機械仕掛けから出てくる神
舞台装置の説明。ちょっと説明が長いです。
リビングに移動し、少女の歓迎と、自身の精神安定を兼ねてコーヒーを淹れる。
「つまり、契約者に代わって家事、労働なんかをするのが使い魔本来の役割なんだね」
使い魔について基本的なレクチャーを受けていた。
『ええ。もっとも、今のわたくしは家事も労働もできませんが』
レクチャーはあまり役に立たないようだ。さらりと言ってのけた後、両腕をテーブルの上に置く。フェレスの両腕には、2本の白いリボンが巻かれていた。
「それは?」
肘から親指の付け根辺りまで、緩やかに巻かれたリボンを見て訊ねる。
『昔、とあることで罰を受けまして。以来、腕を使うことを禁じられたのですわ』
一見、何の変哲もなさそうなリボンであるが、魔術的な作用でも働いているのだろうか。七瀬は家事をサボる体のいい言い訳のように感じてならなかった。
「まあ、家政婦が欲しかったわけじゃないからいいけど。……あれ、じゃあコーヒーは?」
フェレスの前にカップを置くが、手が使えないのならば飲むのは難しい。食事となるとなおさらである。疑問に行き当たった七瀬に答えるように、少女は席を立つ。
『こうすれば不都合ありませんわ』
ちょこんと七瀬のひざの上に腰を下ろした。子どもが親にするように、背を預けてくる。
「はいはい、了解しました」
用件を察した七瀬が、カップを口元まで運んでやる。白尽くめの少女は優雅に味わった。
『今まで飲んだコーヒーの中で、一番美味しいですわ! 若いのに大した技量ですわね』
驚いたように顔を上げ、真上の七瀬に賞賛を送る。
「お褒めいただきまして、どーも」
コーヒーは、七割の男たる七瀬の唯一の例外とも言えるこだわりであった。褒められて嬉しいのだが、少しずつ口に運んでやるさまは、ひなに餌を与える親鳥以外の何物でもない。
「使い魔って言うか、手のかかる妹を持った気分だ」
ぼやくと、フェレスは一層もたれかかってきた。
『あら、違うと言った覚えはありませんわよ』
少年は漠然と、この風変わりな使い魔とは馬が合いそうな予感がした。
お替りのコーヒーを運ぶ。今度は目先を変えて生クリームを入れた。イスに座ると、もう当然のようにフェレスがひざに乗ってくるのは黙認することにする。
『ナナセが寛容で手間が省けましたわ。人外を信じない頑迷な方では話が進みませんもの』
雛にコーヒーを与えながら、親鳥はその答えを探す。
「現代だと超常って存在は文化として消化されてるからね。現代人は耳年増なんだよ」
節分に豆をまく習慣があるが、鬼の存在を信じているものはいまい。各地に神や妖精を祭る祭事はあるので、知識としてのみ理解しているのを、七瀬は耳年増と揶揄した。
「かく言う僕だって本の世界で知ってるだけで、お目にかかるのは初めてだもんな」
『やむを得ないことですわね。塵界には、"機械仕掛けから出てくる神”が機能していますもの』
聞き慣れない単語だった。
「デウスってゼウス、神のこと? 初耳の言葉なんだけど」
困惑する七瀬。外見はさておき、問答だけなら七瀬の方が弟分に思える。
『わたくしの宗派ですと、神さまはゼウスではなくオージンですけれど。ナナセには大差ないですわね』
軽く流したフェレスの受け答えが、実は重要事項だった、と七瀬が悟るのはしばらく後のことである。
『悪魔や悪霊などの怪異が現世で理不尽を働けば、神が即座に介入して制裁を加えるということです。人間には記憶以外の痕跡は残りません。しかも神が事を成す時、人間はそれを見ることができません。これによって、塵界の平穏は守られているのですわ』
それが“機械仕掛けから出てくる神”の作用ということらしい。七瀬は分かりやすく解釈しようと、思案を巡らす。
「んと、例えば、僕が道端で偶然チュパカブラに襲われたとする」
『マニアックな殿方に襲われるのですわね。ナナセはそこで絹を裂くような悲鳴を上げますが、そこで神様が出張る。ナナセは突然気を失います。目が覚めた時には、マニアック吸血鬼の姿は無く、焼け焦げた地面だけが残っている……などという塩梅です』
