつも、この半端者は怯まない。
支えがあるのだ。あの少年と、相互に寄りかかる―――依存ではなく―――支えあうことによって、強靭さを得たようだった。
端役に目立たれては、主役が色褪せてしまう。演者として望ましいことではない。
―――即時にこの未熟者を八つ裂きにして、アレを奪ってしまおうか―――
物騒な腹案が脳内をかすめるが、すぐに却下する。フェレスは会話の中でも、こちらへの警戒を怠っていない。不意打ちにはならない。
あの下郎の本体は、こちらからは見えない建造物の陰に隠された。魂が抜けている今無防備だろうが、それこそ襲撃を予想している白尽くめが、待ってましたとばかりに妨害に入るだろう。
そして、あの厳つい喧嘩屋に“入っている”ときに襲い掛かるのは、どうにも悪手のように思えてならない。
―――何より、アレがナニに押し込められているか、判明しておらん!―――
万が一、いや、兆が一以下の確率かもしれない。が、連中が、奪われるのを恐れて、アレを携行していないとも限らない。
黒い貴人にとって、“次の夜宴”は無い。腰が重いと侮られようが、軽々に動に転じたくはなかった。
そのためには、林道の命など取るに足りぬ問題だった。
『所詮は無聊を慰めるためだけの、有り物の道化。手番が終われば用は無いわ。さて、あの下郎の方は……』
錆色と黒色の、背中合わせに接着された2組の甲冑をじろりと睨む。喧嘩屋は、契約者の心を投影している。
『面妖な。“価値”に“無価値”じゃと? なんと矛盾した、珍妙な本質じゃ。余程生き汚い輩なのであろうの』
淑女がヴェールの奥で眉を顰めた気配がした。フェレスは苦笑しただけで、肯定も否定もしなかった。
ただ、その生き汚い輩の喧嘩屋が、異様とも形容できる強さを持っていることも、ロックブーケは感じ取っていた。矛盾を抱えているのに。いや、矛盾を抱えているからこそ、強力なのだろうか。
そうでなければ、出来損ないの、さらに使い魔など歯牙にもかけない。
「……どうすればいいんだ、この肉達磨」
白と黒の静かな闘争の横で、生き汚い輩と揶揄された七瀬は、途方に暮れていた。
駄目元で、クロスボウの矢を放ってみたが、あっけなくはじき返されただけだった。
「もう諦めろよ! 俺の喧嘩屋の方が強えんだよ!」
救いは、殴ると自分のトゲで痛手を負うため、林道の攻勢が消極的なことだった。今の叫びも、七瀬の耳には虚勢に聞こえる。
負けはなさそうだが、勝ちも難しそうだった。
「千日手は絶対嫌だ。フェレスの“自分探し”の時間を削りたくない」
膠着状態に陥るのは避けたかった。住宅の陰に避難させている自分の身体を恨めしそうに見やった。
「くっそー、こっちは生身が狙われないかヒヤヒヤしてるのに、先輩の喧嘩屋は生身を収納可能だなんて不公平だなあ……ん?」
七瀬は、喧嘩屋が契約者の心を投影していることを、ようやく思い出した。
「フェレスが言ってたなあ。つまり、林道先輩の心が具現化させたのが、あの上半身だけの肉巨人で……先輩の心の弱い部分が、あの化け物にも弱点として表れている?」
やっとのことで、核心に近づく解答を導き出した七瀬だった。
思ったより話が進みませんでしたが、こういった会話劇や展開は大好きです(笑)




