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発端

説明回続きです。

 七瀬はコンビニで調達していた飴玉を口に放り込んだ。頭を整理するには糖分補給が必要だった。


『地獄はオージンも干渉しませんからメフィストフェレスは増える一方でした』


 その結果が666万。少女は目線で自分にもアメ玉を要求する。


「でも、あの黒い美女……ロックブーケとやらが出てきた? いや、君もか?」


『わたくしの方が美しいです』


 石の淑女を「美女」と形容したことが気にさわったらしい。


「あ、はい。“若い男たちにとっては、女のうわさをする以外になにも用事はないものだ。”ってグリボエードフ先生が言ってる通りなんですよ、相棒」


 ご機嫌を損ねないように、素直に従っておく。


『わたくしの噂をなさい』


「目の前で本人の噂をするほど器用じゃないよ。それで、続きは?」


 フェレスは実に曖昧あいまいな表情をした。どう説明していいやら迷っているようだった。


『ええと、発端は数百年も前の前の、ワルプルギスの夜なのです。今回と同じく“死んでも困らない人間”にトランク、“地獄ゲヘンナ”の護衛をさせたのですが、所有者の未熟で、トランクが損傷したのです。針の穴ほどの傷でしたが、そこから2体の特別強力なメフィストフェレスが逃げ出しました』


 リクエスト通りアメ玉を口に運んでやる。


『早速1体がオージンに賭けを持ちかけます。清廉せいれんなドクトルファウストゥスを誘惑できるかどうか。彼を堕とすことが出来れば勝ち分として、塵界(人間界)に干渉することを認めて欲しい、と。神はそれに乗りました。貴方の知るメフィストとは、この悪魔のことですわね』


「なるほど、賭けの期間中だった故に、、“機械仕掛デウス・けからエクス・てくるマキナ”は猶予ゆうよされていたんだな。ファウストについてたメフィストフェレスが20年以上活動できた理由がそれか」


事実との矛盾点を補完ほかんして納得する。


『ですが、成就の瞬間、メフィストフェレスは己の浅墓あさはかさを思い知ることになります。賭けの敗北を悟ったオージンが、“機械仕掛デウス・けからエクス・てくるマキナ”を作動させることによって』


 メフィストフェレスは神罰を受けて死ぬこととなる。


「うわ、ひど」


 思わず悪魔に同情する道徳心も七割の男。


『元より、悪魔との約束など守るつもりはなかったのでしょう』


 素っ気なく言う悪魔。


卓袱台ちゃぶだい引っくり返すのは神様の特権、ってことかい? それでメフィストフェレスは賭けに勝ったのに、ファウストの魂をもらえなかったんだ」


『残されたメフィストフェレス、ロックブーケ(石の花嫁)は慎重に神の干渉しない環境を模索し、永い永い時をかけて、ついには見出しました。それこそがこのヴァルプルギスナハトなのですわ。なぜなら今宵こよいオージンは死んでいるのですから』


「そうか、天罰装置が発生しないのか! あれ? じゃあ君は、何でメフィストに?」


 今までの説明では、フェレスが登場していない。


『何年も前に、わたくしは何故なぜか悪魔へ堕ちました。ですが、わたくしは、不完全なメフィストフェレスだったようです』







 少女はワルプルギスの夜を乗り切った。貸与された魔術は使い勝手が難しい代物であったため、無傷とまではいかなかったが、とにもかくにも命は永らえた。

 ざっくり切った頬の傷が鈍く痛む。傷痕が残るだろう。だが、少女の胸は興奮と希望で高鳴っていた。


 押し付けられたトランクが、夢の宝箱へ変貌したからだ。何を望むか、少女は切実に考える。

 真っ先に思いついたのは金銭である。高校や大学に通ってみたかった。


 だが聡明そうめいな少女は、たとえ金銭を手に入れても、両親に奪い取られて終わりだということに気づく。借金は相当額ある。自分の未来のために使ってくれるとは、到底思えなかった。


 それどころか、「もう1度手に入れて来い」などと言われ、暴力が悪化する可能性すらあった。

 機会は2度と無く、未成年の彼女は1人で銀行口座を作ることもできない。

 金銭を望んでも、むしろ死期を早めるだけ。少女は絶望した。




次話は23日投稿します。

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