垣根を歩くもの
魔女の解釈は様々です。
ベンチに腰掛けて一息つく優雅。すり傷程度ならあるものの、大きな怪我はなかった。
「御祝君のことが心配なら見つけてきてやるよ。足もあるし、簡単だと思うぜ」
人質には出歩かれない方が便利でいい。恩に着せられればなおさら結構である。
「いえ、それは私の個人的な目的です。今の先輩に危険を押し付けるわけにはいきません」
きっぱりと拒絶した。
「またまた、他人行儀だな。昔はいっつも俺のあとついてきてたくせに」
「え? そ、そうでしたっけ?」
優雅が言葉に詰まる。困惑いるようだった。
「おいおい、そりゃあ中学に入ってから疎遠になってたけど、同じ町内会だったからよく一緒に遊んだじゃないか。あの頃は気弱で病弱だったのに、健康になったもんだ」
実は大して仲が良かったわけではないが、昔面識があったことが林道の強みだった。
「え、え、ええ、そうでしたね」
優雅の返事はこわばったままだった。林道にまた悪戯心が囁く。
(こんなお堅いだけの女は好みじゃない。が、「ハリウッド映画のような劇的な展開」は大好物だ。コイツを操って、御祝君を裏切らせたら、すっげえいい顔するだろうな)
自分は、犠牲者たちを陰で操る黒幕の立ち位置、のつもりだった。
「じゃあさ、昔を思い出して俺と付き合う、ってのはどう? 福主君さえよければ」
目だけは真剣な光を宿して優雅を見る。
「またまた、ファンの女の子達に恨まれかねない冗談はよしてくださいよ」
「一応、本気だ。俺、福主君みたいなデキる女ってソンケーしてるんだぜ」
逃げないように、また盾として使うのに惚れさせておいた方がいい。今まで類似のことを女性に言って、断られたことがない自惚れが起因していた。
テストの際などは、よく“期間限定”で成績優秀な同級生と付き合ったものだ。テスト用紙を盗ませたこともある。
「嬉しいですが、お断りします」
だが、少女ははっきりと拒絶した。林道に動揺はない。プライドは充分に傷ついたが。
「ふーん、えらく親しそうだったけど、やっぱり御祝君と付き合ってる?」
目が細くなる。仮面が剥げかけていた。
「ち、違いますよ! あいつが手のかかる子どもみたいなのが悪いんです!」
自分以外の誰も誤魔化せない低度の嘘を吐く。そんな真面目人間の類型でしかないと思っていた少女にすげなく断られたという事実を、林道はコケにされたと歪んで受け取る。
「……あいつは、人が10分でできることに13分かけるような奴ですけど、人に迷惑がかかる場合は、7分でやってしまえるんです。私はそれがもどかしくて。順境に弱く、逆境に強いなんて、ただの怠け者です」
一言では片付けきれない、七瀬に対する複雑な信頼だった。
「要は、林道先輩とは正反対の奴なんです」
優雅に悪意はない。だがそれは、裏を返せば林道が順境に強く、逆境に弱いと言っているようにも聞こえた。
「怠け者だったら余計、探したほうが良いって。遠慮なんかせずにさ」
好青年の仮面をはめ直す。優雅は躊躇したが、おずおずと答えた。
「やっぱり“今の”林道先輩にお願いするわけにはいきません。部活休んでばかりいるし、構内までバイクを乗り回すし」
今の、を強調する。潔癖な優雅は怠慢や不作法が許せないのか、と早合点する。
「なんか部活は気分が乗らなくてさ。あ、それで俺フラれたんだ?」
「いえ、そうじゃなくて」
取り繕おうとする男の言葉を遮る。彼女の観察力は、七割の男のような変動性ではない。
「ひょっとして先輩、足を痛めてるんじゃないですか? ねんざの私と違って、もう治らないぐらい」
林道の顔から笑顔が消えた。
「おっと、大事なこと忘れてた。先輩が魔法を2つも持ってたのは何でだろう?」
『それも握り屋の力です。大方、他者を殺して魔法を奪ったのでしょう』
心当たりを思い浮かべる。
「四ツ角のは違うよな、焼けた鉄柱が出るやつだったから。なら……」
該当者は極めて限定される。
「あの横ギロチン、ビルヴ……とかって奴、何だい?」
記憶力も七割の七瀬だった。
『ビルヴィスは、ヴァルプルギスナハトに先触れとして現れる怪物のことですわ。足に付けた鎌で駆け回り、畑に実った小麦の穂を根こそぎ刈り取ってゆく盗人です』
「さっきは、穂の替わりに僕の首を刈ろうとしたのか。おっかないな」
首筋を撫でて寒気を追い払う。
「じゃあさ、農家は毎回、ワルプルギスの夜に作物をごっそり盗まれるのかい? 大赤字じゃないか」
手間ひまかけた農夫に同情する。
『いえ、ビルヴィスは大変苦手にしているものがあるのです。それを魔除けに使いますわ』
その名称を聞いて、七瀬は足を止めた。
「良い事を聞いたな。一箇所、寄っていこう」
焦りはある。だが、ビルヴィスは手ごわい。
『あら、調達できますの?』
いたずらっぽく訊ねる。
「日曜学校に行ったことも、将来行く予定もないんだけどね。ご利益目当てに、立ち寄ったら手ぐらいは合わせとこうか。悪霊は嫌がるかもしれないけど」
軽口を叩いていると、路上に横たわる人物があった。ビルから落下したのか、胸に怪我をしている。
「ええっと、僧都さん?」
自転車を止めて抱き起こすと、琴音は焦点の合わない目を向けた。
「……誰だっけ、御いわ……くん?」
触れてみると、後頭部が大きく陥没している。背後から林道に襲われ、ビルから落ちたのだと察しがついた。
「林道先輩に襲われたんですか? もらった魔法で身を護れば……」
「無理無理、不意打ちだったから、どうにもならなかったわよ、これが。ビルヴィス使うつもりは無かったしね」
やはり、ビルヴィスは琴音から奪った魔法だった。
「それに、せっかくのチャンスを逃すつもりは無かったしね。……これでようやく死ねるわ」
告げられた内容は、七瀬には予想だにしない内容だった。
「チャンス? ようやく死ねる?」
「リセットしたかったのよ、ずっと。人間嫌いで会社を辞めて、バカをだますつもりで適当吹いてたら占い師なんて祭り上げられて。自殺は嫌だったけど、死にたかったの。騙し討ちってのは気に食わないけど。これで、リセット」
安らかに息を引き取った。
「自殺志願者、だったのかな」
釈然としないまま、手を合わせる。
『魔女の別名は“垣根を歩くもの”ですわ。生と死の垣根。ふとした拍子に死の淵に飛び込んでしまう者ほど、魔女にふさわしい者はないでしょう』
死んでも誰も、自分さえ困らない。選ばれるべくして“魔法売ります!”に選ばれた、ということだろう。
「僕には分からないよ」
七瀬は小さくつぶやいた。
そろそろ人物紹介②をやる予定です。




