白の悪霊、黒の悪霊
バトル開始です。
黒い淑女は傲然と林道を見下ろした。
『道化よ、この場を盛り上げてみせよ
“Es ist vollracht”』
呟いて黒1色のハンカチを放り、林道の影に落とす。
ずるり、と気味の悪い音を立てて異形の怪物が影から這い出てきた。巨大な、暗灰色の肉巨人。上半身のみだが、9mは超えていた。
頭部には目も鼻も耳も髪さえもなく、大きく三日月状に裂けた口があるばかり。腕は異様に太く、長い。
胴体は腕や身長を支えるにしては、かなり細かった。腰から下は無い。
全身にびっしりと小さく鋭いトゲが植わっている。更に、フランケンシュタインのごとく、縫い目が縦横に走っていた。
「こ、このツギハギ巨人が、喧嘩屋? 僕のとは、まるで別物じゃないか」
醜悪な外見に呆然とする七瀬。丈は七瀬の喧嘩屋の約2倍あった。
『喧嘩屋は定まった姿を持っているわけではありませんわ。持ち主の心を反映するのです』
フェレスがさらりと重要な事項を補足する。確かに、フェレスは七瀬の喧嘩屋を見て、
『まあ、大当たり! これは強そうなラーフボルドですわね!』
と叫んだことがあった。喧嘩屋が固定の外観を持つのならば、この感嘆は筋が通らない。
「なら、僕の相棒が甲冑と武器を持ってるのは?」
口に出した後で、答えを思いついてしまった。
『偉人の名言などで、理論“武装”しているからでしょう?』
予想通りの解答を受けて、口をへの字に曲げる。ぐうの音も出ない。
「“喧嘩”屋なのに鎧なんて着込んでるからおかしいと思ったんだ。戦争屋みたいな風貌だもんな。でもあっちの方がやたら凶悪そうで、勝算も生命線も薄そうなんだけど」
少女はどうでしょう、と意味深な視線を投げかけた。
「おお、見てくれは悪ィが強そうじゃねえか! 目なしだがよ、モノが見えねえってオチはねえよな?」
士気が上がる林道。太い腕が林道を掴み、継ぎ目の1つに押し込んだ。上半身が痙攣し、辺りを見回す。しっかりと七瀬の姿を認めた。
「おお、見える見える! これで俺が喧嘩屋を操れる、ってことだな。さあ、チンケなガラクタを出してみろよ!」
下半身が無いため、這行姿勢でにじり寄ってくる。気圧された七瀬は思わず叫んだ。
「で、出て来い、喧嘩屋!」
慌てて錆と黒の甲冑を呼び出す。意識だけを喧嘩屋に移し、抜け殻は建造物の陰に押し込んだ。本体を狙われたら目も当てられない。
『そちらは宜しく。わたくしは、こちらのお相手をいたしますわ』
フェレスが石の花嫁に向き合う。
『ふん、手下同士の前哨戦に腰を上げるつもりなぞない。妾は、尻の軽い端女とは違うでのう』
ロックブーケとしては、早々に手出しする心づもりはなさそうだった。
「メッタ打ちにしてやる、早く逃げたいんだよ、俺は!」
拳を固め、殴りかかってきた。手の甲にも、びっしりとトゲが生えている。
「くそ、こっちはただでさえ錆色側しか動かせないってのに」
大盾で直撃を阻む。強烈な衝撃だった。
盾の表面に無数の穴が空き、細かい亀裂が走る。
「うっわ、何回も止められないぞ、こりゃあ」
戦慄する七瀬の言葉に被せるように、
「いいっ痛ぇええぇえ!」
林道の絶叫が響いた。殴った方の、肉巨人の掌や指が、穴だらけになっている。隙間なくびっしり植わっているトゲが、拳を固めて殴った衝撃で、己に突き刺さったのだった。
「お、おかしいだろうが! なんで攻撃した側の方が重傷なんだよ! 欠陥品だぞ、コイツ!」
傷口から、異臭のする汚汁を溢れ出させながら叫ぶ。
『ラーフボルドが欠陥品なのではなく、貴様が欠陥品なのだ』
メフィストフェレスはにべもない。
「ど、どういう事だ? 何が喧嘩屋だ、弱すぎるじゃねえか!」
『今しがた、出来損ないが言ったであろう。“ラーフボルドは持ち主の心を反映する”と。貴様を形作っておるのがその不必要に巨きく、見苦しい姿の巨漢よ』
突き放した物言い。宣言通り、手助けする気は毛頭ないようだった。
「じ、状況がさっぱり掴めてないけどチャンスっぽいな」
七瀬は巨大なランスを突きこんだ。青黒い胴体に命中するが、針の穴程度の傷も負わせることができなかった。
「か、硬い。ツギハギに素肌(?)のクセに!」
予想外の手応えに驚く七割の男。
恐怖で硬直していた林道が、無傷であることを確認して、冷静さを取り戻した。
「ハッ、なーるほどな。頑丈さがウリってコトか? ちと俺の性に合わねえが、負けようがねぇってのが気に入ったぜ。つまり、俺の喧嘩屋は強えってコトだからな」
七瀬が意識を集中する。ランスがぐにゃぐにゃと崩れ始め、モールとなる。
「叩き潰す、ってのはどうかな?」
モールを思いっきり叩きつけた。突きこんだときと同じく、力が逃がされる奇妙な感触が伝わってくる。やはり、暗灰色の肉巨人は毫も堪えた風はなかった。小揺るぎもしない。
「あー、これ、本格的にマズいかも……」
七瀬は敢えて言葉に出すことで、恐怖を追い出した。
今のところ、林道(の喧嘩屋)が負った傷は、自傷のみである。“自殺”点を期待するには、余りにも予断を許さない窮境だった。
林道の喧嘩屋は、彼の性格がモチーフになっています。
暇な方は考えてみると面白いかも(笑)