フェレスが言葉を継いだ。
「でも、僕の記憶は残ってる。吸血鬼の姿も憶えてる」
『はい。それで見たと騒いで書物に残ったり。妄想癖がある御仁だと、“自分が吸血鬼を倒した”と信じ込んで吹聴するかもしれませんわね』
「“大江山絵詞”の頼光あたりもそのクチかね」
酒呑童子退治の逸話を持ち出す七瀬。
「つまりは天罰装置、かな? 面白いな、それなら神様とか悪魔とかの伝承ばかりが残ってて、実在の証明は世界中探してもどこにもされてないことに大分説明がつく」
考えてみれば、各国の神話や伝承などで、架空のはずの妖怪等の存在が、外見のみならず性格に至るまでで妙に具体的な記述をされている点は疑問だった。
無論、七瀬の言うところの「存在の不証明」には、インチキを生業とする輩の弁は除外されている。
『人外の所業は決して成就しません。必ず理不尽に遮られるのですから。その作用ゆえに、人は超常のものに接する機会を生涯持たないのです』
神のご加護、というやつらしい。
「まずありがたきは神の御威光、ってことかい。無信教な僕が思わず入信したくなるような文言だね。そういや、昔の物語でも神様が最後にちゃぶ台引っくり返すこと多いもんな」
様々な古典で神のどんでん返しは見られる。だが、七瀬は使い魔の弁に違和感を感じた。
「あれ? でも君も“超常のもの”だよね? 神様は今日定休日なのかい?」
『わたくしは特別なのです』
またも同じことを言われる。根拠はやはり不明だったが、深くは追求しないことにする。
「“魔法売ります!”で僕みたいに引っかかったカモ、じゃなくて客は、他にもいるんだよね?」
優雅の話では、噂になる程度の普及はなされているような感触だった。
『ええ、手紙を受け取った方は少なからずいるはずですわ。魔法を手に入れた方は少数でしょうけど。売られる魔法は使い魔に限定されるものでもないですから、皆がナナセのように幸運に与れるとは限らないのですわよ』
手の使えない使い魔の“お守り”がどれ程幸運かははなはだ疑問だったが。
「なら、3000度の炎が吹けるようになった人とかもいるんだ」
火吹きにこだわる。脳内では白黒の怪獣映画が展開していた。コーヒー豆を補充しようと保管してあった袋を開ける。黒い豆に埋もれて、何かの尖端が小さく覗いていた。
端をつまんで引っ張ると、黒い封筒が姿を現した。
「……もう、手紙が僕の口の中から出てきても驚かないよ」
どうやって混入されたかはもう考えないことにする。コーヒー臭い封筒を破ると、今回は紙片が一枚封入されていた。床に座り込んで手紙を読む。
“お届きでしょうか? 御祝七瀬様にお送りしたのはファミリアーです! 契約した者の力になってくれる心強い味方です”
「罰ゲームで手が使えない使い魔だけどね」
『手紙にツッコミを入れても無益ですわよ』
七瀬の組んだあぐらの上に、頭を置いてから白尽くめが忠告する。ひざ枕の要請らしい。
“御祝様の使い魔に関して、以下の項目に留意してください。
一.使い魔は、契約者から10m以上離れることができません。
二.使い魔は意思を持ち、「死ね」などの理不尽な命令を拒否する権利を有します。
以上です。他に必要な事項は、後日封書にてお知らせいたします。”
取扱説明書のような文章を読み進むうちに、少年の顔が青ざめる。二の用件は問題ない。食事等で手間はかかるが、気の合いそうな手合いであるし。
一の要項が切実な問題である。
「あ、明日からの学校が……」
10mと離れられないならば、共に行動するしかない。七瀬が学校に通いたいなら、フェレスも具して行くしかないのだ。当然、それを認めるほど現代の学校は寛容でない。
『がっこう! わたくしも興味があった施設ですわ、楽しみですわね』
無邪気に喜ぶ少女をひざに、少年はKO寸前のボクサーのような風情だった。
13日中にもう少し投稿します。