使い魔の願い
朝に投稿です。
「つまり、あのロックブーケっていう黒美人は、今日と言う日を狙って辛抱強く潜伏してたのか。ややこしいからまとめてみようか。右脳と左脳がバターになりそうだ」
運転中なので、七瀬は脳内にホワイトボードをイメージした。
「まず、ワルプルギスの夜は神様が1日だけ死ぬことで起こる。その5月1日のために、神様は“魔法売ります!”で魔法を配って、ご褒美付きで1夜限りの番人を仕立て上げる」
『はい、それに乗じて暗躍しているのがロックブーケですわね。地獄から脱出を果たした彼女は、デウス・エクス・マキナの発生しない今日を狙っていたのです』
「黒美人の目的は、コレ? 林道先輩も執着してたし」
視線でトランクを指す。だが予想に反して、フェレスの歯切れは悪かった。
『どうでしょう。神に対する意趣返しにはなると思いますが……』
フェレスはあいまいな表情をした。
「だって、地獄だよ? 666万の悪魔が出てきたら大事じゃないか」
『ですが、ヴァルプルギスナハトが終われば、“機械仕掛けから出てくる神”が作用します。1日で塵界は甚大な被害を受けるでしょうが、5月2日には悪魔も滅びますわ。神が6日かけて創った塵界を、悪魔が1日で滅ぼせるわけがありません』
「あ……そうか。しかも1日どころか、あと6時間ぐらいしかないんじゃないか?」
夜宴が始まってから、すでにかなりの時間が経過している。
『わたくしやオージンにしても、あるのは彼女が満足に動けるのは今日を置いて他にないので、何かしでかすに違いないという推測だけなのです』
確固たる目的などないのかもしれませんわ、と付け加える。
七割の男は、林道が四ツ角を殺した理由を忘れかけていた。今は七瀬の所有物になっているモノ。そもそも、それを奪うために、林道は「決闘」とやらを吹っかけてきたのだ。
優雅のことで気が急いている少年は、訳の分からない弾丸のことなどすっかり失念していた。
「で、次に君のことを訊きたいな。“魔法売ります!”経由で来たんだから、悪魔ではあっても君は神様に与してるんだよね?」
七瀬は本題を切り出す。
『無論ですわ。わたくしの目的は、メフィストフェレスから解放されることです』
奇妙な言い回しだった。
『わたくしはメフィストフェレスには生りましたが、幼かったせいか、或いは他の影響か、不完全な変態だったようです。人間だった時の記憶も失っておりましたし。ですから、ロックブーケと目的を共有することはありませんでした』
だから少女は、自身を不完全なメフィストフェレスと名乗った。
「何で君が、神様の“魔法売ります!”で送られてきたのかだけど」
『わたくしは悪魔となり神に拘束されました。ですが、悪魔としても未熟なわたくしの処遇を、神は決めかねていたようです。だから、わたくしは思い切って賭けを持ちかけたのです。ファウストを誘惑したメフィストと同じように』
人差し指と中指の2本を立てた。
『次のヴァルプルギスナハトにおいて、ロックブーケの跳梁を阻止すること。夜宴が終わるまでに、わたくしが“人間だった時の名”を言い当てること。この2つを満たせば、わたくしを救済していただけるように、と』
腕の拘束も賭けの取り決めの1つです、と付け加える。
「そ、それは……恐ろしく分の悪い賭けだね。だって人間だった時の記憶、ないんだろ?」
使い魔は無言で首肯した。
たった1夜でこなすのは無謀と言うより他にない。そして、七瀬には言いよどんだ1つの危惧があった。
かつてメフィストフェレスは賭けに勝利しても理不尽に殺された。
ならば、フェレスが使命を果たしたとしても、神は願いを叶えないのではないか、と。口に出すには憚られた。
「それでネットで、事故や事件を検索してたのか。自分のことが少しでも載ってないか、って。言ってくれれば、事前に調べようもあっただろうに」
ヴァルプルギスナハト前日、フェレスがインターネットでいろいろ検索していた内容を思い出す。
『オーディンの制約で、夜宴当日しか喋ることができなかったのです』
言い返す余地がないので、質問の矛先を変える。
「名前を当てる、って、出身地とかは思い出せるの?」
外国では調べようが無い。
『いいえ、皆目。ただ、この度の夜宴は、生前のわたくしと地縁のあるところに設定したと神は仰いました』
「なら、このK市の住人だったんだ」
『或いは、単に旅行先がここで、交通事故で死んだ、とかかも知れませんけど』
あー、と七瀬は意気消沈する。
「正直、絶対的に時間が足りないよ。君の救済は万馬券相当だ」
夜宴でロックブーケを阻め。自分の出自を調べろ。僅かな時間でできることではない。
慰めは意味を成さない。七瀬は率直に告げた。少女は動揺しなかった。
『構いません。悪魔が奇跡を期待するのもおこがましいですから。本音を言えば、名前は無理に分からなくともよいのです』
フェレスの言葉は、七割の男の意表をついた。
『ただ、生前のわたくしが暮らしていたかもしれない町や、歩いたかもしれない道、大きくなれば通ったかもしれないがっこうを見てみたかったのです』
だから、調べるのはほどほどで止めた。未練を引きずると、七瀬の足を引っ張りかねないから。
七瀬は、フェレスが楽しそうにK市の景色を見ていたこと、授業を聞いていたことを思い出した。
「強いなあ、僕の周りにいる女の子たちはみんな、さ」
己の心の弱さを痛感した七瀬だった。
23日中に次話投稿します。




